22日目 ウサギになったつもりのカメ

 夕飯の時間が近づいてきた頃になって、明日の文化祭準備で使う持ち物の連絡を、明梨あかりに伝えないといけないことに気がついた。

 持ち物の連絡はクラスのグループ連絡で回ってきた。明梨はグループ連絡に入っていないどころか、携帯電話を持っていないので、直接伝えにいかないといけないのだ。


 今日の私の格好は、そこそこまともな方の部屋着だったので、サンダルを履いてそのまま外に出た。日が落ちるのが早くなり、最近はたまに冷たい風が吹く。

 明梨の家は私の家の二軒隣である。少し小走りで私は明梨の家に向かいながら、この感じも久しぶりだ、と思った。

 明梨がスマホを持たなくなったのは、高校一年生の頃だったので、もう二年になる。スマホを持たなくなって以降、私は明梨への伝言係をしている。といっても、最近は明梨の状況を皆理解するようになって、伝言の必要もほとんどなくなってきた。

 そのせいで、今日は伝えることをすっかり忘れてしまっていたわけなのだが。


 明梨の家のチャイムを鳴らし、家に上がらせてもらう。明梨のお母さんにも玄関先で「なんだか久しぶりね」と言われてしまった。

 明梨の部屋に行き、ノックして部屋に入る。中には飼育用のケースがいくつもある。明梨は爬虫類や両生類が好きで、いくつか飼っているのだ。それらに囲まれながら、明梨は机に向かって勉強をしていたらしい。

「お、勉強しているじゃん」

「どうしたの?」

 私はベッドに腰掛けて言った。

「明日の文化祭の連絡が来たのよ。なんか連絡忘れたらしくて。持っている人は軍手とエプロン、汚れても良いようにって」

「りょーかい。ありがとう」

 明梨は、いつもごめんね、と付け足した。

「スマホ、買うつもりはやっぱりないの?」

「うん。悪いけど、もう二度と持たない。少なくとも高校生のうちは。けどやりづらいから、家の電話は買ってもいいかもね」

 ゴポゴポと飼育ケースの機械から音が鳴る。

「まぁ昔の人はそれで暮らしてたわけだしね。ちなみに言うと、家の電話に連絡するのも面倒なのは面倒だから」

 じゃ夕飯だから帰るわ、と私は立ち上がり、明梨に手を振られながら、部屋を後にした。

 明梨がスマホを持たなくなったのは、ネットで個人情報が流出してからだった。

 もともと明梨は動画で、爬虫類探しのフィールドワークの光景や、買っているトカゲや亀の紹介の動画を上げていた。明梨の見た目が多少良かったこともって、再生数はそれなりに行っていた。私もその当時手伝ったりしたこともある。

 けれど、動画に入り込んだ情報から個人情報がバレて、電話番号もどう探ったのか、皆が知ることになってしまった。そのせいで、知らない人から電話がかかってきたのが、今でもトラウマになっているらしい。


 私はスマホを手放すなんかあり得ない、と思っていたのだが、最近の明梨を見ていると少し考えも変わってきた。

 スマホを持つことで情報処理や学びのスピードが何倍にも速くなっている、と私は思っていたのだが、実際のところはそんな事はないようだ。確かに明梨は連絡手段がなくなったが、アプリで勉強しなくても本で勉強することでなんとかなるようだし、趣味に没頭している様子を見ると、現状の生活に満足しているようである。

 最近の私はとにかく勉強に手が着いていない。明梨を見習って、スマホを手放した方が良いのかもしれない、と私は思った。

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