第47話
辺りが暗くなり始める。
さて、そろそろお店に戻るか。
ドアを開け、お店に入る。
あれ? あの後ろ姿はカトレアさん?
カトレアさんらしき女性が、ナザリーさんとカウンター越しに会話をしている。
「ただいま」
と、言って、近づいてみた。
「お帰りなさい」
女性が振り向く。
やっぱりカトレアさんだ。
カトレアさんは私の格好に驚いたのか、目を見開き、
「あら、ミントちゃん。その格好は?」
「クラークさんに貰ったので、装備してみました」
「そう、誰かと思った」
「えへへへ」
「どんどん冒険者や旅人みたいになってきたわね。そんな格好みると、本当に旅に出ちゃうんだって、寂しくなるわ」
「私も寂しいよ。ナザリーさん」
「ミントちゃん。旅に出ちゃうのね」
そういえばまだ、カトレアさんには、まだ言ってなかった。
「うん、ごめんなさい。言っていなかった」
「いいのよ。いつ旅立つの?」
「まだ決めてない」
「そう、決まったら教えてね」
「うん、絶対に挨拶に行く!」
カトレアさんはニコッと笑うと、ナザリーさんの方を向き、
「では、ナザリーさん。宜しくお願いしますね」
よろしくお願いします? 何をお願いしたんだろ?
「はい、分かりました」
ナザリーさんは返事をするとニコッと笑った。
「それじゃ、ミントちゃん。またね」
「うん」
私が返事をすると、カトレアさんは店を出て行った。
私はナザリーさんに近づき、「なにお願いされていたの?」
「パンの予約」
「あぁー」
「ところで、ミントちゃんの誕生日、今月って聞いたんだけど、何日なの?」
「誕生日? 24日」
ははーん。何となく見えてきた。
でも知らないふりをするのが、大人の対応ね。
「24日ね、分かったわ。手を洗っていらっしゃい。ご飯にしましょ」
「はーい」
その日の夜。
布団に入り、暗闇の中、天井を見据えて考える。
旅立つのは嘘ではない。
でも、この世界の人間ではないことを話していない二人は、勘違いするだろう。
だったら、話しておいた方が良いかもしれない。
でも、どんな反応するかしら?
二人が拒絶するような人じゃないことは分かっている。
分かっているけど、やっぱり怖い。
身勝手だけど、いままで築き上げてきた関係を、こんな事で壊したくはない。
傷ついた気持ちで、元の世界には戻りたくないよ。
――まだ時間はある。ゆっくり考えよう。
数日後。
私は17歳の誕生日を迎える。
まさか異世界で誕生日を迎える事になるなんて思いもしなかった。
私は布団から起き上がり、大きく背伸びをした。
さて、どんな一日になるのやら。
楽しみね!
一階に行き、調理場に向かう。
「ナザリーさん、おはよう」
ナザリーさんは、お皿の準備をしていた。
「あら、早いわね。おはよう」
「なんだか目が覚めちゃって」
「そう。ミントちゃん、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「10時ぐらいになったら、カトレアさんを迎えに行ってくれない? お昼ぐらいに予約のパンが出来あがるのよ」
「分かった」
「それまで自由にしていて、良いわよ」
店に居ても邪魔かな?
「じゃあ……出掛けて来ます」
「分かったわ。12時には帰ってきてね」
「はーい」
私は朝食を食べ、身支度を終えると、お店の外に出た。
外は、薄く雪化粧をしている。
太陽が出ているので、すぐに溶けるかな。
さて、出掛けると言ったものの、何も考えてないぞ?
まぁいいや。胸当てをしているから、少し寒い程度だし、少し散歩をしてみるか。
町の方へ行き、公園の前を通る。
公園には、数人の親子連れが居て、子供が嬉しそうにキャッキャッと走り回っていた。
ベンチにも雪が積もり、座れそうにない。
「あれ、ミントさんではないですか」
と、正面からサイトスさんが歩いてくる。
「お久しぶりです」
「お久しぶりです。最近、顔を見なくなったので、心配していました」
「すみません。ナザリーさんとアカネちゃんに引き継いで、私は剣の稽古していたんです」
「そうでしたか。剣の稽古に、その格好、旅に出られるとか?」
「はい」
「そうでしたか。寂しくなりますね」
寂しく思ってくれるんだ……。
お世話になったんだし、本当に旅に出るだけ、伝えれば良いのかな?
「どうかされましたか?」
「え?」
「険しい顔をされていましたから」
「――あの」
「はい?」
「頭がおかしい奴って思わないでくださいね」
「そんなこと思いませんよ」
「実は私、この世界の人間じゃないんです。旅立つといっても、元の世界に戻るだけなんです。だから、戻ってしまえば、サイトスさんとはもう、会えなくなると思います」
言ってしまった……。
何と言われるか分からないから、視線を合わせられない。
「そうでしたか」
サイトスさんは一言だけそう言った。
驚いてない?
「驚かないんですか?」
「いえ、驚いてはいますよ。でもね、何となくミントさんには不思議なものを感じていましたので、それほど驚かなかっただけです」
サイトスさんはそう言って、ニコッと笑った。
「サイトスさん……」
「皆さんにも伝えてあるのですか?」
「いえ」
「お伝えした方がいいですよ」
「私もそう思っています。けど、怖くて」
「なるほど、そうですか……。なら私から一言差し上げます」
サイトスさんはそう言うと、黒縁メガネをクイッとあげた。
「私をみて、どう思います?」
「どうって?」
何も変わらないけど。
「怖がっているように見えますか?」
「いいえ」
「馬鹿にしているように見えますか?」
「いいえ」
「何か変わって見えますか?」
「いいえ」
「それが答えです。積み上げてきた絆はそう簡単に、消えるものではありません。ミントさんが異世界から来た? だから何ですか。ミントさんはミントさんです。安心しなさい。みんなきっと、受け入れてくれますよ」
失礼だけど、サイトスさんから、こんな言葉を貰えるとは思ってもいなかった。
込み上げてくる涙を堪え、上を向く。
「素敵な御言葉、ありがとうございます」
「いえいえ、どう致しまして。では私はこれにて失礼します」
「はい」
サイトスさんが離れていくのを見送る。
サイトスさんと話が出来て、良かった。
勇気が湧いてきた。
そうだよね。
そんなことで、消えるわけないよね。
自信を持って、皆を信じなきゃ。
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