第31話
次の日の夕方。
お客さんが途絶え、誰も居なくなる。
今日のお客さんはこれで終わりかな?
そう思った瞬間、店のドアが開き、ドアベルが鳴り、お客さんが入ってきた。
クラークさんだ。
「いらっしゃいませ」
クラークさんはベーカリートレイラックから、ワイルドボアのサンドイッチを手にすると、レジまで持ってきた。
「ありがとうございます。3.5Pになります」
クラークさんはポケットから財布を取り出し、お金を出して、カウンターに置いた。
「丁度、お受取り致します」
お金を回収してレジに入れる。
「お前に渡したい物がある」
と、クラークさんは腰から下げてあった布の袋から、細長い笹のような草を取り出した。
「麻痺を和らげる薬草だ。これだけでは効き目が薄いが、研究所に持って行けば、もっと良いのが作れるかもしれない」
「わぁ、ありがとうございます!」
「あと、こいつも渡しておく」
と、クラークさんは言って、上着のポケットに手を突っ込んだ。
ジャムの瓶より一回り小さいぐらいの瓶を取り出す。
瓶の中にはコハク色のドロッとした液体が入っていた。
「天然のハツミツだ」
「え、ハ―ネットBのハツミツですか?」
「いや、あれはミツバチではない」
「そうなんですね。勉強になります」
クラークさんはサンドイッチを手に取ると「では、邪魔したな」
と言って、私に背を向けた。
「ありがとうございました」
お辞儀をして、クラークさんを見送る。
昨日でも採れたのに、私が居たから、やめてくれたのね。
閉店時間になる。
モップがけをしていると、「お疲れさまー」
と、ナザリーさんが調理場の方から近寄ってきた。
「お疲れ様です。ナザリーさん。私の知り合いから天然のハチミツをもらいました」
「まぁ、有難いわね」
「はい。今度、いろいろ試してみましょ」
「そうね」
「ところで、ミントちゃん。話しておきたことがあるの」
「なに?」
「私、バイトを雇うことにしたわ」
ドキッ!
「え!?」
「あ、ごめんなさい。あなたをクビにするって訳じゃないわ」
「良かった……」
「ここ最近、あなた忙しそうじゃない? だから、お店の休みの日に、ちょこっと手伝ってもらおうかと思って」
「ナザリーさん……」
「その代わり」
ナザリーさんは、力コブを作るように左腕を曲げ、右手でポンっと叩くと「頑張りなさいよ」
ナザリーさんに駆け寄り抱きつく。
「ありがとう!」
ナザリーさんはビックリしたのか、
一瞬のけぞったが、すぐに私を優しく包んでくれた。
「応援してるね」
「はい!」
優しい石鹸の香りと、温もりが、心地よい。
まるでお母さんに抱かれているみたいだ。
そんなこと、照れくさくて言えないけどね。
次の休みの日。
出かける準備をして、調理場へと向かう。
ドアを開けて、中に入り、ドアを閉める。
「あら、ミントちゃん。良い所に」
ナザリーさんの隣に私ぐらいの年齢の女の子が立っていた。
髪型は日本人形のように黒くて長く、パッツン前髪。
目は円らの瞳で二重。
体系は痩せ型で、上着は白のシャツに紺色の薄手のベスト。
下は黒のズボンを履いている。
真面目そうで着物が似合いそうな女の子だ。
私は二人に近づく。
「紹介するね。今日から火曜日と木曜日だけ働いてもらう、アカネちゃんよ」
アカネちゃんは恥ずかしそうにペコッと頭を下げると、
「アカネです。よろしくお願いします」
「ミントです。よろしくお願いします」
「アカネちゃん、付いてきて。上で制服に着替えましょ」
と、ナザリーさんが嬉しそうニコニコしながら言った。
照れ臭そうに着ているアカネちゃんをみて
うんうん、良い良いと、喜んでいるナザリーさんが目に浮かぶ。
アカネちゃん、最初の試練だと思って、頑張ってくれたまえ。
「ナザリーさん。私、出掛けてくるね」
「はーい、分かった」
まずはカトレアさんの所ね。
カトレアさんの家に着くと、畑の様子を見る。
「え? 何これ……すごい!」
畑から溢れんばかりの青々とした薬草が、生い茂っている。
これ、一体いくつ取れるのよ?
カトレアさんが玄関から出てくる。
「まぁ、ミントちゃん。来ていたの」
「いま来たところだけどね」
カトレアさんが私に近づき「薬草、育ったわよ。あとは収穫するだけね」
「手伝う?」
「うぅん、大丈夫よ。もう若い子を雇ったわ」
「お金は大丈夫?」
「ミントちゃんが心配するようなことは何も無いわよ」
「そう?」
「今日はどうしたの?」
「薬草がそろそろな気がして様子を見に来たの。そうしたら、びっくりしちゃった」
「そうね。初めての時は、そう思うかもしれないわね。ちょうど良かった。明日には収穫するから、いつでも良いとサイトスさんに伝えておいて」
「分かった」
「数量は、そうね……少なく見積もっても40kgは取れると思うわ」
「それって大体、何個ぐらいなの?」
「いつものサイズにして、400個ぐらいかしら?」
「400!?」
「でも、2ヶ月に一度の収穫だから。それに冬の4ヶ月は出来ないし、出来るうちやっておかないとね」
「そうか……」
「サイトスさんに、数量の方も伝えておいてくれる? むこうも行き成りだと困るだろうし」
「うん、分かった」
「そうだ! 今日はもう帰るの?」
「うん、このあと用事があるんだ」
「ちょっとだけ待っていて。手紙を預かっているのよ」
と、カトレアさんは言って、家の方へと歩いて行った。
手紙? 誰からだろ?
カトレアさんが戻ってくる。
「はい、アラン君から」
と、カトレアさんは言って、手紙を差し出した。
「アラン君から!?」
手紙を受け取る。
何があったんだろ? 気になる!
でも、どうしようかな……。
「読まないの?」
「――うん、やめておく」
「どうして?」
「せっかくだから、ゆっくり読みたくて」
と、私は返事をするとバックに手紙を入れた。
「そう、残念だけど仕方ないわね。気をつけて帰るのよ」
「はーい」
次はサイトスさんの所ね。
カトレアさんに見送られ、町へと向かう。
薬剤研究室に着くとインターホンを押した。
しばらくすると、ドアが開き、サイトスさんが出てきた。
「あぁ、ミントさん。どうかしましたか?」
私はバックから、クラークさんにもらった薬草を取り出した。
「この薬草、何か役に立ちますか?」
「ほぅ、麻痺消し草じゃないですか。これ、一時的な効果しかないので、あまり注目されていないのですが、もしかしたら、マイフィ夫婦の薬草と調合すれば、化けるかもしれません。頂けるのですか?」
「はい。色々な薬ができれば、私も嬉しいので」
「ありがとうございます。一週間ほど頂きますね」
「分かりました」
「御用件はそれだけで?」
「いえ、カトレアさんの伝言で、明日に薬草の収穫をするので、いつでもどうぞって。あと、数量ですが40kg、大体400個ぐらいになりますが、どうしますかって、言っていました」
「なんですと!」
いつも冷静なサイトスさんの顔が、目を見開き、驚きの顔に変わる。
「あ、いや失礼、嬉しかったもので。分かりました」
「まとめて買われるんですか?」
「いえ、さすがに400個を、まとめて買うとなると……」
「そうですよね。あの回復薬と毒消し薬は、いつ頃できそうですか?」
「数量にもよりますが、明日の夕方に取りに行くので、5日後ぐらいには、いくつかご用意できるかと」
「うーん……じゃあ一週間後に取りに来ます」
「分かりました」
「御用件は以上で?」
「はい。それでは失礼します」
「失礼します」
次は洋服屋ね。
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