第47話 父 8
父は裁判の話をよくするようになって行ったが、
私の口から良い返事が出る事は無かった。
そもそも関わろうとも、私のほうからはしなかった。
「困ってるみたい」だとか「何とかならんものか」とか
口に出すようになったが、私は無言で突き通していた。
本当に兄弟たちとも会話をしているのかさえ疑わしい人間で、
私は一切信用していなかったが、それを表には出さずにいた。
しかし、兄弟たちが私を可愛そうだと思っていると言う事は
絶対に無い話だと言う事だけは、今までの経験から分かっていた。
そこで私は、裁判では無い話を振って、探りを入れて見る事にした。
「そういえば、百万だけくれるって言ってたけど、どうなってるの?
裁判関係の話はよく言ってるけど、あの話はどうなった?」
「進んでる」と父は言った。
これで父だけの嘘だと言う事が分かった。すでに土地は売却され数百万程度
ずつではあるが、既に振り込まれている。
二十五万ずつ払う事など用意に終わる。「進んでる」という言葉自体が既に
おかしな言葉でしかないと私は思った。
私は嘘を見抜く才に長けていた。悲しいが、そう育った。
異常な環境の中で、私は自分の事をモルモットだとずっと思っていた。
現実そうであったし、私は哲学に目覚めた為、
彼らの世界には邪魔な産物であったからだった。
それを自覚し、理解できていた私は、終わりに向かっていたのだと思う。
私は幸運にも自分が無い世代には、産まれ落ちなかった。
何もかもが自由で、何でも思い通りになる世界で生きる人間は、
医者であろうと、人間とは呼べないほど冷酷だった。
私は悪夢で眠れない日々も続き、夢か現実なのか分からなくなっていった。
ある夢では私の部屋から始まり、妙な雰囲気が漂う中、廊下を歩いて二階に下りた。
何故か薄暗く、私は長い廊下を歩いていくと、洗面所に弟がいた。胸から下腹部まで
縫われた後があった。洗面所にある椅子に座らされていた。
私は居間にいる父親の背中を見たが、血生臭い嫌な空気で満ちていた。
臓器を順番に捨てていきながら、本当に何の感情も無いように、
「死体安置所に運ぶから手伝ってくれ」と普通に言った。
私を含めた四人の人間は、今でもこの思いは消えないが、家族を私は知らない。
青白くなった弟に近づくと目を開けた。私は逃げた。廊下を走り、階段を上がって、
自分の部屋には行かず、更に階段を上って四階まで逃げた。
私は広い屋上のほうへ入った。弟は青白く、無表情のまま私に向かってきた。
私は恐れから既に死んで、殺せない弟に対して殴り、蹴り、倒れさせようとしたが、
弟は痛みに非常に強い人間だった。痛みを感じないのかと思う事も度々あった。
夢の世界であったが、現実的な夢で、夢の中でも私に噛みついてきた。
本当に噛み千切る程の力で噛みついてきた。
歯が食い込み、噛み後から血が出たこともあった。
野生の獣のような弟だった。私は何度か死を覚悟した事もあった。
それが唯一、父の教育だった。「武器は使うな。それ以外は何でもありだ」
そう言っていつも、声も届かない部屋に入って行った。
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