推し観察の邪魔者

 午後三時は基本的にビックるんるん片手に推しCP観察をする至福の時間だった。

 それなのに、ああ、それなのに最近はそれどころではないのである。

 ビックるんるんをちびちびと飲む、遠目にいつもいる中学生君達やママ友さん達が時折心配そうにこちらの様子を伺っているのがわかる。

 そんな私の隣には、見るからにガラの悪そうな、顔は整ってるけど雰囲気がヤのつく自営業の若頭みたいな青年が居座っていて、モンエネを飲んでいる。

 しかもよく見かける緑じゃなくてどっピンクの缶。

 どうして、何で。

 そんなふうに問いかけるのも怖くて、放置してもう一週間くらいになる。


 ことの始まりは多分、ベロンベロンに酔っ払った自分が過去一回だけしか話したことがない元同級生の彼に、例の勇者候補のアレに関する協力を要請してしまったことが原因だろう。

 彼は迅速かつ意外と丁寧に自分の部隊を動かし、呆気なく全てを何とかしてしまったのだ。

 彼の部隊が問題児かつあらゆる分野に精通した猛者の集いであることは噂でなんとなく知っていたけど、ここまであっけなくことが終わるとは思ってもいなかった。

 国の上層部を牛耳っていた悪趣味な輩は地方に左遷リリースされ、実は国のために厄災を作ることを厭ってはいたものの、粛清を恐れて何もできていなかった小心者だけが残った。

 その辺りの人事異動がどったんばったんと起こって、いつの間にか彼の部隊がうち最高幹部の専属的ポジションになっていたり、他にも不正や汚職を行っていた奴らの首が一斉に飛ばされたり、色々なことが起こって、ようやく落ち着いてきたのが最近の話。

 忙しすぎて公園に通う頻度も激減してしまっていたけれど、ようやく以前と変わらぬペースで通えるようになってきた。

 ようやく安定して推しを摂取できる、というかやっとちゃんと間休憩が取れるくらいに余裕が出てきたことにほっとしていたのも束の間、なんか気がついたら彼が自分の隣でモンエネ飲んでた。

 気配を消していたのか、それとも極限状態の自分が気付けなかっただけなのか、本当にいつの間にか。

 気付いた直後に「オッヒョウワ」みたいな奇声をあげてしまったことを思い出すと、今でも顔が赤くなる。


 じいっと、視線を感じている。

 見られている、ものすごく見られている、大きな目でじいっと、見つめられている。

 それに気付かないふりをして、半分くらいまで減ったビックるんるんをちびちび飲む。

 どうしてこんなことになっているのか、監視か何かのつもりなのか、なんにも悪さなんてしていないし、するつもりもないのに。

 推し達はいつもと変わらずおやつを食べている、今日はパウンドケーキ的なものを食べていた。

 けれど、あんまりそちらを見すぎて隣の彼が何か妙なことを勘ぐったらとても嫌なので、たまにちらっと見るだけだ。

 それが少し歯痒い、そして隣に彼がいるせいですごく緊張しているし全く気が休まらない、これじゃあ休憩にならない。

 ちびちびと、ちびちびとビックるんるんを飲む、彼はとっくにモンエネを飲み干してしまったようで、手持ち無沙汰状態になっているようだった、飲み終わったのならさっさと自分の仕事に戻って欲しいのだけど。

 ビックるんるんが残り三分の一程度になった頃、大きく深呼吸をする。

 そして、意を決して口を開いた。

「あ、あのぉ……」

「なに?」

「ヒョワッ!? ななななんでもないデス」

 真顔怖いカッ開いてて怖いめっちゃ見てくるのが怖い!!

 この元同級生、雰囲気も怖いけど普通に強くて怖い人なのである、それでもって普通に大恩人、滅多なことは言えないのである。

 どうしろと?

 詰んでしまったのだろうか、もう自分が平穏な休憩タイムを取ることは不可能なのだろうか、そう思っていたら向こうが逆に聞いてきた。

「何? 言いたいことがあるなら言えよ」

 じいっと目が、開きっぱなしの目がこちらの顔を見ている。

「……えっと、あのその、ええと…………何故、こちらに?」

 かろうじてそれだけ言うと、彼は拍子抜けしたような顔になった。なんで?

 それでしばらくそのままの状態が続き、やっと彼が口を開いた頃には、公園が謎の沈黙に包まれていた。

「……お前、自分の立場分かってんの?」

「ひえ……」

 わたくしめごときにあなたさまの謎行動にツッコミを入れるのは不敬だと、そういうことなの!!?

 と思っていたら、全然違う回答が返ってきた。

「お幹部さまが供一人連れずの街中を彷徨くな、公園で一人呑気にビックるんるんを飲むな。暗殺でもされたらどうする気だ?」

「アッハイ」

 逆だった、そういえば自分は一応この国の最高幹部の一員なんだった。

 ついでにいうと、上の腐ってた人達を排除するきっかけを作ったというか見ようによっては首謀者だから普通に恨まれてるんだった。

 色々あったけど結局今も下っ端の下働きだから、あんまりそういう自覚はないけど。

「危なっかしいから監視兼護衛、ついでに休憩のつもりだけど。文句ある?」

「イエ、アリマセン!!」

 どうも普通に手を煩わせていただけだった、申し訳ない。

 しばらく、ここで休憩するのはやめようかな、と思った。

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