第22話:終の空
レーダーにレッズの反応がなくなったのを見て、ブレイディは即座にガルブレズ突入を断念、上空に上がって戦況を見る。
あちこちで上がる破壊の火花。
「大将!!」
ブレイディを見るなり、ブレイディのスクリーンの範囲内に琴璃騎が寄ってくる。
「レッズのみんなは?」
「あいつはみんな行方不明だ……俺もわからん」
「死んだことさえですか?」
「そうだ。何もかもだ」
反応も消えた。
騎体も見えない。
死んでいるとも断定できない。
ただ、ブレイディの予測のつかないことが起きている。
「
損害もそれなりに出ている。
クリムゾンやヴァイオントでも異常事態がおきていて、それがガルブレズにも波及している。シュナードラ内部でも同じようなことが起きているのだろう。突いてみたくもあるがリターンは見込めない。クリムゾンでの余波で行われた余計な戦争で犠牲を増やすわけにはいかなかった。
「あらあら。これから楽しくなるところだったのに」
撃破されたEFと空っぽになったコクピットを見て、でっぷりと太った巨体をホワイトのロリータドレスに身を包み、肩までの縦ロールツインテールを揺らしながら、その男はぼやいた。
せっかくの獲物で、歯を全部抜いてこれからという時に光ったと思ったら消えた。
「クドネル司令部。聞いてる?」
男はヘッドセットで通信をする。
「こちら黒鉄廣島傭兵元帥にして、永遠の14歳の美少女、宮永友佳。これよりクドネル政府は友佳ちゃんのの支配下に入りまーす。マニングや鷹城よりも友佳の指示を優先ね。これは陛下の許諾をちゃんともらっているから、そこんとこ勘違いしないように。いい?」
斉国蒼竜艦隊。没遮欄こと陳沈。もっぱら称号や名前よりも延信同様にニックネーム「陰獣」と呼ばれる彼(彼女)はクドネル首脳部を恫喝する。
「……了解しました」
「周辺にいた虫はもうちゃんと駆除したから、友佳はこれよりクリムゾンに向かうね。艦艇一隻とEF一個中隊を準備。ちゃんと準備してね」
一拍だけ間を開ける。
縦ロールを指先でくるくるといじりながら、笑みだけが冷たくなった。
「できないなら」
声色はあくまでも甘い。
「潰しちゃいますからね。国ごと」
「……どうなった」
一瞬、延信の意識が途切れ、復旧すると目の前の景色が変わっていた。
場所は一面黒い砂の砂漠。EFの両足に砂塵がまとわりつく。砂を振り払おうとジャンプするが飛ぶことができない。
周囲を埋め突くほどの軍勢が消滅していて、世界が広くなっている。
「ドリフトは不可か」
周辺にあるものを変換して騎体の修復を試みようとしたのだが、修復ができない。ドリフトは周辺にある物質をライダーの意思をトリガーにして変換するものなので、これは変換できるものがないことを意味していた。
つまり、ここは延信が死の大地にしたクリムゾン。
延信はレーダーとスクリーンを確認する。
ここにいるのはまず延信。
その対面にいるのが第五京と
それに9騎のレッズと見慣れない騎体が1騎。
なぜ、一瞬の後にガルブレズで戦っていたレッズが延信たちの戦場に転移してきたのか分からない。
鍵を握るのは、見たもの無ければデータにもない新型。その正体に想いを巡らせようとした瞬間、延信の脳裏に頭痛が走る。
延信の額に汗が流れる。
胃を締め釣られるような苦しさ。
―――間違いない。
戦っている間、感じていた。
頭の中を誰かに見られている感覚。
嫌悪感が生まれた瞬間、延信は反射的にビームライフルをその騎体に向かって発砲しようとして………動かない。
いくらスティックを動かしても、ペダルを踏んでも騎体は微動だにしない。
非常脱出系、電源の強制遮断、バックアップ回路への切り替え。延信が思いつく限りの手順をトリガーに流し込むがどれも無反応。
明らかに原因不明な現象、いや、そのEFが操縦系に何らかの力でもって動作に干渉している。
そういうことか。
延信はその未知のEFの正体を本能で知った。
「貴方ですか。ファリル・ディス・シュナードラ」
「よっすイエロー1、こちらイエロー2 聞こえている?」
突然、第五京からの通信が入る。
「こちらイエロー1。君はどちらの味方だ?」
「今んとこ、イエロー1サイドでよろ~」
「どの面下げて、寝返りするのか?」
さっきまでは敵として戦っていたので、延信もこれぐらいの嫌味を飛ばしてもいい。
「いやマジでさ、あんた帝国的には最大級のバケモンなんだわ。ホントはここで爆散してくれると助かるんだけど?」
「正直だね」
「でしょ? 正直者だけが信頼されるってヤツ?」
「誉めてはいないんだが」
「分かってるし。でもさ──
延信が斉にとって最大の危険分子である以上、今の状況は謀殺するにはいい機会なのだが、クドネル側であるレッズがいると立場的には延信につかざるおえない。
「イエロー2の騎体も動かないとみたが」
「はいはーい、そのとおりでーす」
第五京が肩をすくめるような声で答える。
「ドリフト死んでんのはまだ百歩ゆずってアリとしても?、騎体そのものがガチで"うんともすんとも"なんですよね? イエロー1も同じっしょ?」
「原因はなんと見る」
「……あの
延信は渦中となっている騎体に視線を向ける。
「やっぱり、玄武の見立ては正しかったということか」
「イエロー1のアレがドロドロに溶けたのも? うちらの騎体がピクリとも動かないのも? レッズの子たちがまとめてこっち飛んできたのも?、ぜーんぶ姫様の力っすね。これはさすがのあたしも"ほっとこ?"とは言えない案件」
「これから全力で姫様を奪いにいく?」
「……それ、あんたが言うんですか」
スピーカーから露骨に呆れ声が流れる。
「十億殺しただけじゃ飽き足らず、それを兵力として再利用するとか、その時点であんたのほうが京倍ヤバいっすよ、イエロー1」
「評価が高いね」
「ぜんっぜん褒めてないんで。本来なら帝国のために、あんたはとっくに死んでるべきなんすけど──今回はレッズの顔立てて我慢しますわ。でも、おうち帰ったらあんた軟禁コース確定っすからね」
「それはありがたい」
「やっぱイエロー1は、アイノちゃんと一緒に児童なんとか法でしょっ引かれてるほうが似合うんですよ」
「問題はこの状況をどうにかするかだ」
「レッズの連中、元気?」
第五京は今度はレッズに振る。
黒い砂漠に縫いつけられた九騎のアイコンが、通信チャンネルでかすかに瞬く。
第五京は今度はレッズに振る。
「こちらレッズ1。全機、生体反応に異常なし。ただし機体制御は完全ロック、ドリフトも不発です」
「はいはい、さすがリーダー。報告は満点っすね?」
「おだてても何も出ませんよ、イエロー2」
「レッズ2。制御系のロックパターン、帝国製でもクドネル製でもありません。博士に解析させたいところですが、データ送信経路も封じられている状態です」
「だよね。博士に丸投げしたい気持ちは分かるけど、今回は「現場の神経質担当」で我慢しといて」
「神経質ではなく、合理的判断です」
「レッズ5。肉体・感覚ともに大きな違和感はありませんが……正直、この静止状態はあまり長く続けたくないです」
「だよねー、止まってるのって逆に疲れるやつ」
動けないというのはストレス。
「レッズ6。自分も同じです。状況は把握、特にコメントありません」
「うん、スィッタは安定の平常運転で安心するわ」
「レッズ7。どうなっているんすか?」
「それはあたしも聞きたい」
「マローダーがいるのは分かるんですが……」。
「はいストップ。気持ちはわかる」
サヴァは、第五京や延信が敢えて無視していた領域に突っ込んでいた。
「レッズ8。正直、動けないなら動けないでお家に帰らせてもらえませんか?」
「気持ちはわかるけど、それはあっち次第でしょ」
「ですねー。このまま何もしなければ、帰らせてもらえる雰囲気はあるんですけどー」
「あたしも帰りたいわ」
「レッズ9。……特に異常なし」
「情報量よ」
「必要な情報はもう出ています」
「その"必要最低限"で全部済まそうとするの、クール系の悪いクセっすよ?」
「レッズ10。みんな、まだ喋れる余裕はあります。イエロー2、状況だけ簡潔に教えてくれますか? 不安にさせたまま黙らせるのは良くないわ」
「はーい、さすがレッズのおかーさん枠。分かった分かった、今から"子どもたち"に優しい説明入れますわ」
「レッズ11、イスナー……こわい、かえりたい」
「うん。がまんして。あたしも帰りたいから」
第五京はひと通り声を聞き終わって、ふう、と息を吐いた。
「ま、声聞く限りは"元気"判定でいっか。文句言えるうちは、まだ余裕ある証拠っしょ」
ワーヒドたちの状態を頭の中で素早く並べ替えながら、第五京は通信のトーンをわずかに切り替える。
「じゃ、レッズ諸君にざっくり現状説明」
わざと軽いギャル声のまま、言葉だけは真面目に続けた。
「君たちはクリムゾンに飛ばされている。飛ばしたのはシュナードラのあれ。あれが全てをコントロールしている。イエロー1もあたしも、あんたらも、勝手には動けない」
「あの騎体は?」
スィッタが言うとアシャラが反応
「シュナードラの新型と推測」
「苦しいのに新型製造できる余裕があるんだ」
「あそこは独自にコアを持っている。見た感じ、ティーガーを一般兵用にマイルドにしたという感じか」
「ライダーは誰かしら?」
「状況から考えると姫様でしょうね」
イトネンの言葉を最後に沈黙が宿る。
「みんな。この状態であれと戦う気がある?」
「ないですね。生殺与奪を握られている時点で、既に決着がついてます」
「だよねー」
「でも、新型も特にやる気は感じられませんが」
「逃げる気があれば逃げがしてくれそうな気があるんだけど……」
サマーニャがいう。
「なんで、
シュナードラもクドネルも厭戦気分が漂っているにも関わらず、ティーガーからは殺意が立ち昇っていて炎に包まれているように見える。
「こちら、ポスト。応答願います」
転移したアクシオンに乗ったディバインが必死にななって回線を開くと
「こちらはティーガー2。そちらには誰が乗っている」
「小官と姫様だ」
通信ウィンドゥに向こうにいるロイは「やっぱりか」という顔をする。
「姫様は?」
ディバインは無言でカメラにファリルの状況を写し出す。
歴戦のロイでさえも顔色が一瞬、白くなる。
「これは……」
スクリーンに写るファリルは昏睡しているように見える。息はしているが意識の痕跡はない。夢を見ているのか、そんな風に見える。
ただ、髪が無茶苦茶長くなっている。
白い髪が溢れるように伸びている。
「こちらの騎体は動けない。そちらはどうだ?」
「こちらもだ」
そこまではいい。
「ティーガー72の通信は?」
「呼びかけているが、応答はない」
「こちらもだ」
ティバインとロイには戦意もなく、延信たちにも同じように戦意がない。意思疎通が出来れば素直に撤退できそうな気がする。
にも関わらず、高層ビルの中で火災にあったような危機感を覚えているのは智機1人だけが殺意を立ち昇らせているからだ。2人としては空気を読んでくれと祈りたいところだが、事態は最悪に向かって突き進んでいるような気がする。
「おい」
ディバインのスクリーンに勝手に映像が立ち昇る。
座標は東に数キロ離れたところ。
砂漠に倒れこむ少年……いや、少女の姿が大きく写る。
髪を強引にむしられた頭皮が血で赤黒く染まり、目はうつろ、その口は口紅を落書きのように塗ったくったように真っ赤に染まっている。
ロイのスティックに反応が戻る。
……助けろっていうことか。
「こちら、ティーガー2。少女を助けに行く」
通信スクリーンに浮かぶディバインに敬礼すると、ロイは移動を開始した。
予想通り、ロイの騎体は動いた。
彼女の至近に接近するとロイは騎体を降着姿勢にして、ハッチを開く。
砂漠の風が熱い。
その少女の姿を見るとロイは唖然とする。
……その少女の口から全ての歯が抜き取られていた。
「あの女男が出張ってきやがったか」
こんなことをするような奴をロイは知っている。
あいつまで来たということは戦局が変わったか。
恐らく、この少女は西河芽亜。
「どこに行ってたんだろうな」
彼女が何処に向かったのかは知らない。
信用されてないって、当たり前か。
でも、想像はつくし少女が戦った相手が誰なのということも知っている。
「ロングだったら、すっごく可愛かったのに」
その頭からは強引に髪がむしりとられ、よく見たら肌さえももぎ取られて、その下の肉までもが露出している。でも、救いようがないのはこれでもまだ幸運だったということである。
ロイは梯子を滑りおり、砂に膝をつく。
「聞こえるか? 西河」
返事はない。
ただ、身体がひどく震えたような気がした。
頭と口以外に肉体のダメージはないように見えるが、精神のほうが最悪だろう。
まずは救うこと。
ロイは西河を拾い上げつつ、想像を巡らせる。
クリムゾンに来たのはティバインとファリル。
召喚されたのはレッズの9人と西河。
クリムゾンとヴァイオントはかなりの距離があるのに西河が召喚されたというのは、おそらく召喚者が西河の状況を把握できたということと、そんなに離れた地点に手を伸ばせる能力があったということでもある。
では、レッズが召喚された?
彼女たちが智機の縁者のようなものだとしたら
…あるいはコアを内蔵した人間であるのなら
ロイの顔から血の気が引いていく。
「…おい、姫様。聞いているか!!」
寒気が止まらない。最悪な未来を想像して、ロイは喉が潰れそうな声で叫んだ。
「アイノっていう子がいたら絶対に助けろ!!! 絶対に殺すな!!!」
叫びというよりは悲鳴だった。
「でないと、この世界は地獄になるぞ!!!!」
その直後、がちゃん、と金属が噛み合う音が風に乗って流れた。
ディバインの呟きがうつろに響く。
「…動ける、のか?」
ティーガーの全身から装甲が音を立てて外れる。外れた装甲は砂漠に落下…することはなく光と化し、装甲の下に隠れていた骨太のフレームに吸収される。
ティーガー改の特徴の一つは、外せなかった装甲が外せること。フレームだけでキチガイじみた加速度に耐えられるのため、大幅な軽量化を果たすことでティーガーの真の最速が発揮される。ただし、自壊の危険性があるので
だが、この世界でドリフトに使えるエネルギーはないはず…と思った時にティーガーが装甲を外した意図に気づく。
「……おい、やめ…ろ……」
ティーガーが装甲を外したのは、その装甲をドリフトの燃料に変えるため。それならドリフトは回せる。
「やめ……」
ジェネレーターの起動音と金属と金属がぶつかる音が連続して響く。
ティーガーは一瞬で延信騎との距離を詰める。
甲殻類のような巨大な腕が延信騎を吹き飛ばす。距離は広がるが一瞬で詰まる。
ドリフトがない世界なら、ドリフトが使える側が圧倒的に有利。これならば延信と智機に実力差があるかといっても智機が優位に立てる。智機が意図していた騎体の実力差がゴリ押すこともできる。
でも、だからって……
こんな状況で戦うようなものではない。
それなのに、智機は戦おうとする。
やめろ、とディバインが叫んでも言葉がでない。
嫌な予感がディバインの脳裏によぎる。
……智機は既に死んでいるのではないのか?
「生きていたら返事してください、代行殿!!」
ライダーは死んでも敵騎がいる限り戦い続ける。過去のバビヤールの戦士たちがそうやって死してなお、戦い続け、自身の命と引き換えに数十倍の兵力を殲滅したように智機も目に映る全てを皆殺しにする死騎と化したのだろうか。
ティーガーの右腕の巨椀が延信騎の左腕を肩から吹き飛ばす。
この場にいる誰もが次の瞬間に、延信騎が倒されるのかと思った。
だが、次の瞬間、吹っ飛んだのはティーガーの左手首。
左手首は光の粒子となってすぐさまティーガーに吸収されるが、その合間を縫って延信のライトセーバーの突きが高速でティーガーの巨体に突き刺さる。
「…うそだろ……」
言葉にならない。
ティーガーの高速の突きが延信騎に突き刺さろうとして、バリアラインに弾かれる。
弾かれた隙をついて延信が攻撃を繰り出すが、ティーガーも触れようした瞬間に消える。
次の瞬間、延信騎の左右と背後、計3体の騎体が現れては襲い掛かるが延信騎はそれらに目を呉れず、上空にライトセーバーを突き立てる。
ティーガーの本体がそこにいて、剣圧の前に吹き飛ばされる。
「左腕をわざと吹き飛ばすとはやるねえ」
軽口を叩くが第五京も圧倒されている。
ティーガーが自身の装甲を燃料に使ったように、延信もまた、自騎の左腕を計算ずくでドリフトの燃料に変えたのだ。だから、延信もドリフトが使える。
レッズの誰かが囁く
「……どういうレベルの戦いをしているんだ」
今の智機にはディバインもレッズも勝てない。
ここに来て騎体差が出て、延信騎も押し負けても不思議ではないのに、それでも延信騎は互角に打ち合っている。
でも、第五京がいう。
「これ分が悪いねぇ。少将っちの負け」
「性能差ですか?」
スィッタが聞く。
「それもあっけど、少将のほうがぶっこわれてる。ダルマのほうがぜんぜん効かない」
片腕を失ってもドリフトは使えるが四肢が万全なのよりも、威力が落ちる。ティーガーの骨格にところどころに亀裂が走り、左手首も欠損しているが、それでも左腕全体を失った延信騎よりもダメージは浅い。
ティーガーが延信騎の懐に入る
巨大な右腕をまっすぐに突き入れる。
延信はライトセーバーで迎撃。
右手の蟹のような爪が光の刃によって、切り落とされる。
「ドリフトが乗ってない?」
「まさか、本命は!?」
手のない左腕が間髪入れずに延信騎を突き刺しにいく。手の代わりにドリフトで形成された光の槍。
延信はバリアラインでとっさに弾くが、紙のように弾かれ、右手を間に差し入れるがそれも粉砕され、延信騎は吹っ飛ばされる。
ダメージ軽減のために自ら吹き飛ばされたのではなく、本当に吹き飛ばされた。
その時、ファリルの耳に声が飛び込む。
「
「シュウイさん!?」
騎体が砂漠に叩きつけられる。
柔らかい砂地だとはいえ、それでも延信の全身に衝撃が襲い、激痛が延信を貫く。
脇腹の骨が折れた。
「……こんな体験……初めてだ……」
中学の時にロイと一緒に戦った戦闘、星を滅ぼした時でさえ傷をあまり追わなかったのだから、重傷を負わされたのは初めてだった。
何がまずかったのだろう。
「やっぱり腹立つなあ」
騎体差だとしか言いようがない。
普段の延信なら多少の騎体性能差などものともせずにねじ伏せてきた。だが、ドリフトが使えない異常な状況では技量では埋められない差が生まれる。
そこを御給智機は突いた。
これはくやしさというよりも、相手を誉めるしかない。夏への扉を繰り出しても勝てなかったのだから、勝負はその時点でついていたのかも知れない。
これでよかったのだ。
延信が死んだらたくさんの人間が喜ぶだろう。
なによりも、愛していた姉の元に行ける。
まじかに迫る死を喜びながら、抱擁しようとしたその時、
耳の奥に声が響く。
「……ません」
聞き覚えのある甘い声。
「ぜったいにやらせません!!!!」
頭を徹底に剃り上げた少年のような女の子が、
…あいの?
一瞬、理解できなかった。
「ご主人様はアイノが絶対に守ります!!」
否、理解を拒否した。
アイノが、生身の身体一つだけで破壊と殺戮の化身であるティーガーに立ち塞がっている。常人ではできないことを、10にも満たない少女がやってのけている。
主人を守るために。
ティーガーは動かない。
このまま鉄拳を打ち込めば延信は死ぬ。アイノも巻き込まれる。普通のライダーなら絶対にできない。非戦闘員、幼女とすらいえてしまう女の子を犠牲にする非道なことはできない。
でも、智機は違う。
止まりはするが、相変わらず殺意が立ち昇っている。戦いをやめる気がまったくない。今の智機に言葉は届かない。当たり前だ。ここで延信を見逃せば明日には智機が延信に殺される。
そういう世界に2人は生きている。
「……なきゃ……」
感情の欠片がないのに、冷たい言葉が心臓を刺す。
この戦場に来て、初めて発せられた智機の言葉
「ころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃころさなきゃ」
同じ言葉が、壊れたスピーカーのように繰り返される。言葉というより、呪詛のノイズ。
「……やめろぉっっっっ」
容赦なくティーガーの鉄槌が振り下ろされ、延信が智機の殺意に圧し潰されながらも必死になってスティックを動かす。
だが、ティーガーがフリーズしたかのように虚空で止まる。
「ダメです。智機さん」
スピーカーに響く女の子の声。
「……姫様」
アクシオンの後席に座っているファリルは相変わらず、意識がないように見える。
でも、ファリルの声が聞こえる。
世界の抑止力がティーガーの右腕を止めている。
でも、ティーガーからは殺意が濁流となって溢れている。見えない鎖に全身を縛られながらも智機は全身をやめない。破壊をやめない。きしむような音を立てて、ティーガーの右腕が延信騎を殴りに行っている。
そして、スピーカーからチャンネルなど無視して響く智機の呪詛。
人工音声のように抑揚がないにも関わらず、心をヤスリで削ってくる。
だから、ディバインは思わずにはいられない。
御給智機という少年は既に死んでいたのだろう。
ディバインが普段、見ていた智機は、智機であったものの残骸。あるいは残骸から生まれたものが御給智機という少年のフリをしているのではないかと。
その偽りの姿が剝がされて、本性が現れているのではないかと。
その本性とは。
ありとあらゆるものを殲滅してやまない殺戮衝動。
レーダーで光点が移動している。
西河を確保した
「姫様!!」
叫びに呼応するようにスティックに反応が戻る。
アクシオンは智機に向かって前進、
ドリフトは使えないが、ティーガーもダメージを負っているからロイと2人でなら抑えられる。
そう思った瞬間、ディバインは空に放り投げられる。
アクシオンのコクピットにいたはずなのに、次の瞬間、ティバインは空にいた。
眼下に広がるは、白い雲とその合間から見える蒼穹の蒼。輪郭がまっすぐではなくカーブを描いている。
海のように広がっている雲の上方には薄い蒼が立ち昇っていて、その先は黒。
闇のような黒。
振り向いて背後を確認しようとしてもできない。
まるで、天上から伸びた巨大な掌に、頭から押さえつけられているかのように。
上から、下へ。ひたすら下へと圧し潰される感覚だけがある。
ディバインは理解する。
ここは成層圏。
そして、これからディバインは生身だけで地上へと落とされる。
悲鳴が漏れた。
ディバインは落とされる。
なにもできず、ただのゴミのように地上へと落とされる。
そして、存在そのものが、1ミクロンの分子さえも残せずに粉砕、最初から存在していなかったようなものに消滅する。
強烈な風が全身を圧し潰す。
バラバラになりそうなのに、バラバラになってくれない。
これぐらいの高空なら、地上に落ちる前までに意識が殺されるはずなのに、意識は死んでくれない。
智機は言っていた。
「いや、姫様は実験体として扱われる。人ではなく、研究対象として、物として取り扱われる。パラシュートもなしに生身で1万回も成層圏から突き落とされるようなことを体験させられることになる」
あの時、ディバインは冗談だと思った。
智機も「冗談だ」と口にしていたから、本気にはしなかった。
――違ったのだ。
今なら分かる。
あれは、智機の"想像"ではない。実体験だ。
だから、ディバインは落とされる。
身体を保ったまま。
意識を保ったまま。
肉体が大地に叩きつけられる、その瞬間の衝撃を、細胞一つ残らず味わわされる。
……間違いなくディバインは死ぬ。
生身の人間が、成層圏から落とされて生きていられるはずがない。
たとえ奇跡的に生き延びたとしても、「助かった」と思う暇もなく、また成層圏へと引きずり上げられ、再び地上へ叩き落とされる。
――智機がそう言っていたのだから。
◇◇◇
延信は知っている。
あれは御給智機の"想像"でも、"大げさな比喩"でもない。
――実際に行われた、正真正銘の実験だ。
それは、少し遠い昔の話。
軍機の底に封じられた黒い資料の束から、延信が拾い上げた現実。
ある場所で、一つの実験が行われた。
人間にEFのコアを埋め込み、特定の力を持たせ、それが実用レベルで使えるかを試す実験。
そのうちの一つが、衝撃回生機構。
自身が受けた衝撃を吸収し、それをエネルギー源に変える機構だ。
これを実用化するために行われた手段は、あまりにも単純だった。
成層圏から、生身だけで地上に向かって突き落とす。それだけ
初めて落とされた時、子供たちはそれを実験だと理解していなかった。なにが起きているのか分からないまま、空気に内蔵を掴まれる感覚と、喉が潰れて声にならない叫びだけを、地上まで持っていった。
万単位で集められた子供たちが、一人になるのに時間はかからなかった。
いや、一人でも残ったことを、奇跡と言うべきだろう。
だが、書類の中の彼らは、その「奇跡」を祝福しなかった。
生き残った一人を、さらに地獄に突き落とす。
何度も、何度も、何度も――。
絶えず繰り返される落下の地獄を、生き延びた少年の名を、延信は知っている。
第五京やレッズたちがなすすべく落ちていく中、延信はこの世界を考察する。
これはいうまでもないが、現実ではない。
あまりにも乾ききった世界に、なんといったらいいのか分からない。延信には分かってしまった。
常に成層圏から叩き落とされる続けるのが、彼の日常なのだと。
……こんな苦痛が日常って余りにもおかしい。
だから、延信には何もできない。
今の延信ではなく、悪意の前に何もできなかった智機を押し付けられる。だから、延信は何もできない。
ただ、思うのはアイノのことだけ。
やっぱり、あの男はアイノも平等に落とすのだろう。
風景が変わる。
……まてよ。
目の前に姉がいた。
腹を短刀で掻き切って、鮮血にまみれた姉。美しかった黒髪はばっさりと不揃いに断たれ、傷口から鮮血と腸が溢れている。
延信を見て、安心したような笑顔を浮かべた。
延信の手に握られているのは刀。
一言二言、会話を交わすと姉は最後の力を振り絞って、姿勢を正してきちんと正座をする。
やめろ。
延信は叫ぶが、意識とは裏腹に両腕が刀を振り上げる。
眼差しが、髪が無惨に断ち切られて短く垂れ下がる項に向けられる。
「やめろ!! やめてくれ!!!!!」
意思とは裏腹に刀は振り下ろされる。
刃が首筋に当たる直前、その首筋は幼女のものに変わった。
空は地獄。
あっちこっちで悲鳴が上がってる。
ある者は、ただ堕ちていくのが怖くて
ある者は、過去の傷を再演されて、
ある者は、見たくもなかった未来を見せられる。
ファリルは悲しかった。
こんなものを日常にされてしまった少年がいたことも、それを他人に分かたせなければならないところまで追い詰められた世界も。
だから、智機を止めてなくてはいけない。
この痛いだけの世界を終わらせなければならない。
世界の真ん中に、落ちていく彼がいる。
ただ、適当に放り投げられた小石のように落下していく。
表情はない。
当たり前といえば当たり前かも知れないが、すっかり慣れ切ってしまったかのようで人間というよりは燃え尽きていく無機物に見える。
ファリルは圧倒的な重圧を受けながらも、宙を泳いだ。
彼に接近する。
その身体に触れた瞬間、世界が弾ける。
――羽をもがれた鳥は
それでも空へと手を伸ばす。
ファリルがいるのは太陽が水平線に落ちる浜辺。
打ち寄せては流れる波は茜色に染まっている。
その世界にいるのはファリルを除いて……2人。
1人は智機。
海を見ていて、表情はファリルには見えない。
もう1人はマリアと同い年で、マリアと同じように黒髪を無茶苦茶長く伸ばした少女。
少女は智機を見て笑っている。
だけど、その目は何故か悲しい。
少女は何かをいいながら、裸足を砂で蹴って沖へと走っていく。
声は聞こえない。
波音だけがやけに大きくて、言葉の輪郭を全てさらっていく。
智機はその少女を追いかけるが、少女は振り返って、さっきと同じように、優しくてでもどこか悲しい笑顔を浮かべると、まるで夕焼け色の空に弾けたしゃぼん玉のように消えた。
智機はしゃがみ込む。
膝や手が水に濡れる。
なぜか智機の顔は見えないが、少女がいなくなってしまったことが悲しみがファリルにも伝わる。
この人は少女に会うために戦っていたことが深く伝わる。
両手と膝を海に突っ込んでいた智機であったが、よろよろと立ち上がる。
でも、智機は動かない。
身体が硬直している。
いや、細かく震えている。
そして、世界を殺気が満たしていく。
風が激しく揺れ、世界が熱を帯びる。
でも、何故か怖いとは思わない。
殺気を出していることで、逆に傷つけているように見える。
これは延信との一騎打ちに出したものと同じ。
怒っているのではない。悲鳴だ。
ファリルは知る。
智機はファリルの存在に気づいている。
だから、智機は動けない。
今すぐにでも動きたい、彼女のことを追いかけてたいのに追いかけられない。
ファリルの瞳から涙が零れ落ちては、風に流れた。
智機はどこにも行けず、ただ、身体を引き裂かれるのは、そこにファリルがあるから。
智機の世界に、ファリルもいるから。
「――だめっっっっっ」
やることはわかっていた。
沖に向かって走り出そうとした智機を、ファリルは抱きしめる。
「いっちゃだめですっっっ!! 智機さん」
暴れる身体を。
いや、行き場のないエネルギーが溢れて自壊する身体をファリルはつなぎとめるように抱きしめる。
「いかなくちゃ」
智機の呟きがマシンガンのように響く。
「いかなくちゃいかなくちゃいかなくちゃ」
感情が乗っておらず、呪詛のように平坦なのに、ファリルにはそれがたまらなく悲しく聞こえた。
「行くぐらいなら、わたしを置いていかないでください。わたしをしあわせにしてください」
提督は言っていた。
"奴の都合など知ったことか。姫様は姫様の幸せを貫けばいい"
今がその時だと理解した瞬間、ファリルはフリスロットルで突っ走っていた。
「わたしは智機さんいないとダメです。いないと悲しくって悲しくって死んじゃいます。だから、智機はここにいていいんです。幸せになって……いや、智機さんは智機さんの都合でわたしをめちゃくちゃにしたんですから、最後まで責任をとってください」
最初に出会った時、ファリルは死にたいと泣いていた。
ブラスターを突き付けられたら、死ぬのが怖くて泣いていた。
智機が出会えなければ死んでいた。
両親が死んだという現実と向かい合わされて、壊れてしまいそうな時、智機がいて支えてくれた。
今にして思えば、その優しさに泣けてくる。
この人は、いつもこうだった。
智機は、ようやく「幸せだ」と思えた瞬間に「幸せになってはいけない」とどこかから断罪される。
海の向こう、空の彼方で彼女がまだ苦しんでいると想ってしまうから。
そう想った瞬間に、途端に「自分だけ幸せになるのはダメだ」と思ってしまう。
本当は、彼女だけを見ていられたら、どれほど楽だっただろう。
バビ・ヤールの部下たちは「中将は夢を追いかけてください」と言ってくれた。
それでも智機は、彼らを置いていけない。
この人は他人を無視できない。
彼女と同じように、他人の痛みを自分ごとのように抱えてしまう人だから。
彼女のために、部下たちのために、レッズのために罪を背負い、傷つき続けてしまう。
女の子が泣いていると、そっと寄り添って泣き止むまでそこにいてくれる。その当人が、地獄の日常に跡形もなく壊されたというのに。
彼女と、ファリルと。
どちらか一方だけを選べないから、その身を二つに引き裂かれて、どこにも行けなくなる。
その「行き場のなさ」が、終の空として現れてしまった。
だから――
「どうしても行くのであれば、わたしを殺してください。智機さんが壊れるぐらいなら、わたしを壊してください」
ようやく、智機の動きが止まった。
ファリルの心臓が激しく鼓動する。
こんな言葉が出るとは思っていなかった。
昨日までの自分ならそう思いもしなかった。
もう引き返せない。
不安はあるけど、後悔はない。
風に溶けるほどに小さな声が流れた。
「……ごめん」
感情はない。
人工音声のような起伏はないが、それだからこそ本音だというのが分かる。
「いいんです」
否定するのは簡単だけど、智機には届かない。
ファリルは笑う。
涙を振り払い、夏の太陽な笑顔で。
「側にいてくれて、ありがとうごさいます。智機さん」
世界が急に見慣れたコクピットの中になる。
スクリーンに写し出される黄昏かけた空と、黒い砂が吹く砂漠。そして、数騎のEF。
1騎のEFが行動を起こしたのを見て、ディバインは叫ぶ。
「姫様!!」
ファリルは相変わらず目を閉じているのだが、覚醒する様子を見始めたので安心する。
スクリーンの外では動きがあった。
ロイ騎が、フレームを露出させたまま微動だにしないティーガーを右腕だけで抱えて飛翔するのを見て、
ディバインも左腕を排除、それをドリフトの燃料にしつつ飛翔。戦場から離脱した。
クリムゾンから逃げだしたシュナードラ側のEFを第五京やレッズ、延信たちは見送るしかなかった。
世界が変わったことへの反応が遅れたということもあるが、それ以上に戦意が出なかった。
あれだけのことをあって、交戦なんて出来るわけがない。
延信は負傷の影響もあって、一気に緊張の糸が切れてしまう。
だから、スピーカーから伝わる悲鳴が何処か他人事のように聞こえていた。
時間にして数分前。
「
転移に巻き込まれたシュウイがアイノを突き飛ばししたその直後、ティーガーの一撃によって吹き飛んだ延信騎の影がシュウイを覆った。
シュウイのいた場所に、延信騎が落下する。
落下の衝撃でシュウイも飛ばされたことで直撃は免れた。していたら、シュウイは「その場で死亡が確認」というレベルで死んでいただろう。
そして、今
「おい、少年。しっかりしろ」
「シュウイさんしっかりしてください」
アイノの叫びを受けて、シュウイの落下地点に到達、降着姿勢にして騎外に降りた第五京は泣けぶアイノに抱きかかえられたシュウイの惨状に唖然とし、次に叫んだ。
数時間後、ディバインとロイは周辺空域で待機していた仮想巡洋艦ミツザワに拾われる。
艦に収納されて、乗騎から出たロイが真っ先に行ったのは智機の安否確認。
智機からの通信はない。
クリムゾンからミツザワに収納されるまでの間、足元から焼かれそうな気持ちを味わいながら、ロイは自分を抑えてティーガーの元に向かう。
智機からの応答はないので、非常用スイッチを押す。
ボルトが爆砕されて、コクピットが露わになった瞬間、ロイは絶句した。
―――控えめに言って、そこは殺人現場だった。
解放されたことで行き場を得た鮮血がコクピットから騎外に流れ落ちる。スクリーン、メーターモニター、スロットル、サイドスティック、ペダルといったもの全てに血が染まり、乾ききっていない血が足元に溜まっていた。
スクリーンが血が変わって何ともいえない色に染まっている。完全に外を視認することができなくなっていた。
外が全く見えない状態で戦っていたのか。
コクピットの機器全てを換装しなればならないのが一目瞭然。
そして、シートの上で目、耳、鼻、口、そして毛穴といったありとあらわる穴から血を流しながら智機が固まっていた。
「…おい」
ロイは智機の血で自分がどう汚れようが構わず、その身体を抱き上げた。
信じられないことだが、智機の喉が僅かに上下することにロイは安堵する。
だが、息があるのと無事なのかは別。
「どうすりゃいいんだよ」
これからのことを思うとロイは絶望に襲われた。
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