本音 ~彼氏side~ 5月14日
金田は机に向かって仕事をしていた。
脇に置いてあったスマホが鳴り着信を知らせる。画面に杏梨の名前が見えた。
着信音はしばらく鳴り続けた。しかし、金田はそれをあえて無視した。
金田の仕事はしばらく立て込んでいた。その間の杏梨のことはそうたに任せてある。
彼とはその後メッセージを数回やり取りした。彼は杏梨と付き合っていたこともあり、扱いには慣れている。安心して任せられると思った。
その一方で金田はそうたにかなり嫉妬していた。恐らく彼は金田よりも若い。金田よりも杏梨を満足させられるだろう。そうたはお互いに恋愛感情はないと言っていたが、そんなのはこれからどうなるかわからない。
本当は杏梨を誰にも触れされたくはなかった。
金田の予想では、昨日今日辺りに2人は会っている。
杏梨の電話がそうたのことを好きになったとかそういう内容な気がして、それを聞いたら感情的になってしまうであろう自分が、予想でき過ぎて、金田は電話に出ることができなかった。
荒ぶる心を必死になだめていると今度はメッセージが来た。
5/14 21:21
杏梨:
お忙しいところすみません。
どうしても今日伝えたくて。
寂しいなんて言って、他の男の人に頼ってすみませんでした。
私が好きなのは金田さんです。甘えたいのは金田さんです。もうそうたには会いません。寂しいなんて言いません。
だから、金田さんもそうたに私を任せないでください。
文面から杏梨の必死な思いが伝わってきた。そうたに任せないでと書いてあって、金田は嬉しかった。
返信は迷った。俺も辛かった、好きだと書きたかった。もう寂しくても他の男のところには行くなとも言いたかった。
でもそうは書かなかった。
21:30
金田:
俺は変われないし、これからも今まで通りに仕事をする。
前に寂しいって言ったのは杏梨の本音なんじゃないのか?
21:32
杏梨:
寂しいのは本音です。
金田さんが好きだから寂しいんです。
金田の仕事は弁護士だ。人の人生に深く関わる。この仕事に誇りを持っているし精一杯取り組みたい。お金を稼がないと暮らせないし、杏梨にご飯を奢ることもできない。
金田は元々恋愛は苦手だった。女性を嫌いな訳ではないし可愛いとは思うが、そこまで積極的に関わろうとは思わない。性欲も強い方ではない。
告白されて付き合っても、勝手に相手に幻滅されたり、寂しがられたり、疲れることが多かった。
心の中を恋愛が占める割合が、人よりも少ないのかなと思った。でもそれでも別に良いと思っていた。
寂しいと言われたら「じゃあ別れよう」といって別れてきた。俺は変わらないし、それで寂しいなら仕方がないと思った。
でも杏梨に出会って、金田の中の恋愛の色が鮮やかに変わったのだ。
印象的だったのは美味しそうに食べる姿だった。もっと見たいと思って、杏梨の好きなイカ料理を出すお店を知っていると嘘をついて誘った。
何とか探しだして、連れていって、他の好きなものを聞いて連れていってを繰り返した。
杏梨があんまり幸せそうに食べるので、一緒にいるだけで楽しかった。杏梨は頑張り屋さんで話していると自分も頑張ろうと思えた。
4回目の食事のときに、杏梨に自分は何なのか聞かれたときは驚いた。
自分自身でもわからなかった。だから、彼女に聞き返した。
「何でありたいの?」と
そしたら杏梨が「彼女」と答えたから、そう望むならそうしようと思って快諾した。
本当は、友達でも、パトロンでも、ただの知り合いでも、奥さんでも良かった。彼女の答え次第で、関係性は変わっただろう。でも「彼女」という答えは金田にはとても嬉しい答えだった。
仕事の忙しい合間を縫って、時間を作って杏梨に会った。同僚に聞いたりして美味しいお店と綺麗なホテルを予約した。必死に聞いて回っていたら同僚にかなり驚かれた。
夜もできる限り頑張った。杏梨の胸が見たことのあるものと少し違っていて、どうしたらいいのかわからなくて戸惑った。
頑張って1回はするようにしたが、杏梨が不満げなのはわかっていた。
仕事でデートを切り上げなくてはいけなくなったとき、杏梨が遂に「寂しい」と言った。このときが来てしまったと思った。
本当なら別れようとそのとき言うべきだった。でも、少しでも長く一緒にいたくて、関係を続けたくて「寂しいなら他に男を作ってもいいよ」と言ってしまった。
その後、杏梨からメッセージが届いて、男を作ったのはわかったけれど何も言えなかった。
本音では止めたくて仕方なかった。
家でたこパをしたいと言われて、可愛いと思ったし嬉しかった。家に行くとなると恐らく頑張って色々用意してくれそうだと思ったから、家に行きたいと今まで言えなかった。
美味しいたこ焼を作ってあげよう。と思い、仕事合間に動画をみたりして勉強した。
杏梨が他の男に教わったたこ焼を食べさせようとしてきたので、悔しくて全力で阻止をした。
ラブシーン多めの映画のときは、どきどきしたが、この時間にえっちをしたら、夜またしたいと言われてもできないと思い、距離を置いた。
気持ちをわかってくれないと言われて悲しかった。
そうたくんと電話で話をして、本当は他の男に触れさせたくないくらい好きだけど、仕事はおざなりにできない。杏梨が寂しい思いをするくらいなら自分は我慢する、協力してくれないか? と言ったら彼は快諾してくれた。
そんな彼の優しさにも正直嫉妬した。
杏梨の家で今までにないくらいじっくり優しく杏梨を愛した。今までのどんなセックスより満たされた。
でも、朝起きると自分がかなり疲れていることに気がついた。慣れないことをしたからだ。
やることは山程あって待ってくれない。毎回そんなことはできない。杏梨ばかりには時間を割けない。
だから、寂しいときはそうたくんを頼むようにいった。
自分自身がどれだけ嫉妬して寂しくても杏梨が寂しいよりは良いと思った。
自分を選んでくれた杏梨の気持ちは嬉しかった。でも自分と付き合っている限り、彼女は寂しい思いをするだろう。いずれ結婚したとしてもそれは変わらない。
俺がどんなに悲しくても杏梨には幸せでいて欲しい。
あんなに頑張り屋で、綺麗で、可愛くて、愛しい彼女なら、もっと一緒に時間を過ごし、愛情を注いでくれる人の方が合うだろう。
21:45
金田:
別れよう。
今まで寂しい思いをさせて悪かった。
杏梨から泣くような着信がしばらく続いたが電話に出たら決心が揺らぎそうで、金田は出られなかった。
22:02
杏梨:
何でですか?
私は別れたくないです。
俺だって別れたくはない。でも、寂しそうな君の顔をみる度に自分の身勝手さに嘆きたくはないんだ。
22:05
金田:
俺達合わないよ。
杏梨はもっと他の人といる方が幸せになれる。
今までありがとう。
それは金田の本音だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます