船を後にしたのりこたちは、最寄りのバス停に向かった。バス停の時刻表を見るなり、良行は唖然とする。

「次の便は......あと30分後！？」

　何と、羽馴島のバスは1時間に1便という少なさなのである。しかもバスは船の発着に連動しておらず、その1便を逃すことが痛恨の極みとなる。

「仕方ない、次の便を待つか......」

　良行は肩を落とした。そこへ、遠くからのりこの呼び声が。

「おとうさーん！！」

　のりこの声のする方へ向かうと、どことなく風変わりな露店があることに気付く。一体何の店だろうか？

「へいらっしゃい！」

　店主は寿司屋の大将を思わせる風貌。だが、その見た目に反して寿司は取り扱っていないようだ。

「旦那、今日はいいにぎりが揃ってるよ！」

　看板をよく見ると『おにぎり屋・米山』と書かれている。どうやら、彼のいうにぎりはおにぎりを指すようだ。

「たいしょー！　今日の一押しは！？」

　のりこもまた、店主のクセの強さに負けていない。彼女もなかなかに曲者。

「お嬢ちゃん、ノリがいいねぇ！　今日の一押しは……」

　のりこは間髪入れずに注文を入れる。しかも、そのネタは……。

「大将！　いちごみるく（・・・・・・）2貫！！」

　あまりにも奇抜なにぎりもといおにぎり。おそらく、初見では誰しもが目を丸くするだろう。

「おおっ！？　お嬢ちゃん、目利きだねぇ！！」

　店主は大変ご満悦。これは腕が鳴る！　彼のそんな心の声が聞こえてきそうだ。

「大将、いちごみるく3貫に変えて！　あとは、ツナマヨ3貫とこんぶ2貫と……」

　割って入るように京子が注文を入れる。いちごみるく以外にもツッコミ所はあるが、敢えて触れないことにする。

「おにぎりが全部で8貫、お茶が4本。いちごいるくはお嬢ちゃんに免じて値引き。締めて900円でどうでぃ！？」

　京子は、値引きを無視して元値払い。一体どういう意図なのだろうか？

「値切った分はご祝儀で！」

　傍からみれば奇妙なやりとり。だが、店主はこれに思わず唸る。

「......おかあちゃん、粋だねぇ！」

　二人のやりとりは、さながら酉の市を彷彿とさせる。おそらく、京子は江戸っ子なのかもしれない。

ーー

　次の便を待つ間、のりこ達はバス停近くのベンチで朝食を摂ることにした。雄大な自然を背景にする食事、それは何とも格別だ。

「いただきまーす！！」

　そんな中、のりこは例のおにぎりに勢い良く食らいつく。奇抜なおにぎり、その味は如何に……？

「んーっ！　いちごみるくとお米の共演かたまらないっ！！」

　両者の共演と言われたところで、今一つピンとこない。さて、京子の反応はというと……？

「......確かにいちご自体は甘みがあっておいしいけれど、おにぎりとは別々に食べたいものね」

　おそらく京子の感想は妥当。どうやら、京子はこの味を男性陣にも共有したい様子。

　それを受けて、二人は渋々おにぎりひと齧り。当然、二人の表情は歪む。

「おかあさん、何だか味がおかしいよぉ......」

　りょうたはその独特の味に阿鼻叫喚。その反応を見た京子は、代わりにツナマヨのおにぎりを渡す。

「うん、ツナマヨが一番美味しい！！」

　りょうたに笑顔が戻る。京子は、これを見越してツナマヨのおにぎりを買っていたのである。

「ああ、いちごみるく最高！」

　一方、のりこはいちごみるくのおにぎりがえらく気に入ったようだ。

ーー

「おっ、やっとバスが来た！」

　朝食を終えたタイミングで、待ちに待ったバスが到着した。良行がバスの到着に気付き、一家はバス停へ急いだ。

「のりこ、急がなくてもバスは逃げないぞ」

　我先にと急ぐのりこを良行は諭すが、当の本人は聞く耳を持たない。猪突猛進と言わんばかりだ。

「みんな遅いっ！」

　のりこは誰に似たのか、せっかちな性格である。そんなのりこの後に続き、一家はバスへ乗車する。

『発車します』

　羽馴島のバスは、一家を乗せてゆったりと進む。