第43話 デートみたいっスね

 ギルドを追い出された俺たちは、重い足取りでシェアハウスに帰宅した。


 だが、玄関を開けると――そこには仕事に行っているはずのミナがいた。



「あ、マサキ! ちょうどよかった! ちょっと早く帰ってきなさいって連絡しようと思ってたのよ!」



 ミナは興奮した様子で、俺たちをリビングに引っ張り込んだ。 テーブルの上には、厳重に梱包された布――『蜃気楼の衣ミラージュ・クロス』が置かれている。



「ミナ? 仕事じゃなかったのか?」


「仕事どころじゃないわよ!

 これ、鑑定すればするほど凄い代物だったの。 店に置いておくのも怖いくらいの国宝級アーティファクトよ。

 不用心に持ち歩くわけにもいかないから、店長に早上がりさせてもらって持って帰ってきたの」



 ミナは鼻息荒く説明するが、俺たちの暗い表情に気づいて言葉を止めた。



「……どうしたの? 申請、上手くいかなかった?」


「ああ……。話せば長くなる」



 俺は、ギルドで起きた出来事――ライセンスの読み取りエラーと、改竄疑惑、そして受験停止の処分について説明した。



「そんな……!」



 ミナが顔を歪めた。



「あんたたちが不正なんて、するわけないじゃない!

 大体、実力で倒したのに改竄する意味がないでしょ!」


「ああ。

 ギルドの職員も個人的には信じてくれてるんだが、システムが通らない以上どうしようもないらしい。

 だから、俺たち自身で潔白を証明する」



 俺は拳を握り、作戦を伝えた。



「今週の金曜の試験を受けるなら、今日中に解決する必要がある。

  二手に分かれて動くぞ」


「二手に?」


「ああ。一つは、犯人の特定だ。 ギルドで俺たちにぶつかってきた連中――エリサたちを探し出して、証拠を吐かせる」


「エリサっていうと……メディナちゃんのルームメイトだった子達よね?

 何かあったの?」



 訝しげな表情のミナに、事情説明した。

 ミナが険しい顔で腕を組む。



「ミナ、頼む。

 すまないがこの件に協力してくれないか」


「え、ええ。もちろんなんでもするわよ」


「ありがとう。

 それならエリサ達と話をつける役目は、ミナ。お前に頼みたい」


「えっ、私?」


「相手はしらばっくれるだろうし、ご近所トラブル的な側面もある。

  俺が行くとカッとなって話がややこしくなりそうだし、メディナは……あいつらが相手だと萎縮しちまうかな……」



 俺は、隣で俯いているメディナを見た。

 彼女は名前が出ただけで肩を震わせている。これでは交渉にならない。


 ん?シズク?

 シズクに交渉を任せるって?

 今俺マジメな話してるからちょっと黙っててもらっていい?



「だから、コミュ力が高くて、冷静に問い詰められるミナが適任だ。

 それに、シズクの『幸運』があれば、広い街中でもあいつらを見つけられるはずだ」


「……ん。任せて。 私の勘とミナの話術なら、逃がさない」



 シズクが淡々と、しかし力強く頷く。



「分かったわ。私が責任を持って話をつけるわ。

  ……で、マサキはどうするの?」


「俺とメディナは、ダンジョンに戻る。

 スフィンクスの部屋に行って、転移門の使用ログか、魔石の残骸か……何かしら『討伐の物理的証拠』を回収してくる」


「ちょっと待って!」



 ミナが色をなして反論した。



「ダンジョンに戻るって……まさか、またスフィンクスと戦うつもり!? あんなギリギリの戦いを、今度は二人だけで!?」


「大丈夫だ。 スフィンクスのリポップ(再出現)周期は3日後だ。 倒したのは昨日だから、今はまだ部屋は空っぽのはずだ」



 さっきは頭に血が上ってもう一度スフィンクスを倒すとか考えてしまったが、よく考えたらリポップまではスフィンクスは出現しない。

 単に、改めてもう一度帰還の門の読み取り機にライセンスをタッチするだけだ。


 これでもダメならギルド職員を連れて再度帰還門まで来てもらい、読み取り機の不備を確かめてもらうことになるかな。


 スフィンクスの部屋に行くには斥候のメディナがいてくれた方がいいし、道中のモンスターの対応は俺が最適だ。

 俺&メディナ組がスフィンクスの部屋へ、ミナ&シズクがエリサ達と話をつけるって割り振りが現状の最適解だと思う。



「空っぽのはずって……あくまで"はず"、でしょ? 万が一復活してたらどうするのよ!」


「その時は逃げるか……あるいは、倒すさ」



 俺は、テーブルの上の『蜃気楼の衣ミラージュ・クロス』を指差した。



「これがある。

 メディナがこれを装備すれば、物理攻撃も魔法攻撃もほぼ無効化できる。

 一度倒してネタの割れた相手ではあるし、あの戦いでレベルアップもしてる。今の俺たちなら、二人でも問題なく勝てると思う」



 俺の言葉に、ミナは迷うように視線を彷徨わせたが、やがて大きく溜息をついた。



「……分かったわ。 マサキがそこまで言うなら、信じる。 でも、絶対に無理はしないでよ?」


「ああ、約束する」



 こうして、俺たちの捜査は始まった。



 *



 ミナとシズクは、繁華街の方へ向かった。 俺とメディナは、装備を整えてダンジョンへ向かう。



「メディナ、これを装備しておいてくれ」



 俺は『蜃気楼の衣ミラージュ・クロス』をメディナに渡した。 薄布のように軽いくせに、鉄より硬い守りを感じる。



「……はい」



 メディナはそれを受け取り、着込んだ。

 身体の輪郭が陽炎のように揺らぎ、存在感が希薄になる。

 

 すごい性能だ。物理攻撃の自動回避性能ってのはダテじゃなさそうだ。



「似合ってるぞ」


「……ありがとうございます」



 メディナは、どこか寂しげに微笑んだ。



「よし、行くぞ。 ここから先はスピード勝負だ」



 俺たちはダンジョンに入った。


 道中、俺は自分の装備――予備の斧やポーション類を、メディナのスライムに預けることにした。



「ここから先は狭い通路や罠が多い。 俺が重装備で引っかかったら元も子もないからな。

 それに、メディナの『蜃気楼の衣』の回避性能を活かすなら、お前も極力身軽な方がいいだろう? 荷物はスライムの中(亜空間)に入れておけば重量ゼロだ」


「……はい。了解ッス」



 メディナは従順に、俺の荷物をスライムの中に飲み込ませていく。

 俺の腰には、愛刀が一振り残るのみだ。


 身軽になった体で、俺たちは階層を進む。

 メディナの先導は完璧だった。 罠を避け、最短ルートで奥へと進んでいく。



「……ねぇ、マサキ先輩」



 不意に、メディナが呟いた。



「これ、デートみたいッスね」


「はぁ?」



 俺は面食らって振り返った。

 薄暗いダンジョンの通路。デートと呼ぶにはあまりに殺風景だ。



「だって、先輩と二人きりでダンジョンなんて……初めてじゃないですか。

 いつもシズク先輩がいますから」


「……そういえば、そうだな」



 俺は苦笑した。



「こんな状況じゃなきゃ、もっとマシな場所に連れてってやるんだが」


「いえ……私は、これがいいです」



 メディナの声が、少し湿り気を帯びる。



「先輩と、二人きりで歩けるなら……どこだって」


「メディナ?」


「……なんでもないッス! さあ、急ぎましょう!」



 彼女は努めて明るく振る舞い、先を急いだ。 その背中が、妙に小さく見えたのは気のせいだろうか。



 *


 一方その頃、街中では。

 ミナとシズクが、路地裏の安酒場を回っていた。



「……いないわねえ」



 ミナが額の汗を拭う。



「あの子たちの行きそうな店、片っ端から当たってるんだけど」


「……こっち」



 シズクが、不意にある方向を指差した。


「何か感じるの?」


「……ん。嫌な予感。 こっちに行けば、見つかる気がする」



 シズクの『幸運』スキルは、探し物に関してはダウジングマシンより正確だ。

 ミナは頷き、彼女の後を追う。



「ねえ、シズクちゃん」



 走りながら、ミナが尋ねた。



「マサキは『エリサたちが犯人だ』って決めつけてたけど…… シズクちゃんはどう思う?」


「……分からない。

 でも、マサキは熱くなってる。

 焦りが、目を曇らせているかもしれない」



 シズクは、冷静だった。

 彼女の目は、マサキが見落としているかもしれない「何か」を探していた。



「エリサたちは、ただの落ちこぼれ。 高度なライセンス改竄なんて、できる技術があるとは思えない」


「……そうよね。言い方はともかく、私もそう思うわ」



 ミナの顔にも、不安が広がる。

 もし犯人がエリサたちじゃないとしたら。

 マサキは今、見当違いの敵を追って、ダンジョンの奥底へ向かっていることになる。



「急ぎましょう。 嫌な予感がするわ」



 *


 ダンジョン最深部。 スフィンクスの部屋へと続く、隠し通路の前。

 俺たちは、最後の扉の前に立っていた。



「着いたな」



 俺は息を整える。



「この奥だ。 リポップしていなければ、すぐに証拠を探して帰れる」


「……はい」



 メディナが、立ち止まったまま動かない。



「どうした? 行くぞ」


「……先輩」



 彼女は、俯いたまま言った。



「もし……もし、この先で何も見つからなかったら。 先輩は、どうしますか?」


「え?」


「昇格試験、受けられなくなりますよね。

 そしたら……また来月か、それとも再来月まで、今のままでいられますか?」


「何を言ってるんだ」



 俺は笑い飛ばそうとした。



「そんな『もし』はない。 絶対に証拠を見つけるし、絶対に合格する。

 俺には時間がないんだ」


「……なんなんスか、時間がないって」



 メディナは、顔を上げた。 その表情は、どこか泣き出しそうに見えた。



「先輩は、前しか見てない。

 ……だから、私のことも見えてない」


「メディナ?」


「……ごめんなさい、先輩」



 彼女の声は、震えていた。



「ここが、終点です」



 俺がその言葉の意味を理解するより早く。 彼女は、隠し扉を開け放った。

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