XENO

 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが仲良く暮らしていました。

 ある日、おじいさんは野山へ竹を取りに、おばあさんは川へ洗濯をしに行きました。

 すると、川の上流から、大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れてきました。

 おばあさんはそれを拾いあげて家に持ち帰りました。

 おじいさんが桃を食べようと包丁で両断すると、刃は途中で止まり、そして中から小さな赤ん坊が出てきました。


 包丁は、赤ん坊の頑丈な身体に阻まれたのでした。

 赤ん坊の額には二対のツノが生えていました。赤ん坊は鬼の子でした。


 おじいさんとおばあさんは最初はどうかなぁと思いましたが、取り敢えず育ててみることにしました。


 赤ん坊はすくすくと、人間の子と変わらない速さで成長していきました。

 赤ん坊は鬼の子というだけあって大人よりも身体が強く、頑丈で力も図抜けていましたが、おじいさんとおばあさんが厳しく言い含めていたので、村の人たちに力を振るうことはありませんでした。


 やがて赤ん坊は立派な優しい少年へと成長しました。


 村の人たちも優しく少年の成長を見守っていました。


 一方で村の人たちは、成長した少年が自分たちの脅威とならないかを懸念していました。おじいさんとおばあさんは、病気ひとつしたことのない少年の弱点は無いか探るよう村の人たちから頼まれていましたが、てんで見つかりませんでした。


 ある時期から、少年は村の女の子のことが好きになっていました。

 少年は女の子の家を度々訪れては、女の子に「遊びに行こう」と誘いかけました。女の子のおとうさんとおかあさんは優しい人だったので、少年が女の子を訪れると笑顔で歓迎しました。

 少年は女の子と野苺を取りに行ったり、浜辺で波が打つ様子を眺めたりしていました。


 女の子のおとうさんとおかあさんは、自分の娘が鬼の子と睦まじくなっていくことが不安でいっぱいでした。


「ごめんなさい、もう一緒に遊びにいけないの」


 ある日、女の子は少年を拒みました。


「どうして!?」

「おとうさんとおかあさんが、あんまり一緒に遊んじゃダメっていうから」


 そして、女の子は慌てたように付け加えました。


「ごめんなさい! いまのは内緒にしてって言われてるの! 忘れてね!」


 少年は悲しく思って家に帰りました。


 おじいさんとおばあさんは少年の顔を見て、鬼が怒髪天をついていると慄きましたが、少年はただ悲しいだけでした。

 少年は自分が村の人とは違うことを段々と理解していました。

 

 ある日、村の浜辺に、一艘の小舟が流れ着きました。

 小舟の中には、ツノの生えた大きな体格の人影がありました。大人の鬼です。

 鬼は死んでいないようでしたが、とても衰弱していました。


 村の人たちは最初はどうかなぁと思いましたが、取り敢えず食料を渡してみました。


 目を覚ました鬼は大勢の人たちに囲まれていることにびっくりして何か絶え絶えに叫びをあげましたが言葉は通じませんでした。

 鬼は自分の側にあった、村の人たちには見慣れない鉄筒を手に取り、宙に向けました。


 ドンッ、と轟音がして、鉄筒の先から煙が噴き上がりました。


 村の人たちは驚いて蜘蛛の子を散らすようにその場から離れました。

 村の人たちは、遠巻きに鬼の様子を窺いました。

 鬼は、村の人たちが提供した食料に恐々と手をつけ始めると、瞬く間に貪り食い散らかしてしまいました。


 鬼は立ち上がって細かく頭を振りながら付近を練り歩きました。やがて、村外れの廃屋に入り込むと、ここを居にするに決めたとみえました。


 村の人たちの中には鬼と仲良くしようと試みるものもありましたが、コミュニケーションが取れず、お互いに警戒を解かなかったためにうまくいきませんでした。


 社会生活は停滞してしまいました。


 おじいさんとおばあさんは少年のツノを見て、この子もあのようなバケモノになるのではと密かに怯えていました。


 少年は自分に向けられる視線に居た堪れず、おじいさんとおばあさんにこう言いました。


「僕が鬼退治に行ってくるよ」


 おじいさんとおばあさんは驚いて村の会合でその事を話しました。少年以外の村人が老若男女集うその定例会で、少年の決断は大いに尊重されました。


「あの子にブシ団子を作ってやったほうがいいかの」

「おう、そうせいそうせい」


 少年は団子をもらって鬼の住む廃屋に向かいました。


 道中の草むらで、少年はイヌとサルとキジに出会いました。

 三匹は異口同音に言いました。


「お腰に付けた団子をくださいな」

「良いよ。でもその代わり、鬼退治についてきてよ」


 少年は三匹に、自分が確かに鬼退治をした証人になることを期待しました。


 イヌは言いました。


「ご主人にはツノが生えているワン」


 サルは言いました。


「鬼にもツノが生えているらしいウキー」


 キジは言いました。


「てことはあんたは鬼の仲間だピヨッ」


 少年は振り返ることなく言いました。


「そうかもしれない。でも僕は鬼を退治しないといけない」


 一行は村外れの鬼の家に辿り着きました。

 鬼は相変わらず廃屋にこもってよく分からない何かに夢中である様子でした。

 少年は火矢をつがえて茅葺きの屋根に向かって射掛けました。

 何本も何本も射て、廃屋はたちまち炎に包まれます。

 慌てて出てきた鬼を、一行は取り囲んでリンチにしました。虚をつかれた鬼は驚いて全くの無抵抗でした。特に少年の額に生えたツノに目を丸くして何事か叫んでいますが、少年は言葉が分かりませんでした。

 構わず一行は暴行を続けました。少年は殴りつけ、イヌは噛みサルは引っ掻きキジは突きました。鬼はたまらず倒れ込みます。

 すると少年は懐の瓶から鯨油を取り出して鬼にそれをかけました。そして火をつけます。鬼はたちまち火に包まれました。

 鬼が黒焦げになるまで、少年は警戒心を解きませんでした。


 完全に息絶えたことを確かめ、少年は一息つきました。


「ご主人は強いワン」

「鬼は退治したウキー」

「お腹が空いたピヨッ」

「じゃあこの団子を食べようか」


 一行はブシ団子を頬張りました。

 ブシ団子を食べた一行は、数分もしないうちに吐気と眩暈に襲われました。


「く、苦しいワン」

「ウキィィィ」

「息が……できない……」


 三匹はやがて倒れ伏して動かなくなりました。

 少年も息苦しさと吐き気に襲われましたが、なんとかヨロヨロと立っていることができました。


 村の人たちは遠巻きに一行を観察していましたが、ブシ団子を食べてなお立っている少年を見て心底恐怖を覚えました。


 這う這うの体で村に帰ってきた少年を、村の人たちは取り繕った笑顔で歓待しました。

 附子ブシの毒性に当てられて息も絶え絶えな少年は、礼儀正しく断りを入れて早々に家に戻りました。

 おじいさんとおばあさんはいませんでした。


 その夜、寝込んで意識も混濁した少年の部屋に、おじいさんとおばあさんは協力して樽をいくつか納屋から運び込みました。

 中には、少年も鬼退治に使った鯨油が入っていました。


 おじいさんとおばあさんは導火線のように油を細く撒くと、その先に火をつけて急いでその場を離れました。


 翌朝、おじいさんとおばあさんの家は焼け落ちて見つかり、焼け跡から若い鬼の黒焦げになった死体が見つかりました。


 村の人たちは悲しんだ様子で、鬼退治を果たした勇敢な少年を埋葬しました。

 そして、その墓の上に祠を建て、少年の冥福を静かに祈るのでした。


 おじいさんとおばあさんは、その後も村の人たちと仲良く、末永く幸せに暮らしましたとさ。

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