イニシャルに想いを込めて

折葉こずえ

第1話 『横断歩道』さんに関するお知らせ

 


『横断 歩道 さんに関するお知らせ』


 たまったメールを軒並み削除しようとしていた時にふと、FBからの1通のメールに目が止まった。FBからはたまにこの様に知らない誰かに関するお知らせとしてメールが届く。知った様な名前もあれば、全く知らない人に関する物もある。出身地なのか、出身校なのか、はたまた現在住んでいる街なのか。まあとにかく何かしらの共通点があって「知り合いかも」的な感じでメールを送ってくるのだろう。


 普段なら気にも留めずに削除をしていくのだけれど、何故か気になってしまった。『横断歩道』なんて名前は偽名に決まっている。FBは割と本名で登録している人が多いと聞く。それはFBの目的からしてもそうなんだろう。それでも本名ではなく偽名や愛称などで登録している人も多いらしい。私だって偽名で登録している。山崎琴美やまさきことみという私の名前をひらがなに変換し、捩って、とみやまさきこ。漢字だと、富山咲子というFBネームで登録している。偽名なので当然、知り合いからのメッセージも無い。興味本位で登録はしたけれど、本当に登録しただけ。ほとんど活用していないのが実態だ。


 何となく気になって『横断歩道さんに関するお知らせ』のメールを開いてしまった。そして息を飲んだ。

 勿論、『横断歩道』さんなんて人は知らない。だけれど、その人のプロフィール画像に目が釘付けになった。


 10年前の淡い、切ない想いが蘇ってくる。喉が鳴り息苦しくなった。だけれど心臓は激しく高ぶっている。スマホを握る手が震えた。


 あれはきっと私の初恋。その時はそれが恋だと意識していなかったと思う。ただ、遠くからいつも眺めていた。全校集会や体育祭などで自然と彼の姿を探した。見付けるだけで心臓が高ぶった。好きだった……んだと思う。何故かその時はそう気が付かなかった。あれが恋だったと気付いたのは卒業してから。ふとした時に彼の事を思い出してしまう。当時流行っていた曲を聞いた時。彼の家の最寄り駅を電車で通過した時。彼がいつも履いていたナイキのスニーカーを見た時。そして、高校時代からの友人の真由美と話す時。思い出しては切なくなり胸が痛くなる。忘れられないのだ。忘れられないくらい好きだったんだ。卒業して、何年も経ってから気付くだなんて本当に鈍感。自分自身が嫌になる。卒業して、連絡先も知らず、知っている筈の真由美に訊く事も出来ず、後悔ばかりしている。


 いつまでなら間に合ったんだろう。いつまでが期限だったんだろう。想いを伝えて、彼の横にいる権利を得る為のタイムリミットはいつだったんだろう。


 なぜ想いを伝えなかったのだろう。恋が上手く行くかどうかは別として、想いを伝えなかった後悔がこんなにも辛いなら、失敗しても想いを伝えるべきだった。


 そんな後悔を高校を卒業してから10年間ずっと続けてきた。高校時代を含めたら13年間。彼が好きなんだ。




『横断歩道』さんのプロフィール画像。それは高校の制服姿の彼だった。



 勿論、他人の空似かも知れない。けれど、歯を見せないはにかむような笑顔。ふんわりとしていて耳にかからないくらいの髪。左目の下のほくろ。いつも見つめていたから判る。今だって鮮明に思い出せる。きっとこの『横断歩道』さんは私の初恋の人、大橋崇彦おおはしたかひこ君だ。


 私と彼は平行する別々の道を歩んできた。交差点で交わりもしなかった。高校3年間全部別のクラス。お互い帰宅部で接点すらない。共通の友達もいなければ塾も別。話すどころか目が合った事すら無い。私が一方的に知っているだけで、彼は私の事なんて知らないと思う。


 彼と同じクラスになった友達が羨ましかった。その子に合いに行くフリをして廊下から彼を眺めたっけ。彼はいつも優しく穏やかに微笑んでいた。彼のはにかむような笑顔が好きだった。決して目立つ様な人では無かった。部活もやってないし、2年生からは理系クラスに進んで言ってみれば真面目で目立たない生徒。陽キャではないけれど、陰キャでもない。本当に普通の生徒だった。だけれど、彼がモテていたのは知っている。背も高いし、スマートだし、肌がツルツルで白くて、凄く清潔な人だった。地味な生徒だったから地味な子に好かれた。〇組の誰々さんが彼の事好きみたい。そんな噂は割と聞いた。だけど不思議と誰とも付き合ってなかったっけ。


 地元に彼女でもいるんじゃない?


 そんな噂もあったけど真相は分からない。私と彼の中学校は別だけれど同じ市内にあり割と近かった。私達の高校は隣の市にあり、私の中学校から現在の高校へ進学した生徒は少ない。きっと彼も同じ様な状況だろう。とにかく浮いた話の無い人だった。


 そんな彼に想いを伝えられなくなった決定的な出来事が二つある。


 一つ目が、友人の真由美が彼が好きだと言い出した。こんな事、先に言ったもん勝ちだ。ズルイなあと思ったけれど、「実は私も」 なんてとても言えなかった。言葉では応援しつつも、「上手く行かないで」 なんて思っていた私も大概ズルイ。


 真由美は2年生の時の修学旅行で、共通の友達だった瞳を伝書鳩に使い彼に想いを伝えた。結果は真由美の顔を見て判断出来た。真由美の辛そうな顔を見て私も胸が痛んだけど、ほっとしている自分もいた。だけど、その出来事があったから、その後、私も彼に想いを伝える事が出来なくなった。今思えば、真由美に正直に自分の気持ちを伝えて、彼に想いを伝えるべきだったのかも知れない。


 もう一つが、彼の友人が私に告白してきた。彼はいつも後藤君と言う子と下校していた。彼と後藤君は別々の中学だったけれど、3年間クラスが同じだったらしく仲良しだった。その後藤君が3年生の文化祭の時に私に告白してきたのだ。


 本当に、こんな事を思うのは後藤君に失礼だし、申し訳ないのだけれど、ガッカリしたのは事実だ。後藤君が彼と仲が良い事は知っていたし、酷い事はしたくなかったけれど、彼と仲が良いからこそ告白を受ける事は絶対に出来なかった。私からアクションを起こす勇気なんてない癖に、それでも彼を諦められなくて後藤君には申し訳ないけれど、お断りをした。


 これは言ってみれば、彼も私と同じ立場であると言う事だ。私に少しでも勇気があって、彼に想いを伝えたとして、万が一、億が一、私の告白を受け入れても良い気持ちがあったとしても、後藤君に気を使い彼は断っただろう。結局は私が臆病だった為に、真由美に先を越され、想いを伝えるタイミングを逃してしまったのがいけなかったんだ。この後悔は10年経った現在でも拗らせてるんだけど。


 

 それはさておき、このFBの彼である。


 プロフィール画像からして、もう私の中では確信めいたものがある。なんせ10年間想い続けてきた人。高校を卒業して、大学を卒業して、地元の会社で務め出して5年目。高校の頃の同級生でもいまだに頻繁に連絡を取り合っているのは3人位しかいない。もう高校時代は過去の物なのだ。今さら彼にDMを送ってどうこう出来る訳も無い。もう手遅れなんだ。



 いつまでなら間に合ったんだろう。いつまでが期限だったんだろう。想いを伝えて、彼の横にいる権利を得る為のタイムリミットはいつだったんだろう。


 なぜ想いを伝えなかったのだろう。恋が上手く行くかどうかは別として、想いを伝えなかった後悔がこんなにも辛いなら、失敗しても想いを伝えるべきだった。


 彼にDMを送らなかったらこの先もずっとこんな思いをして生きていくのだろうか。だけど、今さらだよね。もう彼には恋人もいるかも知れないし、もしかしたら結婚だって。


 じゃあこの先も後悔を拗らせて生きていくの? 例え上手く行かなかったとしても、想いを伝えさえすれば次へ行けるのに? 拗らせ続けた初恋にケジメをつけたら?だけど見知らぬ女からいきなりDM来たら戸惑うよね?


 ゴクリゴクリと何度も息を飲み込み、スマホを見つめる。もう何分こうしているだろう。大きく息を吸い、肺が空っぽになるまで吐き出す。心臓の音が聞こえる程高鳴っている。


 冷たくなった震える手を左手で包み、はぁーと息を吹きかける。何とか震えを押えて、でも実際には抑え切れてなくて、結局震えながらスマホを操作する。


『こんにちは。違っていたらすみません。TOさんではないでしょうか?』


 なんとかそう打ち込む。あえてイニシャルにした。見知らぬ女にいきなり本名を指摘されるのも怖いだろうし。いや、イニシャルでも十分怖いか。


 あとは送信を押すだけなんだけど……


 結局、ここでも私は臆病だ。勇気が出ない。


 神様……


 いきなり戸惑うよね……


 でも違ってたら、『人違いでした、すみません』で済む話じゃない。私だって本名じゃないし、どこの誰だか判んないだろうし。いや、本名でも判んないか……そう思うとちょっと寂しい。


 もう、後悔して生きていくのはやめよう? すっぱり断られて、諦めて次へ行こう? 断れれるくらいならもういっそ結婚してて。


 ああ、神様……………………


 


 送信ボタンを押した。ドキドキが止まらない。血管が破裂するんじゃないかってくらい緊張している。


 ダメだ、トイレに行こう。


 返信が気になったけど、あえてすぐスマホは見ずに紅茶を入れる事にした。メールやLINEと違ってFBのDMだから、すぐに見ないかもだし。だけど、返事が無かったらどうしよう。断られるより辛いかも。結局不完全燃焼のまま終わるのだろうか。


 お湯を沸かし、ティーパックをカップに置きゆっくりお湯を注ぐ。手はまだ震えていてお湯がカップからはみ出し、シンクを濡らす。


 あああ、やっぱやめておけば良かったかなあ。もう遅いけど。


 その時、テーブルに置きっぱなしのスマホからメールの通知音が聞こえた。


 きた!?


 いや、ただのメールかも。彼からの返事とは限らない。焦らずここはゆっくりと紅茶を淹れよう。冷蔵庫からミルクを取り出し紅茶へ注ぐ。思わずミルクを入れ過ぎて真っ白になってしまう。


 ああ、やっぱ緊張する。彼からの返事だったら嬉しけど、内容を見るのが怖い。


『だれ? アンタ?』 なんて返事だったらどうしよう。そういう返事がある事も想定しておくべきだった。彼が優しいとは限らないじゃない。


 ミルクを入れ過ぎてすっかり温くなったミルクティを一口啜る。カップを持ったままテーブルへ近付く。スマホのホームボタンを押すと、FBからのメールだった。一度大きく深呼吸をしてメールを開く。


”『横断歩道さんからのメッセージ』” と銘打たれたメールが届いていた。




 もう心臓がパンクしそうだ。もう一度震える手でミルクティを口に運び、小さく息を吐き出してからメールを開く。


『こんにちは。ええと、僕を知ってる人ですか? 確かにイニシャルはTOですが』


 迷惑そうな返事だったらどうしようと思っていたけど、ひとまず優しい返事で安心する。


 はい、知っています。10年間ずっと拗らせています。だけど、ええと、なんて返そう。知っていますと言うのも気味悪がられるかもだし。


『プロフィールの画像が知っている人に似てたものですから』

 そう返信する。


『なるほど。そうでしたか。でも残念、人違いですよ。僕は27歳で、あの画像は10年前の物で、高校時代の学生証の写真なんです。今の僕の写真ではありません。紛らわしい事してすみません』


 それも分っています。


『はい、私も27歳です。恐らくですが同じ高校だっと思うのですが』


『え! そうなんですか? ひょっとして○○高校ですか?』


『はい、あ、でも、私が一方的に知っているだけだと思うので』


『え? そうなんですか? ええと、富山咲子さんですか。確かに。すみません、記憶にないです。申し訳ない』


 そりゃそうだよ。それ偽名だもん。


『あ、私のFB名も偽名なんです』


『富山咲子さんじゃない?』


『あ、はい。すみません』


『なるほど、じゃあ僕も知っているかもしれませんね。あ、まだ種明かししないで下さいね笑 当ててみせますから』


 いや、きっと知らないよ。


『同じクラスになった事は?』


『いえ、一度も』


『ふむ、なるほど』


『1年生の時は何組でしたか?』


『7組です』


『2年生は?』


『4組です』


『3年生は?』


『再び7組です』


『747ですか。ジャンボジェットみたいですね笑 ふむふむ、なるほどなるほど』


 彼が言った意味は良く解らなかったけれど、なにやら楽しそうだ。


『ええと、部活は?』


『やってません、帰宅部です』


『通学は電車?』


『はい』


『降りる駅は?』


『細川駅です』


『なるほどなるほど』


 あれほど緊張していたのに、不思議だ。心が凪いて自然と笑みが零れる。文字だけの会話なのに、彼の優しさや人となりが見えて来る気がした。あのはにかむような笑顔で、名探偵のように推理を働かせている姿を想像して胸がポカポカと温かくなる。彼の声は聞いた事ないけれど、脳内で優しい声が再生される。


 やっぱり好きだなあ……


 上手く行かなくても、たとえメールでも、これだけ話せただけで幸せな気分だ。最後に種明かしして、過去形で想いだけ伝えよう。と、思ったけど、


『髪はボブでした?』


 彼の推理はまだ続いている様だ。


『そうですね、肩まで伸ばした事もありますけど、大体は頬にかかるくらいのボブでした』


『なるほどなるほど』


『なぜ、君が僕を知っていて、僕は君を知らないんだろう?』


 それは……


 言え、言っちゃえ……


 その為にDM送ったんでしょ?


 分っているんだけど、やっぱり勇気が出ない。本名を伝えて、想いを伝えた挙句、「ごめん、知らない」だったら恥ずかしい。種明かしだけして、想いを伝える事はよそうかな。でもそれだときっと今までと同じだ。伝えなかった後悔だけして生きていくんだ。全然次へ行けない。


 まだ間に合う? もう締め切った? いつまでなら間に合った? 最初から無理だった?


 こんな事を問い続けて10年間。これからも続けて行くなんて嫌だ。


 ひとまず彼の問いに何か返さないと。


『ええと、友達がTOさんを知っているみたいで、良く話を聞いていたので』


『では、君の友達の事は僕は知っているんですね?』


 恐らく、忘れていなければ。振った相手の事なんか忘れちゃうかな。どうなんだろう。でも私は後藤君の事覚えてるし。


『はい』


 真由美が告白してフラれた事は伏せた。意味はない。真由美の事を思い出して欲しくない。何となくそういう気持ちになっただけだ。


『なるほどなるほど』


 っていうか、いつまで続けるんだろう。きっと、いや絶対答えなんか出る訳ないよ。知らないに決まってるもん。


『ええと、富山さん』


『はい』


『僕の中で、一人だけ候補が見つかりました』


 うそだあ。人違いだよ絶対。


『そうなんですか?』


『確信はないんですが』


『そうなんですか……』


『それでね、富山さん』


『はい』


『迷惑じゃ無ければ、電話で答えを伝えたいのですが』


 ええ! 直接? 話すの?


『ええと、でも、きっと、人違いだと思うので』


『そうかも知れません。でも、その思い当たった一人の方なんですが、正直言うと、判ったと言うよりは、その人は僕が今一番話をしたい人なんです』


 そんな人と間違えられてガッカリさせたくないよ。


『でも、きっと間違ってると思いますよ?』


『それでも、君と話がしたい』


 私もあなたに想いを伝えたい。あなたの想像している人とはきっと別人だろうけど、今を逃したらもうチャンスは無いかも知れない。


 私は自分の電話番号をメールに乗せた。


 大橋君、ごめんね。期待させちゃって。でも、私の想いも聞いてね。


 RRRRRRRRRRRRRRRR……


 き、きた!


「はい、もしもし……」















「こんにちは。久しぶり、いや、初めましてかな? 山崎琴美さん」





 fin  




 


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