世界の果てのセカイで転生令嬢は竜王と眠る

和泉

第1章 愛されない娘

第0話 彼は来ない

「大学卒業前に二人で旅行しよう」

 そう彼から言われて舞い上がっていた。


「俺はロサンゼルスがいいな。飛行機のチケットだけ取って、あとは現地でホテルや食事を決めようぜ」

「えぇ? 無謀!」

「大丈夫! 俺、英語得意だし!」


 今日から2週間。

 自由気ままな旅をしようと約束をしていたのに。


「ごめん、莉奈」

 まさか当日に彼が来ないなんて。


「ユージ、早くぅ、お姫様抱っこして〜」

 電話の向こうで聞き慣れた声がする。

 同じ大学の友人、結衣の甘えた声だ。


 スマホを持つ莉奈の手が震えた。


「朝9時に空港で待ち合わせって」

「あぁ。ごめん、結衣が……」

 私と二人で旅行なのにどうして結衣と一緒なの?

 聞きたいことも言いたいこともあるはずなのに、上手く言葉にならない。

 莉奈はゆっくり耳元からスマホを下げ、通話を切った。


「どうして……」

 拭いても拭いても涙が溢れて止まらない。


「昨日言ってくれればいいのに」

 まさか空港まで来てフラれるなんて思っていなかった。

 このまま家に戻って、来週からいつも通り大学に行って裕司と結衣に会う。

 そんなのは嫌だ。

 このままどこかへ行ってしまいたい。


「アメリカ、カナダ……」

 出発便案内の電光掲示板が切り替わる。


「ボリビア……。そういえば雑誌で見たウユニ塩湖の写真、綺麗だったなぁ」

 空と地上の境界線がない青空の写真だった。


「見てみたい」

 ロサンゼルスは彼が決めた行先。

 どうせ一人で行くなら、自分が行きたい所へ。

 莉奈は荷物を持って立ち上がった。


    ◇


 暗いトンネルの先は真っ白な世界だった。


「飛行機に乗っていたはずなのに……?」

 莉奈は不思議な景色に首を傾げた。


 真っ白すぎる空間には何もなく、広さもわからない。

 振り返ってみたがトンネルの中は真っ暗で何も見えなかった。


「……暗い場所よりは明るい場所かな」

 暗いトンネルから白いセカイへ。

 一歩足を出すとリィンという小さな鈴の音が響いた。


 どこからともなく現れた少女が真っ白な空間にふわりと降り立つ。

 白い髪は少女の身長と変わらないほど長く、巫女のような白衣・白い袴。

 透き通るような白い肌。

 まるで、このセカイが少女のものであるかのような不思議な感覚だった。


 少女が手にしたサッカーボールほどの球は、幻想的な模様を彩りながらどんどん模様を変えていく。

 その綺麗な球から白いセカイに青色が落ちた。


「……川? 向こうは海?」

 青色は白いセカイの奥へ流れていく。

 まるで絵具で塗り分けたかのような綺麗な境界線だ。


「わっ!」

 思わぬ突風に顔を腕で覆った莉奈は、若草の少し尖った匂いにクシャミが出そうになった。


「……え? 草原?」

 いつの間にかここは丘の上。

 そよ風が吹き、草が揺れる。

 広大な大地、そして海。


「どうしてあんなに小さな球からクジラが出てくるの?」

 少女の球はいつの間にかソフトボールほどの大きさに。


「何で馬とタコが一緒に入っているの?」

 生き物達は川から海へ、草原から森へと走っていく。

 まるで自分の住処がわかっているかのように。


「え? ドラゴン?」

 莉奈の近くを黒いドラゴンが通過する。

 金眼の大きなドラゴンと目が合ったが、なぜか襲われるという気持ちにはならなかった。

 手の中の球が消えると同時に、少女の口が動く。


『 』


 声は聞こえない。

 莉奈が首をかしげると白い少女は手を広げ、ゆっくりと辺りを見回すように回転した。


『 ひ み つ 』


 右手の人差し指を口元にあてながら白い少女は微笑む。

 あぁ、このセカイを作ったのが自分だということは秘密だということか。

 莉奈は小さく頷いた。


『 ま た ね 』


「待って! ここは……」

 どこなの? と聞く間もなく、莉奈の体は強い力で押しだされた。


 これが鈴原莉奈の最後の記憶。

 まさか自分が異世界へ行くなんて。

 このあと壮絶な運命が待ち構えているなんて。


 侯爵令嬢リリアーナに転生した莉奈はまだ知る由もなかった――。

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