第8話
ばヂヂヂヂヂッ……
黒(みぎ)が青白い光の棘に包まれた。ささくれ立った拳が宙気の焼けるにおいを残して、そして、
消えた。
目玉をくりぬかれた生き馬のような発狂的軌道。
獲物との距離を瞬間に殺害した拳が、星をかすめて飛び抜け、真白の内壁に激突し耳を劈く音を立てて電撃の火花を散らした。
ズタズタになった黒のきれっぱしが落ちていく。鋼は舌打ち。
外した。
これなのだ。
どうやっても、まっすぐに飛んでくれない。
普段もひどいがエレキを引いた時はもっとひどい。
いまはかろうじて掠めたから格好だけはついたが、ほとんどの場合がむしろ獲物から逃げているのではないかと思える軌道を黒は取る。こちらへ向かって飛んでこないだけよくやっていると褒めてやりたいほど、デキの悪い右だった。
――クロガネくん、気にしないで。落ち着いてね。エレキは一発、わかってるよね。
無駄口を叩かずにブレインのルイが静かな口調で言う。心なしか緊張が聞いて取れる。
それもそのはず、なぜこうまでルイたちが『エレキは一発』に拘るのかと言えば、それが鋼の生命そのものに直結しているからだ。
アイスピースを飲み、ブラックボックスを『ノック』した場合、奇妙な符号がひとつある。
スプレイやパイロ、アイスは残量が個別にある。スプレイを使い切ったからといってパイロまでガス欠ということにはならない――脳の特性として一つの能力を『切』れば他の能力に余った力が補填されることはある――が、エレキだけはひとつのサイキック能力と使用残度が直接に連結している。
それは『シフトキネシス』。
つまり『瞬間移動』だ。
シフトはスプレイの噴射よりも確実な回避だ。コンマゼロゼロ秒も必要なく瞬間的にその空域を離脱できる。起剤でしかないノッカーにおけるテレポートの距離などたかがしれているが、それでもこの空間三つ分くらいの飛距離はある。それはつまり星に鋼が殺されかかった時の最後の命綱がシフト能力であり、エレキの残度ということになる。その残度は『ノッカー』では二発。
ゆえに、エレキ使用限界が二発ということは、シフトも二回までということ。
一度のテストで二度エレキを使えばもうシフトは使えない。
この時点でもはや、鋼の勝利はないに等しい。
これまで偶然四発とも角に叩きこめた第三回と第五回のテストを除いて、すべてこのままジリ貧になりスプレイ切れか、障壁を一枚割られての離脱で終わってきた。
気にすることはない、とルイも殊村も言う。あの涼虎だってそう言う。
だが、それでは駄目なのだと鋼だけが思っている。
それでは何も変えられないのだと、鋼だけが信じている。
ぐしゃっ
祟り目に弱り目。捻りこみのパンチを当てて軌道を変えようとした白が逆に弾き飛ばされて破裂した。黒はいくらでも補給が効くが、白は補給することができない。最初に充填(マウント)していたものだけでやるしかない、だから白と黒をひとつずつしかマウントできないノッカーでは一度やられれば白はそれまでなのだ。
鋼は目を細めた。腰のグローブホルダーから黒の2番を千切って放る。
――クロガネくん?
黒をマウント。星は上手い具合に甘い軌道でこっちへ向かってきてくれる。時間はたっぷりありそうだ。
――クロガネくん!
俺は、リングに上がりにきたのだ。
モルモットになるためでも、エクササイズのためでもない。
勝ち負けのやり取りをしに、こんな場所まで流れて来たのだ。
今度は外さない。
鋼は、黒を撃発(トリガー)した。
ばヂィッと寒気のする音と目を焼く光の尾を引いて、黒が吹っ飛んでいく。
鋼は全神経を使いに使った。一瞬でも気を抜けば黒はどこへとも知れない負け方へ吹っ飛んでいくだろう。そうはさせない。俺はいつまでもこんなところでグズグズしている暇はないんだ。
俺の右を名乗るなら、俺の右らしい一発を見せてみろ。
黒は、やはり、まっすぐには飛んでくれなかった。
だが、少々ジグザグながらも中心線は確かに星を捉えていた。
いい一撃だった。直撃だった。
粉々になった星の欠片が降って来る。鋼はそれを眩しそうに見上げた。
その背中に、最後に残った星が迫る。
鋼は振り向いた。
脳の中でルイの声がこだまする。
――クロガネくん、クロガネくん! もう無茶はしないで、すぐスプレイで上がってきて!! 今ハッチ開けるから!!
それは困る。途中終了じゃ戦績に残らない。星を捕獲するための粘液が壁面から噴射されるまであと二秒とかからないだろう。
その前にカタをつける。
黒はボンクラ、白はない。
となると最後の手段だ。
鋼は息を吸うと残った一つの星に頭から突撃した。
ガマン比べだ。
――ちょっ、クロガネくん駄目だって、避けて!
避けない。
星と真正面から衝突(キスショット)。
氷殻が二枚とも砕ければ無事では済まない。その奥にあるのは生身の肉体だ。
だからこそ、やる価値がある。
衝撃。
目の前でダメージを受けた氷殻が極彩色に輝き、異物の侵攻に震え慄きながらも抗う。
その向こうで、飢えた速度の『死』が唸りを上げている。
その『死』は少し気を抜けば、喜び勇んで鋼をバラバラにするだろう。後腐れもなく鋼をただの無残な肉片にしてくれるだろう。
この向こうにあるのはただのゴムボールだが、いまこの瞬間だけは、そんじょそこらのゴムボールとはワケが違った、鋼を殺すかもしれないゴムボールだ。
氷殻に亀裂が走った。
欠けた精神の欠片が剥がれて落ちる。まぶたの裏に光の亀裂が走って喉の奥から血の味がする。衝撃に反応した氷殻が悲鳴のような極光を垂れ流して目を開けていることも難しい。
鋼は思う。
難しいことは、わからない。きっと教えてもらっても、そうだろう。
ただいつも、鋼の前には自分に『できること』があって、そこから目を逸らせば数え切れないくらいの自分には『できないこと』が待ち受けている。
鋼にできることは、少ない。
だから、できることからだけは逃げたくない――
鋼は、吼えた。
みちみちみちみち
嫌な音がして、星が思い出したようにパァンと破裂する。
後にはただ、なにもかもが嘘だったように白い空間だけが残って、力を使い果たした鋼がゆっくりと落ちていく。目を閉じる。
勝った。
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