その4


「さぁ、やっちまえ! 奴隷一号君!」


 隊服の男が、大沢を後ろから愉快そうに見る。しかし、大沢は動く気配がない。


「おいどうした、何をしてい――」


 隊服の男は、目の前の光景に絶句した。大沢の全身が、分厚い氷で覆われていた。


「えっ……、これは……?」


 大沢も突然のことで事態について行けてなかった。辛うじて、目の前のユウヤが立ち上がって大沢の腹部に手を触れた瞬間、自身の全身が氷に包まれたということは理解できた。しかし、使ユウヤが何故、このように強力な権能を使っているのか、それが分からなかった。


「大丈夫、体の周りを氷で覆って動けなくしているだけだから、安心して」


 ユウヤは優しくそう告げると、隊服の男の方へゆっくりと歩き出した。


「へぇ、お前、良い権能持ってんじゃん。人間一人を氷塊にして頭から下の身動きを取れなくするなんざ、さしずめ二級の氷系ってところか。俺の奴隷にして絶望に浸る姿を見たくなってきたぜ」


 新しいおもちゃを見つけたかのような、愉悦を含んだ汚らしい笑みで隊服の男がユウヤを見つめる。


「二級には二級を、だな。オイ奴隷二号、アイツを殺せ」


「い、いやだ、やめ――」


 隣に控えていた大沢と同じく高校生くらいの少年の身体が、自身の意思に逆らって勝手に動き出す。体中の筋肉が膨張し、元の体の二倍近い体格となった。


「こいつは筋力増強系の二級さ! ビルにでかいクレーターをつけたのもこいつの権能だ。テメェの貧弱な氷の権能なんざ、一瞬で――」


 男の言葉が最後まで発せられることはなかった。勢いよく近づいてきた少年の目の前にユウヤが手をかざしただけで、少年の体が氷塊で包まれた。大沢の時と同じく頭は氷に覆われず、身動きを取れなくしただけだ。だが、氷の強度が違う。どれだけ少年が身動きを取ろうとしても、氷塊はびくともしなかった。


「な、なんだお前の権能はッ⁉ その氷塊、ダイヤモンドかなんかで出来てんのか⁉ いや、それよりも、お前のその、右手のすぐ隣にある――はなんだ⁉」


 隊服の男が言うようにユウヤの右手のすぐそばには、輪郭のぼやけた灰色の影のような大きい手が浮いていた。


 ユウヤはちらっと自分の横にあるモノを見るが、男の質問には何も答えない。ただ、厳しい顔をして、一直線に隊服の男を見ていた。


「……クックック、すげえな、テメェの権能。二級の身体強化でも壊れない氷塊を生み出すなんざ、聞いたこともねぇ」


 男は余裕の表情を維持しているが、額から冷や汗が流れていた。


「まさか俺自身が権能を使う羽目になるとはな。見せてやるよ、一級の貴族が持つ、最強の権能ってヤツをよォ!」


 男の叫びに、クレーターの側にいた女性が恐怖する。


「いけない! こいつは国王の側近、貴族で大地震を起こす一級の権能持ちよ! 権能を使われたらここら一帯の建物が壊滅してしまう! とにかく、開けた場所へ逃げて!」


 必死に叫ぶ女性だったが、当のユウヤは女性の指示には従わず、代わりに右手を男の前に突き出した。その右手に呼応して、灰色の手も男の前に突き出される。


「それなら――」


 ユウヤは軽く息を吸い込んだ。



「凍れ」



 刹那、あたり一面が銀箔の世界となる。隊服の男は、高さ三十メートル、長さは一キロもある氷塊の中央に埋まっていた。先ほどとは違い、体の芯まで完全に凍っているのが分かる。氷塊は、碁盤の目のように区画整理された王都センダイの、大通りを沿うように横たわっていた。


「なっ……」


 女性は今しがた何が起きたのか一瞬理解できず、息をのんだ。あまりにも突然の変化に、南極にでも瞬間移動してしまったのではないかと勘違いしたほどだ。


「これほどの威力……、まさか彼は、一級⁉」


 女性は身体中の痛みを我慢しながらなんとか立ち上がり、ユウヤを見つめる。


「……誰だっけ。昔、誰かが教えてくれたんだ。権能戦では、相手に権能を使わせる隙を与えずに先手を取ることが大事だって」


 ユウヤは白い息を吐きながら、ボソッと呟いた。おもむろに自身の右手を見つめるが、先ほどまで右手の隣にあった灰色の手は、いつのまにか消えていた。


「あの――」


 女性がそんなユウヤに、何か話しかけようとした、その瞬間だった。――ユウヤが突然、前のめりに倒れて気を失った。


「えっ、えっ、ちょっと、どうし――うっ‼」


 あまりに脈絡もなく唐突に倒れたユウヤへ女性が急いで駆け寄ろうとするが、痛みで動けずにその場でへたり込む。


「オイ、大丈夫か! 今助けに来たぞ」


 すると、女性の仲間と思しき男女数名が声を上げつつ近づいてきた。


「酷い怪我だな、まずは治療を――、って、なっ、ど、どうなってんだこの光景……⁉」


 女性に気を取られて気づくのが遅れた目の前の光景に、仲間の一人である壮年の男性が腰を抜かす。


「そこに倒れている彼が全部やったの。貴族と奴隷兵に襲われていたところを、彼が一瞬で助けてくれたの」


 女性の一言に仲間たちは驚愕する。まるで初めからそこにあったと言わんばかりの、銀箔に輝く巨大なこの氷山をたった一人で生み出せる権能など、一級以外にあり得はしない。しかも氷山の中に埋まっているあの貴族を、それこそ女性の言う通り本当に一瞬で倒したのだとしたら、権能戦に慣れた相当の手練れだ。


「と、とにかく、まずは治療だ。そこの彼と奴隷兵も本部で治療を受けてもらおう。リーダーにも報告しなくては……!」


 壮年の男性がそう告げると、周りにいた仲間たちが一斉に氷で動けなくなった少年二人とユウヤに駆け寄った。

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