第11話 マジカル暦750年:6
「死」。かつて人類を滅ぼした魔法少女について、「猫」は何も知らない。
外見も知らない。どんな魔法が使えるのかも知らない。名前さえ、知らない。
果たして「死」は何者か。どこで生まれて、いつ魔法少女になり、どんな経験を経て、人類を滅ぼすに至ったのか。
日本人なのか、外国人なのか。
魔法少女になったのは、「猫」よりも前なのか、後なのか。
「魔獣戦線」は? 「妖精戦争」は? それ以後の大小無数の戦いは?
どれに参加した? どこに所属した? どんな活躍をした?
—―どうして、人類を滅ぼした?
「死」に聞いてみたいことは、無数にあった。
「猫」は、人類を滅ぼそうと思ったことは一度もない。
確かに、人は苦手だ。
集団に所属することはあまり好きではないし、人付き合いも得意ではない。
でも、だからといって人類を滅ぼそうと思ったことはない。
(だって、私たちは人から生まれてきたんだから)
「猫」はどこまで猫の姿を象ったところで、どこまで長く生きたところで、つまるところ、ホモ・サピエンスであることには変わりはない。
自分たちはホモ・ウィッチだと名乗る魔法少女も居たが、「猫」はどこまでいっても、自分を「人」だと定義していた。
「死」に何があったのかは分からない。
もしかしたら、「人類」に、酷い目に遭わされたのかもしれない。
「人類」によって、家族や友人を失っていたのかもしれない。
けれど、「死」の家族や友人もまた、人類であったはずなのだ。
かつて、過激な魔法少女は居た。
テロリスト紛いの魔法少女や、マフィアじみた魔法少女も存在した。けれど、彼女たちだって、人類を滅ぼそうとは考えなかった。
「猫」には、「死」の気持ちがまったく分からない。
理解できないのだ。
例えば、「死」が最初から南極に篭り、攻撃を仕掛けてきた生物を即死させる。これなら分かる。いや、南極に近づいた存在を必ず即死させる、でもドン引きこそするが、思考回路は理解できる。要は、人が苦手で、人に干渉されたくない。だから近づいた人間を殺す。これなら分かる。「猫」なら追い返すだけに止めるだろうが。
(人が嫌なら、離れればいいだろうに)
「猫」は、「死」のことをまるで知らない。
けれど、魔法少女であるならば、「猫」と同じ常識で生きているはずなのだ。
義務教育を受けていただろうし、幼少期に見ていたテレビ番組も同じだろうし、同じ食べ物を食べていたはずだ。
(それとも、私が想像も出来ないような、過酷な環境で発生したのか)
13歳までは平和に生きていた「猫」では想像も付かないような地獄。そこで「死」は産声を上げたのか。
(それにしたって、人類を滅ぼす理由がまるで分からない。どうして……)
◇
「どうして、人類を滅ぼしたんだ?」
「猫」の言葉に、「死」は笑って返した。
「太陽が眩しかったから」
◇
「猫」、「鋏」、「青い鯨」、「99番目の雨」は、南極大陸に居る。
「猫」にとって南極大陸のイメージは「氷」「寒い」「シロクマ」である。
いずれも数百年前、まだ人類が存続していた頃のイメージである。
あれから世界は激変している。「猫」たち「青の魔法少女学園」が縄張りにしている北アメリカ大陸にしたって、一部の特別文化保存地区を除き、戦争による破壊と人類滅亡による荒廃と魔法少女による改造によってその面影を残していない。
南アメリカ大陸にしたってそうだし、ヨーロッパも同様だ。アジアもそう変わりはしないだろう。アフリカは魔獣が増えすぎて「南極大陸」に次いで危険地帯となっている。
だから、南極が「猫」のイメージから激変していても、そう驚きはない。
そのつもりだった。
「やっぱここさぁ……」
「鋏」が、彼女にしては珍しく、歯切れの悪い口調で言った。
「ここ、日本よね……」
「そんなわけないだろう」
と、「鋏」の真横を並んで歩く「猫」は言ったが、「猫」自身、自分の言葉に自信が持てなかった。
踏みしめる大地は、かつて慣れ親しんだ、舗装されたアスファルトである。
周囲を見れば、幾つもの建物が目に入る。南極基地らしきものは何もない。
あるのは、銀行、ボーリング場、牛丼屋。
少し遠くに目を向ければ、大型ショッピングモールが顔を覗かせている。
(本当に、ここは南極なのか?)
4人を先導する「死」に、人間離れした様子は見られない。もし魔法少女の存在を知らなかった頃の人類が、彼女たちと、彼女たちの周囲を見れば、週末に仲良し4人組が猫と一緒にお出かけしているように見えるかもしれない。
(寒さは……分からないな。仮に私の知っている南極と同じ寒さだとしても、魔法少女なら何も感じないだろう)
「死」の、魔法少女装束は、黒いワンピースである。ハッタリも効いていない、もしオフの日にすれ違っても印象に残らない、凡庸な格好だ。
南極大陸でこんな格好をしていれば寒さで即死するだろうが、魔法少女に常識は通じない。「猫」の知っている中だとスク水でマグマを泳いでいた魔法少女が居た。
(私たちは、南極大陸と間違えて日本に辿り着いていたのか? いや、そんなはずはない。考えられるのは、ここも他の大陸と同じように改造された可能性だ。
けれど、どうして日本の、それも地方都市の景観にしたんだ。
レンタルビデオ屋とか、200mおきのコンビニとか、ガソリンスタンドとか、どう考えても必要ないだろ……!)
「『青い鯨』、あんた、『終末』以前から魔法少女やってるのよね」
「猫」と「鋏」の後ろを、「99番目の雨」と並んで歩いていた「青い鯨」は、何? と首を傾げた。
「それがどうかしたの?」
「この街、懐かしいとか思う? もっと聞けば、あんたの育った街?」
「違うの」
「そう。ありがとうね」
「おい、どういうことだ『鋏』?」
『鋏』の質問の意図が分からず、『猫』は『鋏』を見上げて問う。
「どうも、見知った場所だと思ってね。まず考えたのは、この街は幻覚魔法で、自分が育った街が投影されているんじゃないかって可能性。だとしたら、『農園』育ちの『99番目の雨』を除いて、私たち3人にはそれぞれの故郷が見えているんじゃないかと思って。わたしと『猫』は同郷出身だから、聞いても分からないけど、『青い鯨』は違うでしょ」
「ここが日本っぽいってのは分かるの。でも、私の知らない土地なの」
「なるほどね。だとしたら、どうしてこの街は、私の故郷が再現されているのかしら」
(確かに、どうしてなんだ? ……もしや『死』は、私たちがここに来ることを予想して……いや、それでも私たちの故郷を知っている理由にならない……もしかして)
「ねえ『死』。もしかしてあんた、私と
「ちょ、『鋏』……」
実のところ、「猫」は前を歩く「死」にいつ声をかけるかタイミングを考えていた。聞きたいことは山ほどある。しかし、質問攻めにできる状況でもなかった。
「猫」と「死」は対等ではない。「死」が念じれば、「猫」は即死する。そしてそれを防ぐ術は、「猫」にはない。
故に、今まで「死」に一度も話しかけずに、ずっと後ろをついてきた。「死」は明らかに、4人をどこかに誘導しようとしていたが、「猫」はそれに逆らうことはなかった。
だからこそ、いきなり「死」に絡んだ「鋏」に、不安が募る。
(頼むから刺激してくれるなよ……)
「鋏」に呼び止められた「死」は足を止めた。
「おなちゅうって、どういう意味?」
「同じ中学ってこと」
「ああ、なるほど。どうしてそう思ったの?」
「この街並み、私の育った鈴星市そっくりなのよね。わざわざ再現するってことは、あんたの故郷なのかと思って」
「鈴星市……」
「死」は顎に手を当て、考え込んだ。まるで、先生に分からない問題を当てられた生徒のようだった。
「たぶん、そう……」
「は? どういうこと?」
「部分的に、そう……」
「よく意味が分からないんだけど」
(駄目だ『鋏』……どこか喧嘩腰に感じるぞ……)
作戦なのか、単純にいらついているのか、自殺願望でもあるのか、読心魔法を習得していない「猫」では分からないが、とりあえず彼女は、「鋏」の裾を引っ張って静止をかけた。
「何よ「猫」、大事なことじゃない。ご当地あるあるトークできるわ。駅前のたこ焼き屋がめっちゃ美味しかった話で盛り上がりましょうよ。友達になるには、共通の話題とか大事でしょ」
「そ、それは確かにそうかもしれないが、まずは段階を踏め。私たちと『死』は初対面なんだから……」
「ここは、私の故郷を再現してる」
『死』が、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「だから、おねーさんの故郷じゃ、ないと思う。たぶん」
「同じ故郷ってことじゃない」
「違う」
「猫」は、「死」の視線に、僅かな怒りを感じた。危機は未だ察知されないが、それでもこれ以上は危険なラインだ。
「そう。そうなの。……面倒くさい絡み方して悪かったわね」
「猫」と同じく怒りを感じ取ったのか、「鋏」も一歩引いた。
「……大丈夫。おねーさんも、気を悪くしないでね」
「私は全然気にしてないわ」
(……意外だ。『死』、人類を滅ぼした魔法少女……。
この子、会話が成立している……)
「猫」は時々、「死」を想像した。
眼帯をつけて鋏を振り回していた過去の「鋏」のように、狂人じみた言動をとっているのか。
あるいは、サイボーグやAIのように、冷徹に審判を下したのか。
魔王のように、悪の総帥のように、高笑いと共に人類を滅ぼしたのか。
どれでもなかった。
「死」は会話が出来る。
粗野な赤の帝国の魔法少女、宗教に染まった光の教団の魔法少女、倫理観をどこかに置いてきた委員会の魔法少女、彼女たちと比べ、遥かに話しやすい。
(なんか、普通に友達になれそうなんだよな……)
「私たちはどこに向かっているの?」
「青い鯨」の言葉に、「死」は笑顔で
「私の家。飲み物とお菓子も用意してるよ」
「わぁ、嬉しいの」
「後どのくらいで着くのですか」
「後10分くらい歩いたら、かな。もう少しの辛抱だよ」
「いえいえ、私はこれくらいの移動では疲れなど感じません!」
「ふふふ、体力あるんだね」
(普通だ……)
街並みがそう錯覚させているのだろうか。「猫」は、本当に、「死」は自分たちと友達なのかもしれないと思った。
ハッタリを効かせることもなく、狂うこともなく、まるで普通の女の子のように振る舞う「死」……。
(ああ、分かった。「死」のことが少しだけ分かった。
私は、彼女と
—―絶対に、友達になれない)
「死」は、人類を滅ぼしている。
8割の魔法少女を、殺害している。
今しがた、「死」に直接対峙しなかった「釘バット」を始めとする赤の魔法少女たちを、虫を潰すかのように即死させている。
(なのに、この子、何も感じていない)
「猫」の知る限り、生き残った魔法少女はいずれも、トラウマを抱えている。
生き残ってしまった、守れなかった、奪ってしまった。
どれだけ強がっても、どれだけ異端ぶっても、どれだけ狂人のように振る舞っても。
任務中は余裕を崩さず、皮肉さえ飛ばす「鋏」もまた、カレンダーをじっと睨んでいた。
きっと、赤の魔法少女も、光の魔法少女も、あの中央委員会の俗物たちにしたって、何も感じていない者はいないはずなのだ。
おかしい。
この魔法少女は、明らかにおかしい。
「どうして、人類を滅ぼしたんだ?」
気づけば、「猫」は「死」に訊いていた。
「鋏」がこちらを凝視する。肩が震えているのは怒りと焦りによるものだろう。
後ろを歩いていた「青い鯨」と「99番目の雨」の足も止まった。
失言だ、と「猫」は気づいている。
踏み込み過ぎている。例え「死」と友達だとしても、するべき質問ではない。
それでも、問わずにはいられなかった。
果たして、「死」は前髪を撫でて思案した。
そして、ひょいと顔を上げた。
「太陽が眩しかったから」
「猫」は、「死」を理解することを諦めた。
「鋏」の呆れたような失笑が、上から聞こえてきた。
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