第29話 ランチ

神名さんは年齢を聞くと私と同じ年で、仕事以外の話をすることも増えた。


葵さんからは、今はランチに誘うのを控えると言われていて、大抵神名さんと自席で話をしながら昼食を取っている。


「神名さん、もうすぐ結婚式なの?」

 

そんな中、休日の過ごし方から話題が広がって、結婚式の準備に追われているという話になる。


「そう。ほんっと、毎週末その準備に追われてるんだけど、向こうはのらりくらりなんだよね。男の人って、こういうことすごく面倒くさがるしね。何聞いても、どっちでもいいだしさ」


「それは大変そう」


結婚適齢期と呼ばれる年齢なので、結婚するのは珍しいことではない。高校や大学時代の友人の中にもちらほら結婚するという話を聞くことはあった。


神名さんは落ち着いた雰囲気で、もう結婚していると言われても納得ができるくらいなので、家庭的なタイプかな。


「相手の人ってどんな人? この業界の人?」


「学生時代からつき合ってる人で、この業界ではないよ」


「そうなんだ」


「一瀬さんの恋人はこの業界なの?」


「えと……そうです。一応」


つき合っている人がいるという話はしたことはないけど、私の質問からの返しだろう。詳しいことを言わなければ隠す必要はないと肯きを返す。


「同じ会社の人?」


それには首を横に振る。斜め前でのんびりお弁当を食べている人だなんて流石には言えないけど。


「知り合い経由で紹介されて、かな」


恋愛対象としてではなかったけど、間違ってはない。そう思うと柚羽が私の家に居候しなかったら、葵さんとプライベートを共有しあうような関係にもならなかっただろう。


「SE同士だと仕事が忙しいのも理解してくれそうでいいよね」


「分かっていても、一緒にいて向こうが仕事をしていると淋しいよ」


同棲してるの? と聞かれて首を小さく横に振って否定を出す。


「休みの日とかよく泊まりに来るだけ。帰るの面倒だって言ってうちで仕事をしてることあるから」


「じゃあ、一瀬さんも結婚近いんじゃないの? 一瀬さんは結婚式したい派?」


2人で並んでウェディングドレスを着ている姿を想像して、そういうのはありなんだろうか、と今までそんなところに考えが及んだことがないことに気づく。


一緒にどうやって住んで、周りにどう伝えるかできっと精一杯だろう。


「そういう話をしたことはあるんですけど、2人で一緒に人生を歩もうって選択をするには、考えないといけないことがあって、まだ答を出し切れていないのが今かな」


「家とか親とかいろいろあるよね」


頷いたものの、もうすぐ28歳の私も30歳の葵さんも答えを先送りできる年齢ではない、と思うと気が重い。うちの両親は頭ごなしに否定をする人ではないけど、同性のパートナーなんて簡単には受け入れられない世代だろう。兄弟がいればまだ私が孫の顔を見せてあげられなくても、って逃げ道があるんだけど、私は残念ながら一人っ子だった。


「プロポーズはどんな感じだったの?」


「実はわたしからしたんだ。付き合いが長くなってくると、なんか踏み切るきっかけがなくなるんだよね。でも、もう28だし、子供を産むならそろそろしたいなって」


「そっか……」


以前の私は結婚して子供を産むか、一人で生きるかの選択肢しか持っていなかった。だから前者を頑張って、駄目なら後者になるみたいに感じていた。


でも、そんな簡単な問題じゃないって最近はちょっと分かってきた。


だって、子供を産む為には子供ができるような行為をしないと駄目で、それは誰でもいいわけじゃない。私にとってそれは、葵さんしか考えられなかった。


「子供ができたとして、この仕事でやっていけるのかなって不安はあるけどね」


「流石に残業できないしね」


「そうなんだよね。忙しい時は残業しないといけないのは分かってるけど、できないになると足手まといみたいに見なされるじゃない? 女性って不利だなって思う」


「それでも仕事は続けるんだよね?」


「育休とか、時短とかを使って、できるところまではやるつもり。一度手放すと戻れないし、今はそれが普通だから」


神名さんの言葉が自分に重なる。



『普通』って、なんだろう。


『普通』であることに必死に努力をする?


『普通』であるために心を殺す?





「葵さんって結婚願望ないんですか?」


「泣く?」


飲み会帰りにうちにやってきた葵さんに、昼間に神名さんと話したことがまだ引っかかっていて、そんなことを聞いてしまっていた。


「勘違いしないでください。私のことは一旦置いておいてください。それ以前って結婚したいって思ったことあったのかなって意味で聞きました」


「その時次第かな、って思ってたかな。ワタシは良き妻、良き母親にはなれると思ってないしね」


「私から見たらそんなことないんじゃないかなって思いますけど。葵さん誰とでも上手く人間関係築けますし、人を導くのも上手なので、キャリア重ねながら家のことも上手くしそうですよ」


「料理が全くできない。お酒が好きで、飲んだら何もしなくなる。基本思ったことしかしない。誰かに合わせることもできない。細かいことが苦手、でも?」


「そうかもしれないですけど、状況が変われば人は変わりますし、葵さんには葵さんの良さがあるじゃないですか」


「じゃあ真依はワタシのどんな所が好き?」


「優しくて、先を考えてフォローしてくれるところとか」


「他には?」


「何でも一緒にやろうって言ってくれるところとか」


「他には?」


「私の気持ちを最優先してくれるところとか」


「他には?」


笑顔で私を見続ける葵さんに、いつまで続ける気だと声を上げる。


「エッチは満足してもらえないのかなって、思って」


考えから抜け落ちていたことに気づいて、やっぱりね顔の葵さんにちょっと悔しさがある。


「知りません」


「え~」


「もう今日は一緒に寝てあげません」


「それは駄目。死んじゃう」


葵さんが肩を囲むように抱きついてきたけれど、視線は逸らす。


「私は真面目に聞いていたんです」


「じゃあ真依はどうしてそんなこと聞いてきたの? 結婚したくなった?」


「違います。ただ、神名さんがもうすぐ結婚するっていう話を聞いたからなだけです。結婚して仕事を続けるのって当たり前みたいに思ってましたけど、それはそれでいろいろ大変そうだなって」


「料理以外ならやるからそれならいい?」


「何の話ですか?」


「一緒に住み始めても真依に全部任せっきりにはしないようにしますってこと」


「料理以外も駄目なんじゃないんですか?」


「掃除と洗濯くらいはできます。多分」


「考えておきます」


まだ付き合い初めて4ヶ月。葵さんとの距離は縮まったけど、もう少し日常生活になりきらない関係でいたかった。

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