二章:南の荒野と可愛い弟子と無法者集団

南の荒野と、小麦肌の弟子(自称)


「よぉ、アルビス! わりぃけど、収穫手伝ってくれねぇか?」


「明日の朝だったら大丈夫だよ!」


「た、頼むアルビスっ! またうちの家畜小屋の近くにデビルサンドワームが!」


「それは大変だ! 明日の昼だったらちょちょいとやっつけちゃうよ!」


「おい、アルビス一杯付き合えや!」


「だ・か・ら! 俺はまだ飲んじゃいけない歳だっての! 飲めるようになるのは来年だからっ!」


 こんな感じで酒場へ一歩踏み込めば、南の荒野で親しくなった人たちが一斉に声をかけてくる。

おかげでここにやって来てから仕事にも、お金にも困ったことはない。


 なんでこんなことになっているかというと、その話は俺が南の荒野へやってきた一年前にまで遡る――



●●●



 東の山でシルバルさん・シグリッドと別れた俺は、広大な大陸の一国「南の荒野」へやって来た。


 切り立った岩山と独特の赤土で有名なこの地では近年、岩山から金が採掘されたので"ゴールドラッシュ"に湧いている。

 土地自体は痩せているけども、一攫千金を狙った人々が大陸の内外から押し寄せている、広大な大陸の中で今最も元気のある土地だ。


 それにここにいる魔物は東の山に生息している奴よりも遥かに強い。

 ユリウスとの戦いで、改めて自分の弱さを痛感した俺にとっては最高の場所なのだ。

しかし問題点もあった。


「あ、暑い……! 次の町まであとどんぐらいなんだ……?」


 南の荒野は昼は物凄く暑く、夜はグッと冷える寒暖差の激しい地域だった。

この温度差は本当に体に堪える。

更に広くて、未開の地域もまだまだあるので、町と町との距離がかなりある。


「こんなことで負けるか! 頑張れ、俺ーっ!」


 俺は自分に檄を飛ばしつつ、赤土の上を彷徨い歩く。

 それから半日の道程で、俺はようやく次の町である"イーストウッドタウン"にたどり着く。


 開拓の町らしく、家屋は木造のものが殆どで粗末な印象だった。

しかし住民はみんな威勢の良い声をあげて明るい。

さすがはゴールドラッシュで賑わっている国だ。


 しかし街の観察は後回し。まずは喉の渇きを癒さねば!


 俺は近くに見えた明るい声がする酒場へ向かった。

そしてスイングドアを開けた途端、声がぴたりと止まってしまう。


……なんか、みんな俺のこと見てる……? しかも結構怖い目をしているような……


とはいえ喉が渇いて仕方のなかった俺はカウンター席へ座り込む。


「すみません、何か冷たい飲み物を!」


「……ビールで?」


不機嫌なのかなんなのか、店主は怖い目をしたまま、そう淡々と口にする。


「まだ酒はダメな歳なんで」


「ならレモネード」


「なんですそれ?」


「アンタ、ここの人間じゃないな?」


「旅の者です。東の山からの!」


「……店に入るときは腰からぶら下げているものを外してくれ。店の、この町のルールだ」


 ああ、なるほど。

みんなが怖い顔で俺を見ていたのは、ショートソードを履いていたからなんだね。

まぁ、こんなもの俺にとっては飾りみたいなもんだけど……


 俺が剣を外して床へ置くと、張り詰めた空気が弛緩した。


「レモネードってのはレモンを浸した冷水に、蜂蜜を加えたものだ。うちのは特に美味い」


店主さんは輪切りのレモンが浮かんだ水差しから美味そうな飲み物を、大きなジョッキへ注ぎ始める。


早く飲んで喉の渇きを癒したかったのだが……


「全員、手ぇ上げな! 抵抗するならぶっ殺すぞ!」


 そんな物騒な言葉聞こえて、再び店の中へ緊張が走った。


 店の入り口には鈍色の塊を手に持った、いかにも悪者といった3人組が佇んでいる。


 あいつらが持ってる武器ってなんだっけ……ああ、そうだ"銃"ってやつだ!


 銃とはここ最近、南の荒野で生み出された新しい遠距離武器だ。

 魔法使いが発明した弾という小石みたいなものを、物凄い速さで撃ち出すらしい。

そのうち剣や魔法に取って代わるんじゃないかと言われている代物だ。

まぁ、俺自身、本物を見たのは初めてなんだけど。


……そういえば聞いたことがある。

南の荒野はゴールドラッシュで湧いているが、そのぶん、そうした金品を狙う悪い奴も数多くいるのだと。


「なぁにこっち見てんだてめぇ! 死にてぇのか!」


 銃口が俺の方を向いてくる。

 ジロジロみていたのはアンタ達じゃなくて、銃の方なんだけどなぁ……


「舐め腐りやがって! やっちまえ!」


 三つの銃口が俺の方へ向けられた。

 何度も雷のような音が店中に響き渡る。

やがて全ての弾を撃ち尽くした悪者たちは、まるで魔物でも見るような目で俺を見てくる。


「な、なんだ、てめぇ……どうして銃を受けても……!?」


 俺の胸の上では、青い宝石の嵌ったペンダントが輝きを放っている。

 東の山でシルバルさんから譲り受けたこのレリックの能力は―― 1日1回限りではあるがあらゆる攻撃を遮断する。


 そして攻撃を受けた俺には当然、反撃する力が与えられる。

 物真似カウンターという力が!


 俺は悪者へ向けて、指で銃の形を真似てみた。


「ばーん!」


「ぎゃっ!」


 擬音語と同時に爆裂音が響き、悪者の手から銃を撃ち落とす。


「ばーん! ばーんっ!」


間髪入れずに、同じことを残りの二人にもお見舞いしてやる。

銃を撃ち落とされた悪者3人は、再び唖然とした視線を俺へ向けてくる。


 しっかし銃ってやつは本当に便利だな。

魔法使いども、こんなもの作って、自分たちの商売が危うくなるって自覚あるのかなぁ……

 

「あ、あんたは一体……?」


 ついさっきまで怖い顔をしていた、店主が驚きの表情を浮かべていたので、


「ああ、そういや名乗って無かったですね。俺はアルビス! 東の山からやってきた冒険者ですよ!」



――このあと、悪者3人は、この街の保安官に捕縛されたのだった。

保安官ってのは、この国だと衛兵に相当する役職らしい。


んで、この後はイーストウッドタウンの人に物凄く感謝されたり、保安官に表彰されたり、最後には町長さんがやってきて、俺へ街の保全を打診してきたりした。


 俺自身も、必要な強さを得るまで、南の荒野にいるつもりだったから、渡に船ってやつだった。


 と、いうわけで、俺は街のことを手伝いつつ、最初に訪れた酒場の二階を間借りして、今は生活をしているのだった。



●●●



 自室へ戻った俺は、愛用しているハットとポンチョを脱いだ。

 机に着き、腰のホルスターに差した、回転弾倉式銃を抜く。

そして今日も1日頑張って一緒に働いてくれた相棒の解体を始めた。


 銃ってやつは便利だけど、その分こうしていちいち解体してメンテナンスをしてやらなきゃならない面倒さがあった。

さらに弾だって決して安いものじゃない。一説によると銃を開発した都の魔法使い共以外では製造や販売ができないらしい。

そういうところはちゃっかりしてるんだと思う俺なのだった。


 さてさてまずは銃身の中から煤を取るために、クリーニングロッドで……


「どうぞ!」


 元気な声と共に脇からクリーニングロッドが差し出された。


「サンキュ……って、お前なぁ……人の部屋に勝手に上がり込むなっていつもいってるだろうが。てか、どうやって入ったんだよ?」


「これだよ、これこれ!」


 俺の脇にいる健康的な小麦色の肌をした女の子は、人懐っこそうな笑顔を浮かべながら、針のようなものを掲げる。


「これでちょちょいと! あたし、鍵開けの名人なんで」


「はぁ……まぁ、俺の部屋に使うのなら良いけど、よそ様には使ってくれるなよ。じゃないと、俺が"ドレ"のことを捕まえなきゃならなくなるんだからな?」


 俺がそういうと"ドレ"は「にひひ!」と少年のような笑顔を浮かべるだけだった。


 こんなドレを憎めないのは、連むようになって、そろそろ半年が経つ。

なにせドレは俺の弟子だからな。

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