第22話 三人旅

「ふんっ」

 シエラの騎士ロサムが、魔人に勢いよくとどめの剣を振り下ろした。

「よし」

 ユリウスは頷く。

「いいぞ、ロサム」

 村を恐怖に陥れていた魔人“震え歌”は沈黙した。

 戦いの間中ずっと魔人の口から発されていた奇怪な歌は、もう聞こえてこない。

「これで、都合五体」

 もう一人のシエラの騎士コキアスが息を吐いた。

「順調ですな」

「うむ」

 ユリウスは頷いた。

 シエラ国境の街エセルシアを出てから、ユリウスとシエラの二人の騎士のチームは、すでにここまで四つの街や村を巡り、五体の魔人を仕留めて来ていた。

 二人組の魔人を相手にした時はやや苦戦したが、それ以外の三体は単独で現れたため、三人でかかれば大した相手ではなかった。魔人たちは三人の剣の前になすすべなく討たれた。

 今回倒した“震え歌”にしても、その前に倒した四体にしても、ユリウスがナーセリの辺境で戦った“虎”や“土壁”、リランに引退を決意させた“蟷螂”らに比べると強敵とは言えなかった。

 最初は緊張していた若い二人の騎士も、魔人を一体倒すごとに士気を上げてきていた。

 ナーセリ国内の街でも、シエラ国内の村でも、三人の騎士は手厚く出迎えられ、多くの感謝の言葉を背に次の戦いへと旅立った。

「次の村を越えれば、ドルメラですな」

 “震え歌”を倒した村を出て、次の村へと向かう道すがら、ロサムがそう言った。

 同僚のコキアスに比べると少しお調子者の気がある騎士だった。

「ラクレウス殿たちはもう着いているでしょうか」

「さて、どうであろうか」

 ユリウスは顎に手を当てて微笑む。

「こちらも十分に順調に来ておるからな。魔人に苦戦せずとも、距離がある。あちらがもう着いているということはない気がするが」

「いくらラクレウス殿とはいえ、空までは駆けられませぬからな」

 コキアスがそう言って笑った。

 ラクレウスが、シエラの騎士たちから崇拝に近い尊敬を受けていることは、彼らと旅を始めてすぐにユリウスにも分かった。

 だから、ロサムもコキアスも、ラクレウスと一勝一敗の戦績を持つこのユリウスという隣国の騎士に対して、最初は内心複雑な思いを持っていたようだった。

 ナーセリのユリウスとやらも確かに強いようだが、我らがラクレウス殿ほどではあるまい。

 そんな気持ちが透けて見えたので、ユリウスは敢えてラクレウスのことを話題には出さなかった。彼らの誇りを無駄に刺激する必要はなかった。

 おそらく、ラクレウスと組んだナーセリの二人も同じような気持ちでラクレウスに接していることだろう、とも考えた。

 だが、最初の魔人との戦いでのユリウスの落ち着き払った的確な指示と、その卓越した剣技に、ロサムもコキアスも彼をラクレウスに匹敵する騎士と認めざるを得ないと思ったようだった。

 それから、戦いを一つ潜り抜けるたび、ユリウスと二人との距離は縮まり、今ではすっかり国の壁を越えて打ち解けていた。

 旅を始めた頃はしなかったシエラでのゴシップのような話を若い二人はよく口にしたし、ユリウスからナーセリの話も聞きたがった。

 彼らとの旅は、ユリウスにとっても新鮮なものになっていた。

「今日中に次の村には着きますまい」

 馬上でコキアスがそう言ってユリウスを振り返る。

「また、野宿ですな」

「うむ」

 ユリウスは頷く。

「今日中には着かぬが、そう遠いわけでもない。今日のところは無理せずにちょうどいいところを見付けたら、そこで野営としよう」

 日が傾いた頃には水場の近い雑木林の傍らで、三人は火を起こして野営することにした。

 魔人を首尾よく倒し続け、自信も芽生えたのだろう、若い騎士は二人ともよく喋り、ユリウスは主に彼らの聞き役に回った。

 星空が頭上に広がる。

 早めに野営したので、その分早めに休むか、などとユリウスが頭の隅で考えていた時だった。ロサムの口から、不意にカタリーナの名が出て、ユリウスは内心どきりとした。

 ちょうど二人は、若い騎士らしく、故郷の女性たちの噂話をしているところであった。

「そういえば、コキアス。貴公、ラクレウス殿の妹君のカタリーナ殿にお会いしたことはあるか」

「カタリーナ殿」

 コキアスは首をひねる。

「妹君がいらっしゃったのか。私は名前を聞いたことも無かったぞ」

「いかんな、そんなことでは」

 ロサムは笑う。

「まあ確かに、めったに宴席などにはお姿を見せぬから、貴公が知らぬのも無理はないがな」

「宴席に来ぬのであれば、私が知るはずもない。お美しい方か」

 コキアスは興味を惹かれた顔をした。

「ラクレウス殿の妹君であれば、すらりとした長身の健康的な女性であろうな」

「それが、そうではないのだ」

 ロサムは首を振る。

「ラクレウス殿とは似つかぬ、たいそう華奢な方だとか。深窓の令嬢という言葉の似合う、お美しい女性だそうだ」

「なんだ、貴公も自分で見たことはないのか」

「うむ。一度、ラクレウス殿に紹介してくだされ、とお願いしたことがあるのだが」

 ロサムは苦笑いした。

「曖昧に濁されてしまった。宴席に妹君が出られることも気乗りせぬ風であった」

「それはそうであろう」

 コキアスは笑う。

「貴公に紹介して、万一義弟にでもなられたら大変ではないか」

「なんだと。何が大変だ」

 笑いながら仲良く言い合いをする二人の話を黙って聞いていたユリウスだったが、我慢できず口を挟んでしまう。

「ラクレウス殿の妹君は、宴席にほとんどお出になられないのか」

「ええ」

 ロサムが答える。

「聞いた話では、お体が弱く、あまり無理ができぬのだとか。確かに宴会は夜遅く、何時まで続くか分からぬようなことも往々にしてありますからな。そういう方には辛かろうと思いますな」

「なるほどな」

 ユリウスは頷く。

 カタリーナの手紙では、最近はだいぶ身体の調子が良いと書いてあった。

 それで、今までできなかったようなことにも、少しずつ挑戦しているのだと。

 ユリウスさまのお手紙がわたくしに勇気と元気をくださいます、というような面映ゆいことも書いてくれていた。

 だが、彼女の挑戦の中には宴席への参加ということは含まれていないようだ。

 ラクレウスもカタリーナが宴席に参加することをあまり望んでいないのだという。

 ユリウスと出会ったあの夜の宴席は、本当に無理を押して参加したのだろう。

 彼女のその決意を無為にしてしまうような真似をしなくて済んで、本当に良かった。

 あの日のカタリーナの嬉しそうな笑顔たるや。


 いかんな。


 そこまで考えて、ユリウスは首を振った。

 カタリーナのことを考えると、じんわりと胸が温かくなる。魔人との厳しい戦いを忘れてしまいそうになる。

 だが、今はまだ早い。

 ドルメラでの魔人との戦いまで全てを終わらせてから、考えるべきことだ。

「カタリーナ殿は、知る人ぞ知るシエラの幻の美女のお一人です」

 ユリウスのそんな葛藤を知る由もなく、ロサムが冗談めかして言った。

「ユリウス殿にも、姉君や妹君がおありですか」

「うむ。妹が一人」

 ユリウスが答えると、コキアスが、おお、と声を上げて身を乗り出した。

「ユリウス殿の妹君であれば、きっとお美しいでしょう。ぜひ、私に紹介を」

「コキアス、汚いぞ。ユリウス殿、私にも紹介を」

 ロサムまでがそう言って身を乗り出す。

 ユリウスは笑って首を振った。

「ラクレウス殿の妹君のような華奢な女性を期待しているのであれば、我が妹はまるで正反対だが。宴席には進んで参加するし、体格もよく、気も強い」

「最高ではないですか」

 コキアスが鼻息荒くユリウスの言葉を遮る。

「これも何かの縁です、ご紹介を。お名前は何とおっしゃるのです」

「ルイサだ」

「ルイサ殿。良い名だ」

 ユリウスは、コキアスが自分の妹の名前をうっとりと復唱するのを見て苦笑した。



 翌日着いたシエラ側の村は、ひどく陰気な雰囲気だった。

 村民たちが誰一人として別の村に避難していないことにユリウスたちは驚いた。

 三人を出迎えた村長は、魔人の名を“のっぽ”だと告げた。

「この村を出てどこかへ行くあてのあるような者は、一人もおりませぬ」

 悲痛な表情で、村長は言った。

「騎士様。どうか、魔人を倒してくだされ」

 瘦せた土地にへばりつくようにしてできたこの村が、他の街や村と比べても相当貧しいのであろうことは、ユリウスたちにもすぐ分かった。

 あてがわれた粗末な小屋で、三人の騎士に供された食事を見ても、それは一目瞭然だった。

「長居する村ではありませぬな」

 ロサムが言った。

「さっさと魔人を倒してしまいましょう」

「その言い方は良くないぞ、ロサム」

 コキアスがロサムを咎める。

「だが、まあ確かに早急に魔人を倒さねば、村ごと滅びてしまいそうな雰囲気ではあるな」

 コキアスはそう言って、ユリウスを見た。

「ユリウス殿。明日早くに出発しましょう」

「うむ」

 ユリウスは頷く。

「だが、貴公らも注意されよ。こういう村の近くに出る魔人は、往々にして強い」

 それはユリウスの、魔人との豊富な戦いの経験から来る直感のようなものだった。

 痩せた土地から取れる作物は少ないが、痩せた土地に現れる魔人は手強いものが多い。

「気を付けましょう」

 真剣な顔でコキアスが言った。その隣でロサムが、とはいえ、と口にする。

「こちらは三人。相手は一人。名前は、“のっぽ”でしたか。強そうにも聞こえぬ。まあ問題はありますまい」

 ここまでの順調な戦いで、ロサムはだいぶ気が大きくなっているようにも見えた。

「魔人の名などは、戦ったこともない村人たちが勝手に付けたものだ」

 ユリウスは言った。

「本質をついていないことの方が多いくらいだ。侮ってはならぬ」

 年長の騎士の言葉に、二人は神妙な顔で頷く。

 だが、どこまで真剣に捉えたか。自分の忠告は彼らの心に届いているのか。

 ユリウスは、二人の騎士に一抹の不安を抱いた。




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