第15話 共闘
それから三日間、ユリウスは身体の回復に努めながら、毎日机に向かい続けた。
書いては消し、書いては消し、カタリーナからの手紙を繰り返し読みながら、彼女への想いを確かめながら、また書き、そして消し、そうしていくうちに少しずつ消されずに残る文章が増えていった。
四日目、ユリウスは久しぶりに剣を持って宿の外に出た。
冬が近づき、麓のこの街にも山からの冷たい風が吹き下ろしてきていた。
風を全身に浴び、髪をなびかせながら、ユリウスは剣を振った。
宿の従業員や宿泊客たちが皆、立ち止まって見入るくらいに熱の入った稽古だった。
身体から湯気が立つほどの汗を流したユリウスは、使い慣れた自分の力が戻ってきていることを感じていた。
あと少しで、本調子だな。
手応えを感じながら、宿に戻る。
汗を拭き身体を清めたユリウスは、部屋でまた机に向かう。
もうこれがまるで日課のようになっていた。
久しぶりに身体を動かしたことで、かえって頭がよく回るのが分かった。今日はペンがよく進む。
やはり手紙を書くにも鍛錬は必要だな。
そんなことを考えたユリウスは、ふと気づく。
稽古の時に浴びた、山から吹き下ろす冷たい風。
そうか。これを時候の挨拶にすればよいのだ。
そうすれば、自分が今、山の麓の街にいることも併せて伝えられるではないか。
何という高等技術。
思いついたアイディアを紙に書き留めているうちに、ユリウスはまた思いつく。
そうだ。魔人と戦って少し負傷したが、もうすっかり剣を振れるところまで回復したというようなことを書いてもいいだろう。そうすることで、久しぶりに外で浴びた風の冷たさが、表現として生きてくるではないか。
なんと。
ユリウスは思わず微笑んだ。
自分の生きる全ては、剣に通ずると思っていたが。
私の生きる全ては、カタリーナ殿への手紙にも通じていたか。
それから二日後のことだった。
青く染色された蝋で封をされた手紙がユリウスの宿に届けられた。
その封は、王都から騎士へと送られる手紙の目印であった。
「騎士様」
遠慮がちに部屋を訪ねてきた若い女中が、手紙を差し出した。
「王都からのお手紙でございます」
「来たか」
ユリウスは笑顔でそれを受け取ると、その場で封を開ける。
「ふむ」
小さく頷き、手紙を丁寧に机に置くと、ユリウスは女中に言った。
「すまぬが、主人に言付けを頼めるかな」
「はい」
女中は頷く。
「何でございましょうか」
「支払いは今日の内に済ませておきたい、と」
ユリウスは言った。
「明日、ここを発つのでな」
「明日」
女中は目を見張る。
「それは、ずいぶんと急でございますね」
「騎士とは、そんなものよ」
ユリウスは笑って、それから自分が何日もかかって書き上げた手紙を女中に差し出した。
「それと、これを出しておいてくれぬか」
ユリウスは言った。
「私の実家宛ての手紙だ」
王都。
冬の寒さが比較的温暖なこの地にもじわりと迫ってきたころ、ルイサはユリウスからの手紙を受け取った。
封筒を手に取ると、ずしりと重かった。
封を開けてみると、ルイサにもすぐにその訳が分かった。
中にはもう一つ別の封筒、カタリーナ宛ての手紙が入っていたのだ。その封筒が、ずいぶんと厚い。
それに圧迫されたように、ぺらりとルイサ宛の手紙が入っていた。
そちらの手紙には、そっけなく一言、カタリーナ殿にこの手紙を送ってくれ、とだけ書かれていた。
本当に、兄上というお方は。
ルイサは苦笑する。
自分が兄に味気ない文面の手紙を出しているのは、返事をよこさない兄への当てつけの意味を込めた完全な故意だが、兄はこの手紙を決してわざとそっけなく書いているわけではない。
ただ単に、そこまで気が回らないだけなのだ。
カタリーナへの手紙を一生懸命に書くことに集中して、妹への気遣いなどまるで眼中にない。
そこには悪意などない。あるのは、一つのことに集中する無邪気な情熱だけだ。
だが、わざとではないからこそ、なおさらたちが悪い。
面白くなくて、カタリーナ宛てに丁寧に封をされた手紙を勝手に開けてみてやろうかとも思ったが、それはさすがにやめておいた。
何を書いたのか、というほどにその手紙は重かった。
旅先に、ユリウスに手紙の指南をしてくれる人がいたとは思えない。
兄はどうも、自分だけの力でこの分厚い手紙を書いたらしい。
前回はあんな報告書紛いの手紙を書いて得意げに鼻の穴を膨らませていたあの兄が、だ。
大丈夫だろうか。
一体中身がどんなことになっているのか、想像すると恐ろしいが、内容はどうあれ誠実な兄が一生懸命に書いた手紙だ。少なくとも、真心だけは伝わることだろう。
むしろ、兄の真心が伝わらないのであれば、そんな相手に深入りするのはやめておいた方がいい。
ルイサだって、自分の兄の良さが分からない女のことを、できれば義姉上だなんて呼びたくはないのだ。
ルイサは、国外郵便用の印紙を準備しながら、次の兄への手紙には、この印紙を少し同封してあげた方がいいかもしれない、と考えていた。
印紙があれば、わざわざ実家を経由しなくてもシエラに手紙を出すことができるだろう。
そうすれば私も、いちいちこんなことを考えて心配することもないのだから。
「リラン」
ユリウスは、案内された領主の館の軒先に見慣れたずんぐりとした姿を見付けて声を上げた。
「なんだ、応援を求めていた騎士とは、貴公のことだったのか」
「おう、ユリウス」
ナーセリの騎士リランはにやりと笑った。
「誰が来るかと思っていたが、貴公か。助かる」
リランの顔は、ユリウスが最後にナーセリの城で会ったときよりもさらに引き締まり、精悍になっていた。
「また腕を上げたのではないか」
ユリウスは言った。
「魔人をずいぶんと斬ったようだな」
「まあな」
リランは頷いて自分の上衣をぐい、とまくった。
「見ろ」
「む」
ユリウスは目を見張る。リランの脇腹に大きな傷跡があった。
「貴公ほどの騎士が、そんな大きな傷を負ったか」
「不覚よ、不覚」
リランは笑う。
「逃げ遅れた子供に気を取られたせいで、このざまよ」
「とはいえ、だ」
ユリウスは険しい顔でその傷跡をまじまじと見た。
「手強くなっているな、魔人が」
「あまりじろじろと見るな」
自分からまくって見せつけたくせに、リランは少し恥ずかしそうに上衣を下ろした。
「最近、噂にはなっていたが」
リランは咳払いして、言う。
「十何年かに一度というあれが近いのかもしれんな」
ユリウスにもリランの言わんとしていることが分かった。
「魔王の出現、か」
ふん、と鼻を鳴らしてリランが伸びをする。
「武術大会どころではなくなるかもしれんな」
「もしそうなれば、両国の騎士の力を結集せねばならぬ」
ユリウスが言うと、リランは、まあな、と気乗りのしない顔で返事をする。
「シエラの連中と一緒に戦うのは、俺はあまり気が進まん。貴公は何度か経験があったな」
「うむ」
「まあ、とりあえず今回は俺と貴公の力を結集しよう。領主の配下が確認した魔人は三人だ。なかなか厳しい戦いになるぞ」
「望むところ」
ユリウスは頷く。
「一つの沼からまとめて出て来てくれて、探す手間が省ける。かえってありがたいというものだ」
「豪儀」
リランは笑った。
「さすがユリウス。頼もしいな」
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