第一節 不穏な依頼 2


「冒険者ギルドの方…………ですか」

「はい。依頼の話をしに来たんですけど」


 受付嬢に説明された通りに歩いて行くと、しばらくして王都内に構えているミュース伯爵の別邸までたどり着くことができた。どうやらそこは今年度からレク・サレムへと通うことになった娘のために建てたという別邸らしく、今は娘の入学に合わせて伯爵本人もそこにいるのだとか。

 とにかくそんなミュース伯爵の別邸までやってきた私は、門番に用件を伝えて応接間へと案内された。


「それではこちらで少々お待ちください」


 門番から私の対応を引き継ぐようにそう言ったのは執事服を見に纏った初老の男性で、その無機質な声からはどこかこちらを見定めているような圧を感じた。

 そんな門番と執事服の男から私が感じたのは、敵対心とまではいかなくとも決して歓迎はされていないという雰囲気だった。やはり私の予想は当たっていたのかと憂鬱になったのも束の間、どこか上機嫌な男が私の元へとやってきた。


「君が私の依頼を受けたという冒険者かね?」

「はい。あなたがミュース伯爵ですか?」

「如何にも。念のためにカードを確認したいのだがよろしいかな?」

「あ、はい」


 カードというのは冒険者カードのことで、そこには私の冒険者情報が記載されている。

 そしてこれは冒険者カードに限らず身分証には必ず搭載されているものなのだが、本人の血を垂らすことでその身分証が本人のものだと光り示されるという機能がある。これは魔力が血中に含まれていることと魔力配列は全ての人が異なっていることを利用したもので、特定の魔力配列に反応して光るという仕組みが組み込まれているというわけだ。


「ふむ、フィル・ママーニエ氏か。十四の女性でランクはD。うむ。条件は満たしているようだな」

「…………どうも」


 実を言うと私はこうして貴族と関わるのが初めてのことで、なんとも落ち着かない気分だった。このミュース伯爵というのはなんとも上から目線といった感じで、他人を敬うということがイマイチ理解できない私にとっては嫌な男といった風に感じられた。


「さて、まずは私の依頼を受けてくれたことに感謝を述べよう。実を言うとあの条件を満たしているような冒険者はいないと思っていてね。諦め半分で依頼を出したのだが、予想を裏切ってくれてうれしいよ」


 ごく自然な笑顔から放たれたその言葉は、本当に喜んでいるえるには十分だった。

 だが聞いた話によれば、貴族なんて輩は本心を隠すプロだなんだと言われていた。そう思うと、この笑顔も実は作り笑顔なのかもしれない。

 …………なんて私の考えを肯定するように、その男の後ろから少女の声が響き渡ってきた。


「諦め半分だったのは私でしょ。予想を裏切られてうれしいのも私。お父さんはずっと反対してたじゃん」

「…………クリューナ。お前は部屋に戻っていなさい」

「やだよー。だってその人が私の依頼を受けてくれた人なんでしょ?」


 そう言ってミュース伯爵の後ろからヒョコっと顔を出したのは、ミドルロングのピンク髪にウェーブをかけた、まさに可愛いといった雰囲気の少女だった。

 クリューナは私を頭のてっぺんから足の先まで眺めると、にかっと輝く笑顔を浮かべた。


「初めまして!私はクリューナ・フォン・ミュースといいます。今回はわざわざ私のためにありがとうございます」

「いえ…………」

「クリューナ。確かにお前の頼みで出した依頼だが、依頼主は私なのだ。私の言うことを守れないなら今回の話はなかったことにするぞ?」

「ふふん。冒険者ギルドに依頼を出して受理された時点で、そんな一方的に依頼打ち切るのはもう無理なんだよ」

「…………はあ。もうわかったから。ママーニエ氏に詳しい内容を伝えるまでは大人しくしていなさい」

「はーい」


 貴族でも人の子というわけだろうか。先程まで醸し出していた高圧感はどこへやら、クリューナと話すミュース伯爵からはただの親子の温情というべきものを垣間見ることができた。


「お恥ずかしいところをお見せしましたな。それでは改めて以来の方のお話を」

「はい」

「事の発端は我が娘のクリューナがレク・サレムに入学したことでな。レク・サレムでは戦闘訓練というものがカリキュラムに組み込まれているらしいのだ」


 それはもちろん知ってるけど…………ってそうか、冒険者ギルドとレク・サレムは仲が悪いんだっけ。冒険者ならレク・サレムには関わりないっていうのが一般的なイメージなのかな。


「私としては危険がない程度で穏便に済ませて欲しいのだが…………どうにもクリューナがやる気らしくてね。絶対活躍したいから訓練すると言ってきかないのだよ。戦闘訓練のために訓練なんて、おかしな話だとは思うのだがね」

「おかしくないしー!」


 遠くから野次馬の声。

 ミュース伯爵は一瞬だけピクリとこめかみを動かすと、再び話を再開させた。


「クリューナは体を動かすのを好むようなじゃじゃ馬なのだが、さすがに剣を握らせたことなど一度もないからな。実際に魔物とは戦わずとも良いから、危険のない程度にクリューナを連れ回してほしいのだ」

「はあ…………」


 えーっと…………どういうこと?

 いや、言ってることはわかるんだけど…………腑に落ちないというか。

 そもそも訓練したいだけなら軽く稽古を付ければいいだけじゃ?それに、外に行くにしても私じゃなくて私兵に面倒見させればいい話だし。街周辺からはもっと離れてってことなら外に慣れてる冒険者を頼るのもわかるんだけど。

 伯爵本人もこの依頼を諦め半分で出したって言ってたし、何か冒険者じゃないといけない理由でもあるのだろうか?それに、わざわざクリューナと同い年くらいの同性に限定したのもそうだ。とにかくおかしな依頼すぎて、絶対に裏があるとしか思えない。

 しかし…………


「どうだね?受けてくれるかね?」


 このミュース伯爵の断らせまいという圧と、後ろからのクリューナの期待の視線。それに断って帰ったら、絶対マスターあたりにグチグチ言われるし…………ただでさえ無断でレク・サレムに入学した件を伝えなきゃいけないのに。


「…………わかりました」

「おお、そうか。助かるよ」

「…………!」


 とはいえ疑問点を掘り下げる気力もわかないので、二つ返事で了承しておいた。

 そんな私を見て当然だと言わんばかりのミュース伯爵と後ろで無邪気に喜んでいるクリューナを見ていると、なんだかとても悲しい気持ちが湧いてきたのだった。

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