十五話 麻利絵先生、人形用の尼僧衣を買う


(ほっほっほっほっ♪)


 桜南高等学校の新人国語教師、信夫しのぶ麻利絵は、ウハウハ気分でバスから降りた。


 覚悟はしていたが、教職はキツイ。

 しかも、『人の顔と名前を記憶するのが苦手』と云う弱点がある。

 幸い、生徒たちは校内ではネームプレートを付けている。

 担当クラスの座席表も、常に持ち歩いている。

 されど、学校に居る間は、気が休まる時間はゼロだ。

 

 だが――職務から解放された今は、テンション高々だ。

 ハンドメイド通販サイトで見つけた商品も、高校近くのコンビニで受け取った。

 アパート近くのコンビニよりは近いし、すぐ前にはバス停があって便利なのだ。


 夕食は、一昨日に作った炊き込みご飯が残っている。

 フリーズドライの味噌汁と、昨日買ったカレーコロッケの残りもある。

 キャベツの漬物もある。


(独り暮らし教師の夕食に期待されちゃ困るのよ)


 自分に言い聞かせている間に、無事にアパートに辿り着き、胸を撫で下ろした。

 街灯は在れども、午後七時半を過ぎると人通りは減る。

 防犯ブザーはベルトに下げているが、それでも油断は禁物だ。。

 

 やがて――視界に入って来た黄泉比良よみひら荘は、静寂に包まれている。

 三号室以外は在宅のようだが、住人と顔を合わせたことは無い。

 四号室に住む若者が、自転車に乗る後ろ姿を何度か見ただけだ。

 

 しかし、今宵はいつもと違う。

 一階の駐車スペースに、白っぽい車が入っている。


(……もしかして、大家さんの彼氏とか?)


 何となくそう思ったが、下世話な推理をしている場合では無い。

 大切な郵便物を開封するのが先だ。

 

 受け取ったA3サイズ封筒の真ん中は少し膨らんでいる。

 玄関ドアの郵便受けには入らないサイズなので、止むなくコンビニ受け取りを指定したのだ。


 階段を駆け上がり、右端の我が家に駆け込む。

 明かりを付け、バッグを寝室の隅に置く。


 コートを脱ぎ、着替える前に郵便物を開封する。

 段ボールの四方に貼り付いているガムテープを剥がし、広げる。

 仲には、ビニールに包まれた人形用の衣装が入っている。


「ふぉおおおおおおおっ!」

 

 気合いを入れ、ダイニングテーブル立たせて置いた女子ドールを手に取る。

 白いシュミーズを着た、黒髪ショートカットの二十二センチサイズの人形だ。

 関節が稼働するタイプで、交換用の『握り手』も付属している。



「人心を捨てた下郎に情けは無用。修羅道を永久に彷徨うが良い!」


 大好きな時代劇『闇尼僧』の主人公『千秀尼』の決め台詞を叫ぶ。

 彼女と、抜け忍の『信三しんぞう』、歌比丘尼だった少女『なつ』が悪を成敗する話だ。

 有料配信のドラマだが、『なつ』役をアイドル女優の三木瞳が演じ、若い男性にも人気がある。



「ほっほっほっ!」

 

 麻利絵は、開封したハンドメイドの人形用の着物を手にして笑う。

 注文したのは、和の尼僧服だ。


 白の尼僧頭巾、薄青色の袈裟、黒の法衣、白小袖、白足袋で一セット。

 加えて、紫色の尼僧頭巾、真紅の袈裟、灰色の袴もある。

 それらは悪人成敗時の衣装で、ドラマでは袈裟の背面に黒鬼の刺繍が施されているが、それは妥協するしかない。


 ここに越して来たその日に、姉から「マリちゃんが好きそうな人形服が売ってる」と知らされた。

 慌てて検索し、掲載されていた写真を見て乱舞し、すぐにポチった。

 嬉しいことに、頭巾や袈裟は数種類の色があり、それも迷わずに追加注文した。

 

 合計で一万円を軽く超えたが、欲望には勝てない。

 着せるための人形も購入し、武器の『鎧通よろいどおし』に似た物は、ガチャガチャで出した。

 装備させる二本を引き当てるのに、三千二百円かかったが――満足だ。

 


「さーて、お着換えしまちょーね♪」


 上々機嫌で、人形のシュミーズを脱がせ、白足袋を履かせ、白小袖を着せる。

 白小袖は襟元をスナップボタンで留め、腰ベルトを巻く。

 

「うおおおお~い!」


 奇声を上げつつ、法衣を手に取ると――チャイムが鳴った。

 インターホンから、声も流れる。

信夫しのぶさん、こんばんは」


「……大家さん?」

 聞き覚えのある声に、思わず手が止まる。

 人形を置き、ササッとインターホンに駆け寄った。


「こんばんは。何か、御用でしょうか?」

「はい。よろしければ、ご夕食はいかかですか? 豚丼の具が余ってしまって」


「ぶたどん……」

 麻利絵は、ようやく夕食を摂っていないことを思い出す。

「嬉しいですけど……よろしいんですか?」


「ええ。御迷惑でなければ一緒に食べません?」


 すると――返事をするより早く、玄関ドアが開いた。

 鍵を掛けていた筈……と考える間も無く、大家は玄関に入って来る。

 山吹色のセーターに、デニムのロングスカート。

 長い茶髪をゆるりと束ね、右手に風呂敷包みを下げている。


「豚丼と言うより、豚重ですけれど」

「ど、どうぞっ!」


 風呂敷包みから湧き出る香ばしい匂いに、麻利絵は瞬時にひれ伏した。

 みりんと醤油とニンニクの、本能を刺激する匂いが堪らない。

 しかし、テーブルは人形と服と段ボールで散らかっている。


「すみません、テーブルの上を片付けますっ」

「では、お茶を淹れますね」


 方丈凛々子は調理台に風呂敷包みを置き、慣れた手つきで電気ポットに湯を張る。

 麻利絵は人形たちを寝室に移動させ、キッチンクリーナーでテーブルを拭く。

 

 ジャストサイズのパンツを履いたままだったのを悔やみながら。

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