第4話 荒天
水坂と倉間はフェアリーズという世界で、妖精が淹れるカフェにきていた。
「あの子にはきかれたくないんだ」
「あの子って秋坂か」
「なまじ自分に近いだけにさ。実はこのネットワークの原案は……おそらく私なんだ」
「どういうことだ、同じ研究チームとか研究所が同じで、盗んだのか」
「私は、これでも手書きで紙に書くんだ。そのほうが、タイピングするより自由だろ」
「まさか、失くしたのか」
「いいや違う、捨てたんだ。ゴミ箱にポイっと」
「そんな大事なもん、どうして」
「あの当時は、ばかばかしかったんだよ。ネットワークに限定された世界の中で自由だって現実ではあんな機械に繋がれてないといけない。拘束されてる気分なんだ。まあそんなことはいい。あいつは、なんらかの手段でこのネットワーク世界の設計図を盗んだのさ」
「それは、絶対なのか」
「ああ、このネットワークは独自のアルゴリズムで構成されている。簡単にいうなら、常人が一生かけて理解ることを、私は一月もかからずに作り上げているのだが、これを捨ててから数ヶ月してこのネットワークのプロジェクトができたらしい」
「どうやって盗んだのか、まさか堂々と入り込んでゴミ箱漁って出ていったわけでもあるまい」
「セキュリティもどうだったかな。私は次の研究とプロジェクトで忙しくてな。気がついたらこのネットワークは出来上がっていた。企業が商業施設として展開するには、安全面が疑問視されていたが、オクトノス社は強引にオープンしたわけだ」
「それじゃ成功はしないんじゃないのか」
「世界初の電子没入型ネットワークともあって、多少の失敗には目をつぶったようだ。それよりも世界の若者には、心の拠り所としてすぐ定着したそうだ。不具合ももちろんあったし、多くの人間がネットワーク内の事故で死んだのは間違いない。だがそれよりも、没入して別世界へ行くのは、何よりもの楽園だそうだ」
「そんで国家が尻拭いするはめになるってことはな。しかも本物の製作者様がね。
皮肉がきいてるねえ」
「まあねえ、こんな欠陥だらけのものを国が認めちゃうとは思わなかったけどさ。私も原作者として責任を感じなくもないんだ」
「このネットワークサービスを終わらせることはできないのか」
「もうできないだろう、周囲の歓迎、期待。それに、いまさら根付いたネットワーク世界漬けの連中が、現実で何するかわからんぞ。離人症は深刻な現代病だ」
「電子に世界を支配されてる気分になるな」
「強ち間違いでもない。スマホが一日ないだけで病んでしまうこの世の中だからな」
水坂は皿にカップを強引に置く。
「で、犯人はわかったのか」
「おいおい、わかるはずねーだろ。登場人物が足りねえって。滝澤博士が自分のネットワーク内で破壊活動してるとかじゃねえんだぞ」
その時、アナウンスが流れる。
「ニュース速報です、マーメイドワールドで、人喰い鮫の暴走で大量の三十人のプレイヤーが重軽傷を負いました。この世界で鮫はプログラミングされていません。この事件によりマーメイドワールドの移動禁止になります。また、原因の所在がわかるまでサービス停止となります、ご了承くださいませ」
「事件が向こうからやってきたじゃないか」
「こりゃえらい事件だ」
「犯人は前回と同じなのか」
「現場に行ってみないことにははっきりせんが、多分そうだろうな」
水坂が急かすも、倉間は身支度に慌てる。
「マーメイドワールドに行くぞ」
「おい、移動禁止なのに入れるのか」
「バックドアを使う。あちらさんには、使用許可をとってあるしな」
「あちらさん? 滝澤博士か」
「奴しかいないだろ」
「おい、向こうにいったらいきなり、海の中ってことはないよな」
「さあ、バックドアは着地地点が選べないから」
「まて、まてよ。俺は泳げないんだ」
「水坂ツアーをご利用のお客様ありがとうございます。当ネットワークは激しい揺れを生じますのでご注意ください」
「おいちょ……まああ」
水坂と倉間の身体がノイズに塗れる。電子空間内の移動は仕様としてこのような現象が起きる。
「しかも気持ち悪いし」
「まあすぐに慣れる」
倉間は視界の暗転や頭痛に苦しみながらも後悔を感じた。俺はどこで間違えたんだろう、電子分解されても後悔は消えなかった。
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