第651話

 「厨房と倉庫に目ぼしいものは無かったですね。魔術、装置、星外種の痕跡、なんにもナシです」


 カノンは両手を上げるようなジェスチャー付きで、成果無しと報告した。

 給仕にあるまじき、「持ってこい」と言われたものを持ってこられなかった失態……ではない。


 「そっか……。ま、「無かった」は結果として有意義だ」


 まだ宿屋の全域を調べ切ったわけではないし、人外の魔術なら、術者が数キロ離れた別の駅宿に居ても遠隔発動できるとか、痕跡を完全に隠せるとか、現代魔術理論を大きく逸脱する特殊性を持っていても不思議はない。


 「痕跡は見つからなかった」は、そのままの意味しか持たない──「お化けの仕業」とイコールでは繋がらない。


 「痕跡を残さない、もしくは僕たち程度では見つけられない魔術って線もあるけど……」

 「人知を超えた本物のお化けかもしれませんね」


 どろどろ、と謎の擬音付きで垂らされたカノンの両手を、フィリップは胡乱な顔でぺちりと叩き落とした。


 折角冷静になったというのに、どうして脅かすのか。

 怖がるふりをして今度こそ邪神を呼んでもいいのだが──いや、良くは無いか。最低限、神格の存在と敵対を確認するまでは、こちらから神格を使うのは軽率だ。


 「ねえ、アンテノーラの方に行ってくるわ」

 「あぁ、はい」


 人型の魔物とじゃれる子供に興味深そうな視線を送りつつ、カイナはそう断ってから二階に上がっていった。


 その背を見送り、フィリップはカノンに向けて肩を竦める。


 「人知を超えたって言われると、なんかちょっと親近感湧くね」

 「えぇ……? その親近感はたぶんお化けもドン引きですよ」


 うわあ、と目元だけでも分かるほど顔を顰めて、本当に身を引きながら数歩離れるカノン。


 主人に対して随分な態度だ。

 アンテノーラが居たら一発殴られそうな──いや、アンテノーラも引きそうなことを言ったが。


 「いやいや、僕に近しいって意味じゃないよ?」

 「そりゃそうでしょうよ。フィリップ様の言わんとしてるところは分かった上でドン引きだって言ってるんですよ!」


 強く「フィリップ様に近しい存在なんか居るワケないでしょうよ!」とまで続けられて、流石のフィリップも鼻白む。

 結構な暴言な気がしたが、では反論してみろと言われると言葉が無い。


 「なーんでお化けなんかが怖いんですか、ホントに。よしんば何も絡んでない怪談通りの存在だとしても、所詮は生き返り損ねた死人、ただの人間モドキじゃないですか?」

 「それは分かってる。分かってるけど、温厚な種でも蜂の羽音は怖いし、益虫だと言われてもクモやゲジが気色悪いのと一緒。なんか無理なの」


 もし仮に。

 万が一、億が一の可能性として、「実は人間は疑似的な自己蘇生による非実体存在化が可能である」みたいな新事実があって、あれがその残物だったとして。


 つまり──それが正常な現象であるとして。


 それでも、フィリップはその存在を認められそうになかった。


 「……フィリップ様、自分が殺した人間がお化けになって出てくるとか考えないんですか?」

 「え? あー……考えたこと無かったな……」


 フィリップはまた視線を上の方に彷徨わせる。

 なんとなく頭の中で「自分が殺した人間」の顔を思い出そうとするが、誰も出てこなかった。

 

 結構な数を自分の手で、それも試行錯誤しながら殺してきたはずだが、覚えている顔は一つもない。恐怖や絶望に歪んだ表情だけはなんとなく思い出せるが、それを貼り付けた顔は駄目だ。


 「どうします? 過去に殺した人間が「よくも殺してくれたな、恨めしやー」って出てきたら」


 どろどろ、と再びの効果音とジェスチャー。

 顔に向けて伸ばされた手を払い除けると、甲殻に覆われた手と拳が当たり、ごっ、と鈍い音がした。


 「あ痛……まあでも冷静に考えるなら、今と同じかな。何かしらの関与を疑って……目の前に居るなら、取り敢えず捕まえて仕組みを調べるかも」

 「ほう、その心は?」

 「善意で殺した相手なら、今度こそ永遠の安寧を与えられるようにしないといけないし。悪意で殺した相手なら、もっと苦しめられる可能性があるってことだし。お化けになる仕組みとか、死後に意識や感覚を維持するにはどうするのかとか、調べたいよね」


 勝手に起き上がってしまった場合は、まあ、仕方ない。

 二度とそんなことが起きないように、或いは有効活用するために、その仕組みを詳らかにするまでだ。


 第三者の意思で蘇生されたらどうするかは決まっている。

 それが善意で殺した相手にしろ、幸せな死を迎えた相手にしろ、明確な害意を以て殺した相手にしろ関係ない。


 フィリップは自身の意を妨げたそいつを殺す。

 そいつから殺すか、蘇生された方から殺すかはともかく。


 フレデリカは仲が良くて悪意が無くて、迂闊に殺すとステラに不利益が行く相手だったから例外だ。最終的にあれは死者の蘇生ではなく模倣だと判明したから、そもそも例としては不適切だが。

 

 なお憎悪と悪意を以て殺したカルトを「もう一回遊ばせてあげるね」という善意以外で蘇生された場合、フィリップはそいつもカルトと見做す。

 邪神だろうが星外種だろうが、憎悪を晴らす邪魔をするモノとして惨殺する。


 「……ハスターでも誰でも、「やれ」と言えば「やれる」のでは?」

 「そりゃあ……。……今回のこれ、痕跡とか無しに干渉できる程度には上位の神格が絡んでる可能性ある?」


 召喚術も何もなしに、こんなド田舎惑星の更に田舎の人のいない地域に目を留めて干渉してくる存在が、「上位」かどうかはさておき。


 「まあ、可能性としては? そんな気配はしませんし、魔術や儀式の痕跡も無かったので、誰かが喚んだってこともなさそうですけど」

 「一般通過神格かもしれないじゃん」


 フィリップの反駁に、む、とカノンの眉根が寄る。

 「なんじゃそりゃ」と言いたくなるふざけたワードだが、「そんなものは居ない」と言い切れないのが辛いところ。


 邪神がその辺をふらふらお散歩していたって、何もおかしくはないのだから。

 そんなことになれば集団発狂やら大陸の部分消滅やら、程度によっては星が抉れるとか丸ごと吹っ飛ぶなんてことになるが──まあ、なるときはなる。


 “今は”なっていないだけで、今後ならない保証は全くない。


 しかし、「ここには居ない」とは言い切れる。


 「フィリップ様はともかく、私も感知できないなら“神”ではないでしょうね。こちらに害意を向けるモノが居て見逃すようなヌルい調整しませんよ、ナイアーラトテップは」

 「それもそうか」


 最初にヨグ=ソトース、立て続けにアザトースと全外神に遭ったフィリップは、もはや並大抵の神威には気付けない。


 それをカバーするためのカノンでもあるのだ。

 まさか、役目を果たせぬガラクタを押し付けはしまい。


 というか、見逃したのを確認してから再調整したものを初めから用意しているだろう。たぶん。そもそも完璧な調整である可能性もままあるが。


 「いっそ神格関係なら話が早かったのに……」

 「そんな台詞が出てくる口から「お化けが怖い」とか言ってほしくないんですけど。それもどうせ「神格なら僕に敵対しないだろう」みたいな思考からですよね」


 カノンは胡乱な目をして真意を問う。


 「いや、そこまでは……。神格って頭が良くても在り方に忠実なことも多いし、構わず敵対してくる場合もあるじゃん。昨日のサイサロスなんか機能しか無かったみたいだし」


 まあなんにせよ、「僕の敵ではないな」とは思っているけれども。


 「ナイアーラトテップといえば、どこぞの邪神がフィリップ様を揶揄ってる可能性はありませんか?」

 「うーん……」


 ない……と思いたいが、無いとは言い切れないのはナイアーラトテップの振る舞いから分かる。


 アレも在り方に忠実というか感情に忠実というか、とにかくフィリップの思い通りに動く手合いではない。仕え、教え、導き、嘲り、操り、弄ぶ。

 他の外神や、或いは旧支配者なんかに、同じようなタイプが居たところで不思議はない。


 だがそうなると、フィリップにはどうしようもない。

 神の力を以て本気で隠された手掛かりなんか、人間の感覚や知性で見つけられるものではないだろう。


 フィリップは溜息を吐き、なんとなく天井の角辺りに目を向けた。


 「……どこの誰かは知らないが、笑って済ませて欲しいならいま出てこい」


 ──沈黙。

 話し声が消えると、風の唸りと、建物の僅かな軋みがよく聞こえる。


 五秒、十秒と何事もなく過ぎて、フィリップはカノンに目を戻して肩を竦めた。


 「……違うっぽいね。もしくは少なくとも耳か頭のどっちかが──」

 「なんで! お化けが! 怖いんですか!!」


 カノンはがっとフィリップに掴みかかり、がくがくと揺さぶる。

 甲殻に包まれた手指も、全力ではないのだろうが握力も腕力も全てが痛い。


 「怖いものは怖いの!!」


 フィリップは手を振り払い、勢いの儘に鳩尾へ拳を叩き込んだ。



 

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