アメレースの漣

第623話

 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』

 シナリオ28 『アメレースの漣』 開始です


 必須技能は各種戦闘系技能、【クトゥルフ神話】です。


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 一神教絡みのゴタゴタも落ち着き、貰ったお菓子も食べ終えた、ある日の昼下がり。

 フィリップは公爵邸の談話室で、おやつ片手に本を読んでいた。片手に、と言っても、高そうなソファやラグに食べこぼしなんかあってはならないので、サイドテーブルに置いてあるのだが。


 ルキアも同じソファに座って本を読んでいるが、内容は全く別だ。

 フィリップはサークリス公爵に借りた精神病理学の医学書、ルキアはフィリップが激推しした冒険譚を手にしている。


 「逆じゃないですか?」と、フィリップの側仕えに当てられたメグには、既に揶揄い交じりに突っ込まれていた。


 「……あーん」

 「ん……」


 わざとそうしているのかと思うほど難解な言い回しが頻出する医学書に嫌気が差し、フィリップがサイドテーブルの菓子をルキアに差し出す。

 自筆原稿を錬金術で丸ごと複製した本の、独特ながら流麗な筆致から逃げる先としては、人類最高の美貌は贅沢だ。


 それに、手づかみで差し出した菓子の方も。


 一口サイズのクッキーやプチフール。

 普段のフィリップなら紅茶と一緒に大事に食べる、お高そうで小洒落た菓子。公爵家お抱えのパティシエの逸品であり、言えば出てくるが、一般人が買えば向こう一週間は食事抜きぐらいの値が付く。


 そんなことは今日が初めてではなく、今日の内でも初めてではないルキアは、諦めたようにクッキーを口にした。フィリップの指を食まないよう気をつけてはいるが、慣れてもいる。


 「……これ、面白いの?」

 「いいえ全然。そもそも頭のいい人が、同じかそれ以上に頭のいい人に向けて書いた研究発表ですからね」

 「そういうことでは……まあ、いいわ」


 ルキアは呆れ混じりに笑い、再び差し出された菓子を食べた。

 本を読みながら食べるからと、一口サイズに作られているのが有難いような、恨めしいような気分だ。


 そんな、安穏とした昼下がり。

 室内の空気を壊さぬようにという気遣いの感じられる、控えめなノックが耳に届いた。


 フィリップが目を向けたときには、既にメグがドアの前にいて、ノックした使用人に対応している。

 彼女は用事を持ってきた使用人に頷くと、彼女の主人であるルキアではなく、フィリップの耳元に口を寄せた。

 

 「カーター様。第一王子殿下がお呼びとのことです」


 不意の呼び出し。しかも断る余地のない相手から。

 しかし、フィリップの口元は嬉しそうに緩んでいた。或いは、嗜虐心に歪んでいた、と言った方が正確かもしれない。


 ルキアはどこか呆れたような微笑みを浮かべる。

 然して潜められたわけでもない声は、彼女にも問題なく聞こえたようだ。

 

 「水を差すようだけれど、依頼かもしれないわよ」

 「……ですね。帰ってきた僕の顔だけで、どっちだったか当てるゲームでもします?」


 どっちだったか──フィリップが期待している、カルト発見の報せか。

 それともルキアが口にした、“龍狩りの英雄”に宛てた高難易度の依頼か。


 可能性としては後者の方が高そうだが。


 「顔まで見せてくれるの? 足音だけで勝てる自信があるけれど」


 言われて、フィリップは自分が無謀なゲームを挑んだことに思い至った。


 そもそもルキアの観察・洞察力はずば抜けているし、社交界仕込みの対人技術も相当なレベルだ。

 付き合いが長く、演技力に欠けるフィリップの感情を読み取ることくらい、造作もない。


 「内容に関係なく取り敢えずスキップで帰ってくることにしますね。じゃあ、ちょっと行ってきます」

 「えぇ、行ってらっしゃい。……行儀が悪いわよ。気に入ったのなら、新しいものを作らせておくから」


 残りの菓子を口いっぱいに頬張っていたフィリップは、無作法を見咎められて気まずそうに肩を竦めた。



 ◇



 王城に着くと、フィリップはいつものように応接室に通された。

 いつもの、と言っても、カール王子に呼び出された場合の「いつも」だが。


 フィリップが王城を訪れる理由として一番多いのは、「ステラの部屋に遊びに来た」なので、その場合は応接間なんか経由しない。


 扉前で警備に立っている騎士が扉を開け、中に入ると、既に複数の人物が待っていた。


 「カーター様。お待ちしていました。さ、どうぞ、お掛けになってください」


 フィリップより二つ年上の青年が立ち上がり、足早に近寄ってくる。

 「会えて嬉しい」という挨拶が、ただの定型文ではなく内心の表出であることが、非凡なほど整った顔に浮かぶ笑みを見れば分かる。


 握手を交わすフィリップとしては、気恥しくもあり、気後れもあった。


 カール第一王子は一応、依頼人であり情報提供者でもある。

 お金もくれるし、カルトの情報までくれる、ありがたい相手だ。


 そしてそれ以前に、友達の弟という微妙に遠い関係で、年上で、しかも王子だ。


 フィリップの人間の部分、社会的常識は「あっちが格上。ここは遜るのが“普通”」と判断する。

 しかし、当の王子が妙に下手に出るというか、フィリップのことを「救国の英雄」として扱うせいで、どちらがより下手に出るかのいたちごっこじみた様相を呈していた。


 片や“王子”としての価値観と教育が、片や外神の視座がストッパーになって、際限なく遜るわけではないから、尊敬と謙遜の無限ループには陥らないのだが。


 フィリップがソファに座ると、ローテーブルを挟んで対面に王子が座り、その後、もう一人が王子の横に座った。


 ゆったりとした服を纏った、白髪の老人だ。

 口元の長い髭も特徴的だが、なにより、細く尖った耳が目に付いて記憶を呼び起こす。


 フィリップは彼に見覚えがあった。

 

 「ええと、確かエレナの……?」

 「リックです。あの時は大変なご迷惑をお掛けしました」


 「お久しぶりです」と、フィリップは律儀に頭を下げた。「そういえばそんな名前だったな」という内心の無関心が透ける顔を隠すため……ではなく、単に一般的な礼儀作法として。


 名前はともかく、他のことは覚えている。

 恐らくエルフの中で最も人間に詳しい、生物学的な意味での「人類学者」。エルフと王国が国交を再開するにあたり、唯一の人語話者として活躍していた。


 エルフの首都では、アトラク=ナクアの娘を見て錯乱、その場に釘付けになって逃げられなかったのだったか。

 その後、エレナがぶん殴って気絶させて運び出したのも、まだ覚えている。


 「お元気そうで何よりです。つまり今回は、エレナ……エルフからの依頼、ということでしょうか?」


 フィリップの問いに答えようと口を開いたとき、がちゃ、と音を立てて応接間の扉が開かれた。


 入室許可どころかノックさえない、王城という最上の格式を持つ場所では有り得ない振る舞いだ。


 しかし、入ってきた人物の顔を見れば、誰もが納得した。


 「姉上」

 「王女殿下。ご機嫌麗しく存じます」


 王子とリック翁は素早く立ち上がり、それぞれの作法で一礼する。


 堂々たる足取りで部屋に入り、敬意を示す二人に片手で応じたのはステラだ。


 ここは王城の一室。

 つまり彼女の家の一室。


 入るのに確認も許可も必要としない。


 「あぁ、殿下。あとで会いに行こうと思ってたんですけど、手間が省けました」


 立ち上がりもせず、小さく手を上げて挨拶するのはフィリップだけだ。

 ステラは咎めも苦笑もせず、同じく片手で応じ、フィリップの隣に座った。


 「どこまで聞いた?」

 「殆ど何も。いま来たところです」


 訊きながら、ステラは弟に向けて頷く。

 許しを得た第一王子が着座すると、一拍置いてからリック翁もソファに戻った。


 「そうか。今回、エルフの首都から王国宛てに協力の要請があった。エレナがお前を指名して、な」

 「エレナが僕を……。ミナ絡みか、カルトか異常な物品または怪物、ってところですね」


 一番有り得そうなのは、やはり“怪物”だ。

 次いでミナに関係した何か。最後がカルト。


 エレナはフィリップのカルト狩り──同族を惨殺することや、その死体を踏み躙ることをよく思っていなかった節がある。


 推測を口にしてステラを見遣ると、頷きが返された。


 「正解だ。正直、全部お前に丸投げしたいところだし、それが最適解なんだが──」

 「しかし王国としては、そうもいかないんです。人類国家で唯一エルフと正式に国交を回復した、彼らの友人として助力したいところではあります。でもだからと言って、我が国の英雄一人を「はいどうぞ。よろしくね」と送り込むわけにもいきませんから」


 面倒臭そうな溜息で途切れたステラの言葉を、カール王子が引き取る。

 しかし、彼の表情にも僅かに呆れが滲んでいた。勿論、フィリップに向けて分かりやすく示してくれた、わざと表出させたものだろうが。


 「え? ……誰が文句を?」

 「色々なところから。お前のファンとかな」

 「あー……。僕が怪我したらうるさ……んん……」


 ファンと言っても、語源通りの「狂信者」ではない。

 王宮には魔術師が、つまり“眠り病”の被害者が多く、それ故に解決を先導したフィリップに好意的な者が多いのだ。


 フィリップが怪我をしたとか、パーティーメンバーが死んだとか、果ては出先で死傷者が出たで、爵位と屋敷で封じ込めてしまえと言い出すほどに。


 まあ常識的に考えれば、彼らが正しい。

 英雄云々はともかく、将来的に最低でも侯爵位を得ると目されている国の英雄が、あちこちフラフラ遊び回っていては困るだろう。


 彼らが正しいし、そもそも好意なわけだし、流石のフィリップも「うるさい」と言うのは憚られた。


 「そういうわけで、お前はエルフの要請とは関係なく、いつも通りの“趣味”に出かけろ」

 「……はい?」


 どんな条件が付いてくるのか。

 衛士団の同伴、或いはそれに類するお目付け役。どちらにしても面倒だが──なんて考えていたところに言われて、フィリップは目を丸くした。


 「エレナは恐らく、ミナありきの想定でお前を指名している。アンテノーラは連れて行け」

 「ちょちょちょっと待ってください? 行っていいんですか? うるさい人が居るんじゃ?」


 思わずといった体で「うるさい」と口走るフィリップ。

 数秒前の気遣いはすっかり忘れ、確認のような真似をしながら、その目は期待で輝いていた。


 「カルトの情報は、お前がカールの依頼で受け取るべき正当な報酬。そしてカルトの駆除はお前個人の趣味。ここまでなら、外から口を挟む余地はない」


 ステラは淡々と言った。

 将来的には爵位を押し付けられる、もとい、与えられるとはいえ、今のフィリップは地位の縛りを受けない。責任もなければ義務もない。


 殺したい相手を自分の手で殺すため、好き勝手に動くことが出来る。


 理屈の上では。

 

 「……そんな理由で通るんですか?」


 だがこの論理には穴がある。

 「じゃあ」とばかり叙勲されたら、それで終わりなのだ。


 求めてもいない特権の対価に、義務と責任とが圧し掛かり、足を引く。

 ついでに、ステラに迷惑を掛けたくないというフィリップ自身の感情も。


 しかし、だ。


 「そもそも、カルト発見の報せがあって動いているわけだからな。カールの提案で私が決め、誰が止めるというんだ?」


 ステラはどこか愉快そうに、当然のことを口にした。

 フィリップ云々、エルフ云々ではなく──そもそも、公共の敵パブリックエネミーであるカルトへの対処なのだ。


 それも、次期女王たるステラと第一王子の意思によって。

 二人の意思を覆すには、国王の言葉が必要となる。能力を認められた平民だろうが、生まれた時から教育を受けてきた貴族だろうが、文官風情がどうにかできるものではない。


 確かに、と言うのも間抜けな気がして、フィリップは小さく肩を竦めた。


 「……まあ、行っていいなら行きますよ」


 枝葉末節はともかく、カルト狩り、もしくは邪神や神話生物絡みの問題だ。


 行っていいなら大手を振って行く。

 まあ……行っちゃダメでも、こっそり行くだけの話ではあるのだけれど。


 

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