最終話 階段

 思わず野田さんに視線を向けてしまった。

 もう一人いる。御条さんが私の視線をつかまえる。


「野田は遊び人だからね、手出されちゃだめだよ~」


 御条さんが私にそう言い、野田さんは気まずそうにお酒を飲んでいる。


「美咲とはどうなったんですか?」


 なんだか勢いで聞いてしまった。せっかくなのではっきりさせたほうがいいだろう。


「いや……美咲は遊びってかノリってか……二番目?」


「なにお前、二股かけてたの?」


「だからそもそもつきあってませんから」


 なんとまぁすごいタイミング。後ろに美咲がいるではないか。


「野田さん……どういうことですか」


 美咲が泣きそうな顔をしている。驚く野田さん。


「いやだから、お前もノリだったんだろ? 俺は他に本命がいるから」


 美咲が涙を浮かべて出て行った。


「追いかけなくていいんですか?」


「めんどくせ、他に慰めてくれる奴はいるんじゃないの」


 ああ、と私は納得をした。美咲には親しい男の子が何人もいる。私もこれ以上つっこむ必要もないと思ったのでその話題はやめた。


「恵理さん、連絡先聞いてもいいですか?」


 涼くんがナイスタイミングで話しかける。なんだろう、この心地よさ。必要な言葉だけを選んでいるというか、無駄がない。口数が多くないせいか、涼くんのことをもっと知りたくなる。とりあえず連絡先を交換した。


    〇


 七月に入ると気温がどんどん上がる。真夏日を記録した日が何日もある。

 御条さんのおかげもあり、サイコロジカルは解散の危機を乗り越えた。悠くんが転勤になったときのためにサポートメンバーを探していると聞いた。

 マグネットはライブの本数が少し増えていた。ワールドルージュはいつも通りにライブをやってファンが増えていった。


 例のSNS炎上を見て、今までライブハウスに来たことがなかった人たちがライブハウスに来るようになっていた。グラビティにもフルムーンにも。

 あの日の生配信映像を見て、気に入ったバンドが出演するライブに行く人が増えた。バンドも協力的で、どちらのライブハウスにも出演していた。


 ドリンクの売り上げが右肩上がりでスタッフが足りないという嬉しい悲鳴が聞こえる。

 その反面、ライブハウスにおける暗黙のルールのようなものがないがしろにされている瞬間も時折感じる。


「まぁそのうち収まるでしょ」


 百合華は落ち着いていた。そうだよね。


 実際二、三ヶ月ほどしたら新規の人はほとんど来なくなった。

 一部、バンドにハマった人は今も来続けている。こういったきっかけで足を運ぶ人もいるんだ。


「ライブハウスは立地だけじゃないんですね。バンドとお客さんを見ていると分かります、グラビティの歴史が」

 

 フルムーンの店長が来ている。もう少しでグラビティ十周年記念ライブの日が来る。彼女は当日に来れないので今日、お祝いに来たらしい。


「お互い切磋琢磨していきましょう」


 戸塚さんが爽やかな顔で、フルムーンの店長に言った。



 私たちは変わらずグラビティに遊びに来ている。

 美咲は何事もなかったかのような態度で新しい彼氏の話をしてくる。少しむかつくが少し面白いので聞いておく。

 ライブハウスにいつもいる山口くんは新規の人と仲良くなっている。

 御条さんを最近見かけないが、グラビティ十周年記念ライブには絶対に来ると誰かが言っていた。


 移転事件や百合華との喧嘩、もののけ遭遇。

 色々あったけれど、私は今日もグラビティの階段を上がる。

 あの炎上がなかったらグラビティは移転していたかもしれない。今日もこの階段を上がれることに感謝する。

 

 ポスターとフライヤーが貼ってある壁。本日のフライヤーのすき間から見える誰かの顔。元気な日も疲れた日も、この階段を上がる。


 おや、涼くんが知らない女の子と親し気に話している。

 ん? この気持ちは……。むむ、あの男、もしや手練れ? そう思っても気になったらしょうがない。

 ライブが終わるまで、階段は上がる一方だから。

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階段 青山えむ @seenaemu

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