第32話 ある少女のエピローグ

前回のあらすじ:グラビティ


「た、ただいま…」


 頂上に戻ってくると、四人は功労者であるはずの私を待たずに天体観測を楽しんでいた。


「おー、ナナオくんおかえり。無酸素単独宇宙遊泳どうだった?」


「そんな登山家じゃねえんだから」


 結局、宇宙に出て数秒後にはゲームオーバーとなった。さすがの魔法少女でも宇宙空間には耐えられなかったらしい。リスポーン地点が近くて助かった…。

 とりあえず、カルナに話をしないとな。欲望の魔女の謎解きが分ったと教えてやらないと。いや、でも今は部外者がいるからタイミングが悪いか。リヴァイアちゃんはともかく、DDRには知らせないほうがいいだろう…。

 てかその前にDDRだ!DDRのバカに文句を言う方が先だよなあ!あのバカ、加減というものを知らないのか!


「おい!DD…」


 私の声を遮るように、DDRは空を指さした。


「なんだよ…………………すっげぇ」


 私の目に飛び込んできたのは、空一面に広がる宝石のような星のきらめきだ。よく満天の星空なんて表現を耳にするが、この光景はそんなもんじゃない。比喩表現などではなく、一部の隙も無く本当に天が星の輝きで満ちている。その敷き詰められた星たちの一つ一つが一等星以上の輝きを放ち、辺りを太陽の様に照らしている。おお、ミルキーウェイが本当に垂れ流された濃母乳みたいに見えてるぞ。こんなヤクルト1000みたいなもの飲んでたらそらヘラクレスもあそこまで強くなるな。

 空を飛んでいたときも星空は見たが、この丘からの眺めはそのときよりもより壮観だ。


「凄いですよ、ナナオさん!まさかこんな光景が見れるとは思いませんでした」


 カルナも小躍りしそうなほど上機嫌だ。


「さすが星見台の丘という名前なだけあるな。こんな景色初めてだよ」


「この丘には、街の人の願いや魔法が掛かってるんでしょうね」


「ほんと、心が奪われちゃうよ」


 リヴァイアちゃんも、この光景に思わず顔が綻んでいる。てっきりこの男は人をてらうだけのイカレ野郎ではないかと疑っていたが、ちゃんと自然の圧巻な景色に感動するだけの情は持ち合わせていたんだな…。

 そんな感動しているであろう顔のまま、リヴァイアちゃんは言葉を続ける。


「恐らくだけど、この丘から見る星がこんなに綺麗に見えるのは………さっきふわンガが破裂したときの突風によってここ一帯の黄砂が吹き飛んだからじゃないかな?」


「あの、現実の環境問題を絡めるのやめてもらえませんか?」


 うん、カルナの言う通り。やっぱこいつ感情無しサイコパスだわ。因縁があるはずのDDRのほうがまともに見えてきたぞ。

 この丘が特別なのは、星の魔力がうんぬんかんぬんとかそういう理由にしておこう。


「やっぱりゲームって良いな。現実ではそうそうお目にかかれないような景色が見れるんだから」


 おお!DDRがすごい良いことを言ってくれた!そうだよなあ、ゲームって良いよなあ。今私の中でDDRの評価がうなぎ登り中だ。………いやちげえわ、こいつさっき私を殺したじゃん。

 うーん、私の周りの奴らって常に評価が乱高下らんこうげするんだよなあ。一回評価点の平均値を割り出さないとな。


 まあ、こんなロリコンやガチ勢の反応は正直どうでもいいんだ。今回の主役に話を聞きに行こうじゃないか。

 ずっとカルナと手を繋いでもらったまま、みんなの会話を聞いてにこにこしているアイの元へ。


「アイ、遅くなってごめんな。ほら、星が見えたぞ」


 声を掛けると、アイはもじもじしながら大きな声で


「あの、ありがとうございます」


 おお、ちゃんとお礼が言えて偉いぞ。ご両親の教育の賜物だな。


「お星さま、きれいかな?」


「うん、ピカピカ光っててすっげーきれいだぞ」


「よかったあ」


 アイはそう言って、ニヘっとまた笑みを浮かべた。

 さて、今のとこアイが何をしたいのか全く分かってないぞ。クエストがまだクリア扱いになってないし、ボスを倒すだけなくここからもうひと段階ロールプレイをこなさなければならない。苦手だなあ、こういうの。


「アイちゃんはどうしてこの丘まで来ようと思ったの?」


 お、カルナがストレートに聞いてくれた。


「あのね、お星さまはおかあさんなんだって。お父さんが言ってたの」


 あっ………


「おかあさんはお星さまになっていつでもアイのことを見守ってくれてるんだって。アイ、おかあさんに会いたくて、いちばん星がきれいなこの丘に来たかったんだ」


「そうだったんだ…」


 泣かせる話じゃないか。


「お父さんが連れて行ってくれるはずだったんだけど、急にダメだって言われて…。約束してたのに…」


「まあお父さんにも事情があったんだろ。許してやってよ」


「うん」


 おそらくお父さんは下見かなんかでこの丘に来て、あのふわンガに出くわしたんだろう。そりゃあんな化け物がいるところに娘を連れて行かないな。

 そういやなんでこんな丘の上空にモンスターがピンポイントでいたんだろうな。そういうクエストだからとかメタ的な意味じゃなくて。もしかして、星をみようとするアイの願いを阻止するために、人の願いを叶えさせないようにしているのか?



「カルナおねえちゃん、お星さまどのくらい出てるの」


「とってもたくさんだよ」


「100個くらい?」


「もっともっとたくさんだよ」


「すごーい!」



 …ま、なんにせよアイの願いが叶ってよかったな。


「ナナオおねえちゃん。おかあさん、ちゃんと見ててくれてるかなあ?」


「うん、きっと見ててくれてるよ」


「あー--!!!」


 うおっ!びっくりしたあ…。どうしたカルナ?いきなり耳元で大声出すなよ。


「あの星、アイちゃんの言葉に合わせて光ったんですよ!もしかして、あの星がアイちゃんのお母さんで、返事をしてくれたんじゃないですか!?」


「ええ、まじか!どこどこ!?」


 魔法が存在する世界だ、アイの母親が本当に星になっていてもおかしくはない!

 あっ、前方の方にチカチカと点滅する星を発見!


「あれか!」


「あれはさっきのあなたの残骸でしょうが!」


「まじか!」


 まさか星になった自分の姿を自分で見るとは…。私の残骸よく見ると低軌道で高速移動してるな。国際宇宙ステーションかよ。

 目を張り巡らせて、ようやく該当する星を発見した。まわりの星と比べてひと際大きく輝いている。たしかに、アイに返事をしているかのようだ。


「ほら、おかあさん、見守ってくれてるってさ。会えてよかったな」


「うん!おかあさん、ありがとう」


 小さい声だったが、アイの言葉はきっと届いているだろう。

 死んだ者と生きている者を再び引き合わせるとは、願いの力ってのは凄いもんだな。これでアイの願いを叶えることができた。

 アイは母親に、家族のことや学校での出来事を話している。私達からの言葉からだけでなく、真に母親が見守っていると実感しているのだろう。本当に嬉しそうだ。

 そんなアイの顔を見ていると、ふと思ってしまう。星という形ではなく生きている状態の母親に会わせてやりたいなと………


 ………ネクロマンスを使えば母親を生き返らせることができるんじゃないだろうか?

 うん、絶対そうだ。そもそもネクロマンスを習得した経緯も今思えばおかしかった。あんないきなり覚えたのは、クエストの最後で使うという伏線だったんじゃないか?そう考えたら辻褄が合う。となると、ここで母親生き返らせるとルート分岐、このクエストのトゥルーエンドに到達したりして。普段は骨しか生えないこの魔法も、特定の条件下なら死者を呼び戻すことができるとか、そんな感じだろう!

 思い立ったが吉日、さっそく試してみよう。


「ネクロマンス!」


 唱えた途端に、バチバチッと今まで見たことない放電現象が。これ本当に成功したのではないか!?やはり、私の考察は正しかった!

 シューと煙を吹き出しながら、母親らしき影がに現れた。

 次第に煙が晴れていき、アイの母親のその姿があらわになる。


「……シュコォー、……シュコォー」 ←かろうじて人の形を保った、骨むき出しの血にまみれた肉塊


「アウトー!」


 やべえ、人体錬成しちゃったよ!アウトだよアウト!

 え、これお母様御本人じゃないよね?たぶん別の何かだよね?

 こんなんアイに会わせられるか!姿かたちは見えないから万歩譲ったとして、地獄の底から鳴ってるようなうめき声出してるし、なんか瘴気みたいなのまとわりついてるし、ソッコー黄泉にお帰り頂くべきだろう。

 幸いアイを含めて誰もこの肉塊には気づいていない様子。何か言われる前に素早く土に埋め、とりあえず証拠隠滅に成功した。

 よし、この魔法は2度と使わん!


「ナナオくん大丈夫?なんか地面から赤いのがはみ出てるけど…」


 くっ、処理が甘かったか……!


「静かに眠らせてやってくれ。……ってなにやってんだ?」


 よく見ると、リヴァイアちゃんはその両手に持った杖をアイに向けて構えていた。アイはカルナとの会話に夢中で気づいていないようだ。


「攻撃……するわけじゃないよな、さすがに。何のつもりだ?」


「いやあ、ちょっと試したいことがあってね」


 そう言いいながら魔法を唱え、アイの体が緑のオーラに包まれる。見た感じ回復系の魔法だろうか?


「どうしたの?」


 何かされたと感づいたアイが首をかしげている。


「何でもないよ、気にしないで」


 そんなアイに対し、リヴァイアちゃんは白を切るような態度だ。

 アイは怪我を負ってるわけではない、それなのになぜ魔法を掛けたんだ?意図が読めない……。

 しかしながら、魔法を掛けた張本人も首を捻っている。


「結局何がやりたかったの?」


「いや、もしかしたらアイちゃんの目を魔法で治せないかなって」


 それは、このクエストを始めた辺りで私がカルナに提案したものだ。リヴァイアちゃんも同じことを考えていたか。だけど、残念ながら生まれつきの病なんかは魔法少女の管轄外なんだよなあ。


「カルナが言ってたけど、魔法ってのはそんな万能なモノじゃないぞ。治してあげたいって気持ちはわかるけど、無理なものは無理だ」


 悲しいけど仕方ない。それにしても、リヴァイアちゃんにそんな良心があったなんて思わなかったなあ。


「いやいや、実は治せるかもしれないんだなこれが」


「え、マジ?」


 そんなことがありえるのか?もしそれが本当ならアイもカルナも喜ぶぞ!


「あくまで“かもしれない”だけどね」


 と、左の口角を限界まで引き上げ不敵に笑うリヴァイアちゃん。あ、これろくでもないこと考えてる時の顔だ。

 おそらく、というか間違いなくカルナには聞かせられない話になりそうだな…。

 ニタニタしたままのリヴァイアちゃんの肩を抱き寄せ顔を近づける。周りに声が漏れないよう細心の注意を払って喋ろう。


「詳しく聞かせて。アウトセーフの判決は私が下すから」


「まず前提の話からしようか。そもそも盲目のキャラクターってどういったAIを積んでいると思う?」


 ゲーム制作とかプログラミングは門外漢なんですが…。


「オウム返しになるけど、目が見えないって設定を組み込んでるだけじゃないか?なにも見えてないような言動をしたり行動を取ったりするようにさ。それか、初めからカメラをオフにしているとか」


 素人が思いつくとしたらこんなところだろう。ただこれじゃ目が見えるようにするためには根本的なAI設定から変えないといけないよな…。リヴァイアちゃんの反応も薄い。


「なかなか面白い解答だね。実際にあり得ると思うよ」


「リヴァイアちゃんはそうじゃないと考えてるのか?」


 私の問いに一呼吸おいてから話し出す。


「ホープ社が以前発売した『ソードファンタジア』ってオフラインゲームがあってね。僕もプレイしてたんだけど、そのゲームにルークという名の盲目の剣士NPCがいたんだ。ゲーム内に登場した一定時間目が見えなくなる状態異常“ブラックアウト”、ルークは常時ブラックアウト状態で且つアイテム等で解除されないようにロックが掛かっているという仕様によって盲目というキャラを作っていたんだ」


「つまり、デバフとかのゲームシステムだけで盲目キャラが作れちゃって、一からAIを作るよりそっちの方が都合が良かったとかの理由でその仕様になっったってことか」


「理解が速くて助かるよ。さてここからが本題だ。盲目の剣士ルークに掛けられたロックはなんと、を行うとバグが発生して解除できたんだ。あとは万能薬なり飲ませれば光を感じ放題だ。ここまでくれば僕の言いたいことはわかるよね?」


 な、なるほど…!同じホープ社のゲームということはアイにも似たような仕様が組み込まれている可能性が高い!試してみる価値は十二分にある!


「ピュアミーでソードファンタジアのバグを再現しよう、って言いたいんだろ?」


「いや、ホープ社盲目キャラ好きすぎじゃない?って言いたい」


 それ今関係ないだろ。いや、私もちょっと引っかかったけどさ。


「冗談だよ。ナナオくんさえよければ早速とりかかろう」


 そう言いながら首に回した私の腕をどけてステッキをつかむ。

 そして私はリヴァイアちゃんに肝心なことを聞いた。


「で、そのバグってどうやって起こすの?」


「古くから親しまれている有名な手法だ。それは主に壁抜けなどに使われてきた───」


 リヴァイアちゃんがニヤリと笑う。


「処理落ちだよ」






 はい、えー、地獄です。地獄絵図です。現在進行形で現場が地獄と化しています。

 私の目の前にとめどなく築き上げられていくのは、先ほど誤って召喚してしまったアイの母親(偽)の屍、屍、屍、屍の山。その数はゆうに千体を越えている。ま、召喚しているのは私なんだけどね。

 内臓むき出しだし全身が土の色をしてるから屍と表現したけど、厳密には正しくない。かすかに呼吸音が聞こえ、よく見ると腕らしきものが動いてるんだよなあ。もうこれ肉の砦じゃん。


「これなんてノルマンディー?僕はあのかわいらしいスケルトンを出すように頼んだはずなんだけどね」


「仕方ないだろ。あいつらは召喚制限みたいなのがあるんだよ」


 なぜこんな状況になったか説明するには、まず処理落ちについて解説しなければならない。処理落ちというのは簡単に言うと、ゲームを動かすための計算量にハードウェアの処理能力がついてこれず、ゲームがカクついたり止まったりする現象だ。昔のゲームだと珍しいものではなかったらしいが、昨今でも一か所に大量のNPCやプレイヤーが集まると処理落ちすることがある。でだ、処理落ちを人力で起こそうとすると大量のエフェクトかオブジェクトが必要なわけでして、それなら私のネクロマンスで無限にオブジェクトを増やせばいいじゃんとなりまして、小さくなるスケルトンにくらべて母親(屍)は召喚制限がないし効率がいいじゃん!となりまして……

 現在に至る。


「ほらほら、休んでないでもっとペース上げて。気持ち悪がってる時間は無いよ」


「こっちにはグロ耐性無いんだよ。今更だけど他の方法は無かったのか?」


「ハードに電極ぶっ刺すよりはマシでしょ」


 単体ならまだしも、グロ死体がこう山積みになっていくと阿鼻叫喚ものだ。こうしているうちにも屍がベルトコンベアに乗ってるかのように次々と召喚されている。

 なんでこいつは無事なんだろうか?カルナとDDRの二人はちゃんと気持ち悪がっているというのに。

 ちなみにカルナからはちゃんと怒られたし、焼かれた(焼かれた)。


「まったく!あなた達は本当にロクなことを考えないんですから」


 私たちの様子が気になったのか、カルナが声を掛けてきた。


「今回は100%善意だよ!アイの目が見えるに越したことはないだろ?」


「見える最初の光景がこの肉の砦なんですけど」


 たしかにこんな光景なら見ないほうがましだよな。

 気付けば屍の山は、私たちの周りをぐるっと300度囲んでいた。そこかしこから怨嗟のような呼吸音が漏れ出している。


「……本当にアイちゃんの目、見えるようになるんですか?」


 さっきまでのツッコミ口調とは打って変わり、真剣な目でじっと問いかけてきた。


「たぶん、成功確率はそんなに高くないと思うよ。根拠も妄想の域を出てないし。まあ、ダメ元だよ」


「……そうですか」


「ごめんよ、でもこれしか方法はないからさ」


「まあ、アイちゃんのためというのは分かりますからね。望みがあるだけ良いと思います。感謝します」


 なんとかカルナの許しはもらえて良かった。

 にしてもこの作業はいつまで続ければいいんだろうか。そう思い、一旦手を休めようとしたときだった。


「お?なんか、動きが、重いぞ」


 急に視界がカクつき始め、手足の動作に鈍りが生じる。おお、これがVRの処理落ちか。初めて体験したけど、電気信号通りに身体が動かないのはすっげえ気持ち悪い。脳内のイメージではすでに腕を上げているはずなのに実際には腕はまだ腰にあるもんだから、そのギャップで脳がバグる。針に糸が通らないようなもどかしさだ。


「よ、うや、ね」


「な、は、」


「これ、功、るで、か?」


 三人が集まってきたけど何言ってるかわかんないや。三人ともすでにカクつきが限界突破していて、どこぞの洋菓子☆アニメ程度しか動いていない。

 これもう意思疎通は無理だな。同じような判断をしたのか、リヴァイアちゃんも勝手にアイの元へ。すぐにアイのデバフの解除に取り掛かるようだ。

 さあ、ここまでやったんだ。作戦成功してくれよ。


「キュ、ア、ヒ、イ、ル」


 リヴァイアちゃんは、魔法をちゃんと詠唱できるよう一音ずつはっきりと唱え、ステッキからでる暖かな光がアイの全身を包む。

 魔法自体は何の変哲もない状態回復魔法だ。処置を一瞬で終え、リヴァイアちゃんがが我々に合図を送る。


「アレ、減ら、して」


 ……あー、よく見たらカクつき過ぎてアイが動かなくなってんじゃん。



 召喚した屍を消すのが大変で、結局半分以上も残ってしまった。なんで消す方法が埋葬(物理)なんだよ、召喚したときみたいに魔法で消えてくれよ。自分の手で甦らせたんだからしっかり自分で弔えということか。

 それでも処理落ちしない程度にまで減らせた。これであらためて自由に動ける。

 さあ、あとはアイの目が治ってるかどうかだ。


「アイちゃん。目、開けてみて」


「目?どうして?」


 カルナが確認するが、アイは何が起こったか理解できていないようすだ。

 これは失敗したか?そう思った矢先だった。

 アイの目が、開いた。


「あれ……?みえる……」


 開いたその目には、たしかに輝きが灯っていた。


「うおっ!本当か!?成功した!?」


「すっごーい!見える、本当に見えるよ!」


 信じられない光景だ。さっきまで盲目だった子が、今ではその目を開いて元気に走り回っている。

 すげえ、成功したよ。


「お姉ちゃんたちの顔も見える!すごい!」


「良かったね、アイちゃん!本当に、良かった……」


「ハッハー!ホントに治っちゃったよ!ちょっと僕天才過ぎじゃないか?」


「このバグネットに上げようぜ。掲示板が湧くぞ」


 遊び半分の奴も紛れているが……、この情緒の欠けた阿保どもはほっておこう。

 アイはひっきりなしに辺りを見回し、初めて目に映るその“世界フィールド”に爛漫な笑顔を向けている。微笑ましいなあ。ただ、初めて世界を目にするんだから、見えている物が何なのかまだわかっていないようすだ。これからそれらを全部覚えていくのは大変だろうけど、学ぶことがあるということは良いことだ。その好奇心を絶やさずに頑張ってほしい。


「カルナお姉ちゃん、あれがお星さまなんだよね?キラキラしてキレイだし。あの中にお母さんがいるのかなあ?」


 やはり一番に星を見たかっただな。指差しカルナに確認を取ってる。

 フッフッフ。アイ、今君が見ているのは人の屍でできた砦だ。残念ながら断じて星空なんて綺麗なものではない。キラキラしているのは血に塗れた臓物だ。空というより地だな、地の獄。あ、でもお母さんがいるのかって部分は半分当たっているぞ!

 おっと、ここでカルナの両手ブラインドアタックが入った。


「そっちじゃないよー。お星さまはこっちだよー」


「そーなんだ。じゃあ、あれはなんだったの?」


「あれはねー、芝だよ。それよりもほら、星空だよ」


「うわぁ……きれい……」


 星空というあまりにも壮大な光景に、アイは言葉を失っている。そんなアイを見かねて、カルナはとある星をそっと指差した。


「あのピカピカ輝いている星があるでしょ。あれがあなたのお母さんだよ」


「あれが……」


 ゴクリと生唾を飲み込むだけで、アイは何も声に出さない。見えている以上、声に出さなくても心で繋がっているから。


 とある流れ星の寵愛を受けし街に一人の盲目の少女がいた。盲目少女は亡き母に再び会うために魔法少女たちを頼った。丘の頂上に連れていってと。魔法少女たちは魔法を駆使し、見事盲目少女を頂上まで連れていくが、魔法の力ではそれ以上のことはできなかった。しかし、魔法少女たちは魔法をも超える力を持っていたのだ。そして、盲目少女は真に母と再会することができた。魔法少女たちが持つ魔法仕様を超えた力、人々はそれを『奇跡バグ』と呼ぶ。


 ……てな感じでめちゃくちゃ良いストーリーに纏まったんじゃないかこれ!?


「なあ?すげー綺麗に物語として収まったよな!」


「戦闘がきつかっただけに読後感が良いな」


「最後に関しては僕のおかげなんだから、感謝してよ」


 いやはや、女児向けのゲームでこんなにも感動させられるとは思わなかった。MMORPGというだけのことはある。役を演じ、世界に入り込むことでゲームのストーリーはより深みを増すんだ。

 アイの目が治るなんて開発側は予想だにしていなかっただろう。だけど、これは私たちが願ったから実現したんだ。願いを叶えるのが魔法少女、むしろゲームコンセプトに沿っている。

 アイ、目を治してやれたが、私たちにできることはここまでだ。私たちは他の人の願いも叶えてあげなければならない。目が見えることで、君は様々なことに挑戦できるだろう。また、目が見えることによる困難にも直面するだろう。どんな時でも諦めずに頑張れよ。大丈夫、君にはいつも見守ってくれている人がいるのだから……




「「「「ピコン!」」」」


 突如響き渡る不快な電子音。何か通知が来たか?


「なんだよ人が総括を決めてるところに。ムービー中はトロフィー取得音をオフにしてくれよ」


 内容を確認しようとメールボックスを開け、飛び込んできたのは“緊急アップデート”の文字。


「緊急アプデ?運営なんかやらかしたか?」


「こんな過疎ゲーなのにちゃんと運営動いてるんだね」


「おい二人とも見ろよ!アプデ始まるの一分後だぞ」


「「一分後!?」」


 滅茶苦茶緊急じゃないか!何があったんだ!?


「なにかあったんですか?」


 異変に気付いたカルナが急いでやってくるが、間に合わない。答える前に強制ログアウトされ、ハード本体のメニュー画面に飛ばされた。


「ちょっと急すぎるだろ。せめてイベントが始まる前に通知してくれよ」


 まあ始まってしまったものは仕方がない。アップデートの残り時間は120秒、これならアップデートは5分で終わりそうだな。今の内にどんな不具合があったのか確認しておくか。


『一部の魔法において、オブジェクトが無限に生成され、それに伴う処理落ちによりプレイが困難になるという不具合が発生したため、原因となる魔法を修正しました。

 以下対象魔法

 ・ネクロマンス

 ・ネクロマイト

 ・ネクロバクタン            』


 これ私のせいじゃん!明らかにあの山積みの屍のせいじゃん!

 うわー、絶対あの処理落ちが原因だよこのアプデ。よく考えたらオンラインであのレベルの処理落ちが発生したら、対処しないわけないもんな。運営、文句言ってごめんよ。

 あとネクロマンスの上位魔法について盛大にネタバレされたな。

 まあちょっとした笑い話になったな。もうアプデも終わるし、すぐに戻ろう。

 ……ん?修正内容まだあるじゃん。見落としていたか。えーとなになに?


『又、一部NPCについて修正しました。』


 ……一部NPCについて修正、か。嫌な予感が………




「あ、おかえり!えーと、この声は……ナナオお姉ちゃんだね!」


 アイの目は、閉じたままだった。


「運ええええええええええええい!!!!」


 やりやがった!やりやがった!運営やりやがった!確かにバグだけども、せっかく見えるようになったのに戻すかフツー!?倫理観はどこいった倫理観は!

 さすがにこれは許せない。全員で運営にアイの目を戻すように抗議をしよう。


「なあみんな。運営のことどう思う?」


「今回は対処早いな」


「いやあ、向こうもちゃんと対策考えてるねえ」


 だめだ、こいつらも倫理観ねえや。

 、

「二人は何とも思わないのか?」


「まあバグはバグだし」


「ナナオくん、ゲームに現実の気持ちを持ち込んじゃダメだよ」


「ゲームに出会いを求めてる奴が何言ってんだ」


 二人の言い分もわかるが許せないものは許せない。こいつらは役に立たないし、カルナと私の二人で運営に訴えかけよう。

 ……あれ?そういやカルナは?一番アイに入れ込んでいたし、あいつの性格ならこの場で狂ったように暴れていてもおかしくないんだけどな……


「カルナがどこ行ったか知らないか?」


 問いかけると、リヴァイアちゃんが躊躇いながらも答えてくれた。


「カルナさんなら、アイちゃんを見て早々、鬼の形相でログアウトしてったよ。どこかの住所をブツブツと繰り返し呟きながらね」


 え?抗議メールとかじゃなくてまさかのダイレクトアタック?



 五分後、またもやアップデートが入り、丁度いいタイミングでカルナが戻ってき、そしてアイの目が再び見えるようになった。


「天の川、すごいきれーい!」


「そうだねー。きれいだねー。」


 まるでこの10分間が存在していなかったかのように、アイとカルナは天体観測を楽しんでる。


 一番倫理観が無いのこいつカルナじゃないか?

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