第54話「復縁」

「店舗をどうするかな? 家賃がな……」


 いよいよ整体の店を出す段階で家賃で悩んでいた。

 手持ちの金で経営して、万が一失敗すれば取り返しは効かない。

 年金だけで食っていくほどはもらえない。


 武田は資金面でビビっていた。

 酒の工場を辞めたことを後悔し、整体の店を出すなんて考えたことも後悔した。

 だいたい、俺なんかが整体師なんか本当にできるのか?

 すべてを白紙に戻そうかとも思っていた。


 ❃


「久しぶりね。あの人、怒っているかしら?まさか、新しい嫁なんかいないでしょうね!?」

 元妻、よしのが武田の家の周りを見ている。

 マナミが買い物から帰って来た。


(あらっ、なんでマナミがいるの? でも、ちょうどいいわ)

「マナミ、マナミ!」

 よしのが手招きしている。


「お母さん?」

「お父さんはいるの?」

「うん、家にいるけど酒のんでると思う……」

「昼間っから? 仕事してないの?」


 マナミは武田が整体の店を出そうとしているが、店舗を決める段階でビビってしまい、何もできなくなり最近は酒を飲んでいると話す。

「酒を飲むったって、あの人は、たいして飲めないでしょう?」

「まあね。缶チューハイ二本くらい飲んでイカとか、ツマミを食べてゴロゴロとテレビ見てるわ」


「情けないわね。整体の店をやるならやればいいのに!」

「失敗が怖くて、できなくなっちゃったのよ」


「それなら、良い物があるわ……」


 数時間後、よしのは武田の家にやって来た。

 武田はお菓子を食べながらタケルとテレビを見ていた。


「あなた、お久しぶり。マナミに聞いたわ、お店を出すんですって?」

「ああっ、まあな……」

「お店の資金にこれをあげるわ」

 よしのがバックから札束を出した。


 武田が跳び上がって起きた。

「これ、どうしたんだ!? まさか犯罪か?」

「カジノよ、カジノ! 当たったのよジャックポットが」


「カジノ? どこかのパチンコ屋で働いていたのか? まさか、売り上げの金を持ち逃げしてきたのか?」

「違うわよ。アメリカのカジノに行ってきたの、ほら、御土産のカジノクッキー」

 よしのは、バックからカジノで買ったクッキーを見せた。


「カジノって、よくアメリカに行けたな……そこで勝った金か……」

「そうよ。あげるから、お店をやりなさよ」

 武田は札束を数える。

 1、2、3、4、5……5束ある。

 これだけあれば店舗を借りて運転資金も充分である。

 武田は、札束を握りしめてよしのを見る。


「いや、お前は、もう女房じゃないんだ。これは受け取るわけにはいかない」

 武田は涙ながらに札束を返した。


 よしのは、武田が喉から手が出るほど札束が欲しいのがありありとわかった。


「そうね。他人から、お金をもらうわけにはいかないわね……だったら、復縁して、また夫婦になるっていうのはどう? あなたにもらった自衛隊の退職金の半分も返すわよ」


「復縁?」

「そう、また女房にしてくれたら、これはあなたの物よ」

 よしのはバックをひっくり返して、慰謝料にもらった退職金の半分を出した。


 武田の目が点になっている。

「おまえ、こんなに勝ったのか?」

 武田は金は欲しいが復縁をためらっている。

「こ、これか……いまさら、復縁って言ったってな……」

 武田の心が揺れている。


「お母さんが戻って来てくれたら、タケルの面倒を見てくれるから、あたしも、お父さんと一緒に働けるよ」

 マナミは、母親が戻ってくるのに賛成である。

「そうか……そうだよな……よしのがいてくれたら食事の支度もしてくれるもんな……」


「復縁でいいの?」

 確認するよしの。

「金に目がくらんだわけじゃないからな……」

 はっきりとは言わない武田。


 よしのがバックから指輪を出した。

「復縁するのなら、私の左手の薬指に指輪をはめて!」

 昔にもらった結婚指輪を武田に渡した。

 武田はためらっていたが、ひざまずき、よしのの指に指輪をはめた。


 ❃


 その後、武田は『たけだ循環堂』と言う整体の店を出した。

 腰の施術10分 1,000円。

 ふくらはぎの施術10分 1,000円。

 この二つをメインにすると早坂さんの予想どうりにリピーターが多く、順調に営業ができた。

 早坂さんに教わっ導引も週に一度、無料で教えて、自律神経や頻尿の治し方もコツをつかみ好評をえている。



 実は、よしのがカジノで儲けた金というのまだまだあったのだ。



《 おわり 》


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ひんにょう物語 ぢんぞう @dinnzou

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