第52話「弟子入り」
「マナミ、俺、早坂さんに弟子入りして整体の店をやろうと思うんだ」
「起業!? かっこいいじゃない! いまの仕事は辞めるの?」
「ああっ、いまの仕事は、いつ腰が壊れるかわからない。たぶん、1年もしない内に壊れると思う。それならば、起業もありかなと思ってな……」
「いいんじゃない。蕎麦屋より安くできそうだよ」
「蕎麦屋は無理だ。問題は金だな……それに
俺には医学知識もないし、どうなるかわからないな……」
「早坂さんに教われば大丈夫だと思う。そうだ、あたしも一緒に教わって、お父さんの店を手伝うよ!」
「そうか、お前もやるか! それは心強いな」
❃
早坂さんの店。
「そうですか、武田さんも整体師になりますか……」
「どのくらい教われば、店をやれるようになれますか?」
「整体の店というのは、免許はいらないんです。治療ではなく、
「そうなんですか!?」
「施術でお客さんの体がおかしくなったら訴えられますけどね、ハッハッハ……」
「それは嫌ですね……」
「実際に金目当てで施術をされて体調が悪くなったと言う人もいるんです。施術で力を入れ過ぎてアザができたら傷害罪になりますからね」
「それは、ちゃんと習わないてダメですね」
「国家資格を持ってやる人もいますが、それには学校に入って三年はかかると思います。民間資格でも三年くらい教える所もありますが、10日くらいの講習を受けてプロとして施術する店も多いですよ」
「いまから三年も学校に行くのはちょっと……」
「私の店に1ヶ月くらい通って教わるのでどうでしょう?」
「1ヶ月でいいんですか? それならな〜」
武田はマナミを見て言う。
「整体師の腕はピンキリです。名人から素人くらいの人も店をやっています。1ヶ月で名人になるのは無理です。そこでピンポイントで覚えるとなんとかなるんじゃないかと思うんです」
「ピンポイント?」
「導引と言うのは基本、自分で行うんですが、背中とふくらはぎは人にやってもらう技があるんです。この二つを1ヶ月で覚えてやるといいと思いますよ」
「背中とふくらはぎですか……」
「武田さんは水の行もふくらはぎのもみ方もやってますから、自分でできると思いますが、それを人にするんです。これは足圧でも出来るので楽ですよ。しかも効果が高い!」
「あ〜っ、あれですか。やりましたね……」
「私は施術をしながら、背中だけを10分もんで料金を1,000円にすれば、お客さんがリピーターで来るのではないかと前から考えていたんです。腎臓の悪い人というのは意外と多く、疲れが溜まっています。背中を揉むと即効で体が楽になるし、オシッコの出方も良くなりますからね」
❃
武田は酒の工場を辞め、マナミと一緒に早坂さんに弟子入りして、店で働きながら施術を教わった。
「背中は肋骨を折らないようにして、背骨は押したらダメですよ。腎臓をもむようにします」
早坂さんの指導で武田とマナミが交代で施術の練習をする。
「腎臓の病気があって腫れている人は押さないで下さいね。破裂したら大変ですから」
「腎臓って破裂するんですか!?」
マナミが驚く。
「人の内臓は袋状になっていて、強い力が加わると破れます。内臓や血管が破れる寸前の人が店にきたら、施術で破れたと言われたら大変ですからね」
「僕の上官で腎臓を1個手術で取った人がいたんですが、腹を切って内臓を掻き出し腎臓を取ってから、内臓を戻したって言ってました。部隊に戻った時は、一気に老けた感じがしました」
「腎臓病は国民病と言われているくらい潜伏している人が多いんですが、自覚症状がなく、腎臓自体が痛くならないのでわからないんです。初期ならば背中を押すことで良くなると思うんですよ」
「それならば、背中を押して欲しい人はいっぱいいそうですね!?」
「昔は子供がお父さんの背中を踏むなんて、良くあったんですけどね……」
「僕もおやじの背中を踏んでましたよ」
「あたしもお父さんの背中を踏んだ記憶があるわよ」
「お前、背中を蹴って遊んでいたろ! ジュースも背中にこぼすし、頭にもこぼして笑っていたぞ!」
「そうだっけ? 覚えてないな……」
マナミはわざとやったのを覚えている顔だった。
「次に、ふくらはぎを押す時は、お客様の足に血栓が無いことを確認してやってください。血栓があると左右の足の太さが違います。あと、足の指に生えてる毛が左右で違います。片足の毛が短いと指に血流が回っていない可能性があります。本人にも聞いて、片足の感覚がおかしい時は要注意です」
「そういう、お客様がきたらどうするんですか?」
「そういうときは、血栓の可能性があるので施術をしないほうがいいです。膝から下の血栓は短いので、もんで血栓が流れても溶けて問題はないんですが、太ももの血栓も流れてしまうと肺で詰まり肺塞栓症になり命に関わりますので、病院に行くよう言ったほうがいいです」
「僕も自衛官時代に肺塞栓症で亡くなった人がいましたよ。急に苦しみ出して病院に行って、その日に亡くなりました」
❃
武田とマナミが交互に練習をして、早坂さんから、お客様の腰とふくらはぎの施術をしていいと言われた。
実際にお客様を施術すると緊張が走った。
武田が背中を押すと「もっと強く」と言われることが多く、どのくらいまで押せばいいのか戸惑っていた。
1ヶ月ほどして、武田とマナミは早坂さんに修了証書をもらった。早坂さんがパソコンを使い作った物である。
武田は自分の店舗を探しだした。
整体は店舗があれば、あとは施術用のベッドがあればなんとかなる。
食堂のような設備や食材にかかる費用が大幅に少ない分、開業がしやすい。
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