3章25 『Cruel Reality』 ➀
戦いだ――
流れはもう止まらない。
『あ~あっ。終わったな。ここまではまだどうにかギリだったが。これはダメだわ』
ルビア=レッドルーツ――
弥堂のかつての保護者だった女は投げやりに彼を詰った。
『このアホがよ。血の気が多すぎんだよオマエは』
「お前ら傭兵のクズどもと一緒にするな」
『オマエも傭兵だったろうが。なのに、なんだ? ご丁寧に昔の肩書なんぞ出しやがって――』
グレッドガルド皇国 皇女殿下直轄 皇都警備軍 内務監査諜報部 特殊執行部隊“エグゼクト” 第七独立執行部隊。
ルビアの死後、弥堂がグレッドガルドの皇都に戻ってから。
セラスフィリアが新設した諜報部に所属し活動していた時の最終的な肩書だ。
リンスレットが総合的に情報を扱い、弥堂はエルフィーネやシャーロットとチームを組んで現場仕事――つまり実行部隊だ。
最初から部隊数がいくつもあったわけではない。
『第七独立』は弥堂を隔離するために作られた最も特殊な部隊だ。
主な仕事は国内のスパイの摘発や、教会から指定された異端調査などで。
つまるところ――
「――これは粛清だ」
弥堂がそう言い切ると、ルビアは『ケェ~ッ』と唾を吐いた。
『バカ野郎が。ここじゃあの冷血姫の名前なんぞ何の看板にもなりゃしねェぞ。向こうでさえヤバかったってのに、日本で通じるかよ。オマエがムショ行きだ』
諜報部への配属を言い渡された当初、弥堂はギャグだと思って仕事を一切しておらず。
それがバレて怒られたので仕方なく真面目にやり始めたら、あまりにもスパイ容疑者が多すぎて。
だからアホらしくなって疑わしい者はとりあえず調査や尋問を効率的にカットして粛清するようになり。
最終的には自分が気に入らない者に、『反逆者』『異端』のレッテルを貼りつけて殺すか金を巻き上げるようになった。
これには部署外のみならず部署内の全員もとても迷惑をし。
弥堂と彼のチームは『独立部隊』として隔離されてしまったのだ。
決して、勇者だから特別に独立権を許された――というわけではない。
部署内では『第七のキチガイ』と呼ばれ。
外では『エグゼの狂犬』と呼ばれ。
認知度としては圧倒的に後者の方が有名だった。
当然勇名などではなく、国内の情勢を一気に悪くした怪物への蔑称だ。
弥堂本人が自らそう名乗ったわけではない。
どこに行っても弥堂くんは何故か“狂犬”と呼ばれちゃうのだった。
『なーにが粛清だアホタレ。パクられたらオマエの目的とやらはどうなんだ。つか、そもそも勝てねェだろうがよ』
「知ったことかよ。気に喰わねえんだこいつら」
『――ハッ。』
問答が面倒になった弥堂が本音を出すと、ルビアはニヤリと哂う。
『そうかよ、じゃあしゃァねェなァ』
「そうだ。セラスフィリアが悪い」
『やるなら勝て。アタシだってムカついてんだ』
「そうか」
『オマエもウチのガキなら、あんな貴族のガキみてェなヤツらにナメられんな』
「当然だ。地獄を見せてやる」
弥堂はジロリと相手方を視る。
前衛に
中衛に
後衛のマリア=リィーゼの前に
そこから少し離れた場所に
順番にその魂のイロカタチを視止める。
それが終わった頃、ルビアが凶悪に表情を歪めた。
『よォ、クソッタレ! どうやらここまでみてェだな。死ぬぜ? オマエ』
「黙ってろクソッタレ。酒呑んでマスかいてオマエが死ね」
お決まりのような儀礼を終えるとルビアは下がる。
準備はとうに完了している――
◇
美景台総合病院――
「――はっ⁉」
病室にて愛苗ちゃんがハッとした。
「ムムッ⁉ どうしたんッスか? マナ」
その仕草に相棒であるネコ妖精のメロが反応する。
しかし
「ホントにどうしたんッスか?」
「あのね? メロちゃん――」
ネコさんがトコトコと近寄ってくると、愛苗は腕組みをやめて彼女をジッと見る。
「またアイツが困ってるとかってやつッスか? さっき言ってた」
「うん……、でも……」
少し前――まだ30分も経っていないくらいの前の時間に。
いつもの“愛苗ちゃんレーダー”が反応をキャッチした。
『ユウくんが困ってるニオイがするかも』と。
しかし――
「でもすぐにニオイがしなくなっちゃって。気のせいだったのかなーって」
「う~ん……」
愛苗の言い分に、メロは考え込む。
「困ってるったってェなァ……」
何とも言い難かった。
あの男――自身の飼い主の一人でもあり、使い魔契約の主でもあるあのクズ男は。
困ってると言えばいつも困っている。
特に金とか。
しかし、あのクズは甲斐性なしであると同時に、人間どころか悪魔と比べてもちょっと見たことないくらいの“アタオカ”だ。
普通の生物なら困り果ててしまう状況に陥ったとしても。
弥堂自身は「困った」とは思わないだろう。
頭がおかしいから。
困るのはいつも彼と関わった人たちだ。
だから。
いつも困ってるとも謂えるし。
何があっても困らないとも謂える。
「あ――そうだッス」
「メロちゃん?」
ふと思い出し。
メロはネコさん魔法の一つである【
これは契約主である弥堂の視界を共有する魔法だ。
彼が今見ているものを見てみれば、どんな状況にいるのかが一発でわかる。
そう思ったのだが――
「……あれれ~ッス?」
「どうしたの?」
――映像は何も映らなかった。
(――オイ。オイって。聞いてんのかこのクズ)
すぐに念話を送ろうとしてみるがダメだ。
魔法が正常に作用していない感覚がある。
つまり――
「……う~ん……。ま、大丈夫ッスよね」
「だいじょうぶなの?」
「ウムッス! ヤツなら元気にやってるはずッス」
「そっかー。メロちゃんが言うんならきっと大丈夫だよね」
何の根拠にもなっていないが、“よいこ”の愛苗ちゃんはお友達の言うことを否定したり疑ったりしないのだ。
メロはコクリと頷く。
多分なにか起こっている可能性が極めて高い。
しかし、だからといって弥堂を探したり、窮地に駆け付けようとここを離れるわけにもいかない。
万が一、それで愛苗が着いてきてしまったら。
その時はメロが一番困ったことになってしまう。
(まぁ、あいつ不死身だし。最低限死ぬことだけはねェからいいッスよね)
なんだかんだいつもヤバイけど、なんだかんだいつも勝つから大丈夫かと判断した。
お気持ちを共有した二人は「あっはっはー」と一緒に笑う。
とはいえ――
「もう一回、アイツのそのヘンなニオイがしたんッスか? 今」
「ううん。違うの」
愛苗はフルフルとお顔を横に振った。
「え? じゃあ今度はなんのニオイッスか?」
「えっと、困ってるニオイ?」
「じゃあ一緒じゃないッスか」
「ううん。そうじゃなくって。ユウくんじゃないの」
「おや? 他のニンゲンさんッスか?」
「うん。たぶんだけど、“ななみちゃん”だと思うの」
「ぅにゃ?」
少し自信なさげに言う愛苗の言葉に、メロはネコさんアイをまん丸にする。
「ナナミのニオイもわかるようになったんッスか? ニオイってーか、なんかそういうの」
「ほら、最近ユウくんから“ななみちゃん”のニオイがいっぱいじゃない?」
「え? なにそれ知らない。あんのヤロウ、このネコさんに黙ってそんなエッチな感じのやつを……ハッ⁉ まさかこないだの屋上のチュッチュ……」
「え? ネコチュッチュはさっき食べたからもうダメだよ? えっとね? えっちかどうかはわかんないんだけど。ユウくんのお胸から“ななみちゃん”のニオイが“ふわぁー”ってして。それで私覚えたっていうか、ちょっとわかるような気がして。ぽかぽかーって」
「フム、なるほど。このネコさん完全に理解したッス」
本当は何を言ってるのか全然わからかったが、女子同士の会話でそれは厳禁だ。
何よりも共感が重んじられる。
ネコさんではあるが一流の女子でもあるという自負から、メロは知ったかぶりをした。
「でも、それは大変ッスね。あのクズはともかく、ナナミのことは助けてやりたいッス」
「うーん、でもどうなんだろう?」
メロが肉球をキュッとして義憤を燃やすが、愛苗ちゃんはどこか自信がなさそうな様子に。
「よくわかんねェんッスか? そういやこないだはナナミがちょっとビクビクしてる的なこと言ってたッスよね?」
「うん。それは多分大丈夫になったんだけど。今日はちょっと……」
「ということはもっと怖がってるとか? ハッ⁉ まさか⁉」
「メロちゃん?」
メロはまた何か大変なことに気が付く。
黒いシッポがピンっとした。
「まさか知らないオジさんにエロイことされてるのでは? ギャルだし。こうしちゃいられェッス。ジブンちょっくら撮え――覗きに行ってくるッス」
「あ、まってメロちゃん、ちがうの」
愛苗は長いシッポの先をジッと見てから。
勢い勇み前足の爪で病室の床をバリバリするネコさんを、慌てて止める。
「コワイんじゃなくって、今日はちょっとプンプン?」
「プンプン? キレてるってことッスか?」
「え? そうなの?」
「や。知らんッスけど?」
「そっかー。不思議だねー?」
「そッスねー。まぁ大丈夫ッスよ。ナナミのヤツ、元気になるといいッスね」
「元気は元気みたいだよ」
「じゃあきっと大丈夫ッスね」
こうして名コンビによって、事件が一つ解決してしまった。
(よくわかんねェッスけど……)
メロはチラリとサイドチェストへ視線を遣る。
それの上に作られた祭壇に祀られているのは“聖なるしましまブラジャー”だ。
本当は“呪いのおブラ”だと思っているが、それを言うと触手を放って噛みつかせてくるので。
メロは厳かな心持ちでおブラ様をジッと見る。
あのおブラの中身は初代聖女であるエアリスお姉さまだ。
彼女は数千年もののメンヘラであり、特級呪物だ。
だが勇者である弥堂の超強火な厄介ファンでもあり、ストーカー気質まである。
今の弥堂との連絡不能な状態に、このエアリスが何も言ってこないのなら。
それはきっと大騒ぎするような事態ではないのだろう。
ならば、先走ってここを空けるような迂闊なことはせず。
愛苗の防衛に徹する方が無難だ。
と、なれば――
「――いざとなったらジブンがこうして……、ハァ……ッ!」
ニッと男前にウィスカーパッドを持ち上げてから。
メロは病室の床を後ろ足で蹴って高く跳ぶ。
空中でクリンっとムーンサルトをキメ、床へ降り立つと――
「――ジブンのこの『ブリッツ・クラスター』で不届き物のデコに風穴を空けてやるッス!」
――バッと前足で武器を構える。
その武器はチャカだ――
「わぁっ、メロちゃんカッコいい!」
「ハァッ! ハァッ! 前方クリアッス!」
大好きなお友達の愛苗ちゃんが歓声をあげると、調子にのったネコさんは左右にバッバッと銃口を向けてからまた前方にジャキっと構えた。
「その“てっぽー”のオモチャどうしたの? ユウくんが買ってくれたの?」
「いんや。あのバカが落としたから拾ってやったんッスよ」
もちろん実銃である。おまけに密輸品だ。
さらに先日愛苗ちゃんの親友の七海ちゃんへ向けて発砲した物でもある。
「そうなんだ。あ、人に当たらないように気を付けないとダメだよ?」
「それなら心配には及ばねェッス。ほら――」
メロは銃底を愛苗の方に向けてみせる。
そこにはポッカリと空洞が。
「?」
だが、“よいこ”の愛苗ちゃんに、ニンゲンさんをぶっ殺すためだけに造られたクソのような道具の知識などない。
コテンと首を傾げてしまった。
「弾が入ってねェんッスよ」
「そうなんだ。じゃあ安心だね」
「うむッス。安心して人に向けてビックリさせてやれるッス!」
「それはかわいそうだよぉ」
悪魔がイタズラを企むと愛苗ちゃんはふにゃっと眉を下げてしまう。
「後でユウくんが来たら返してあげないとね」
「いんや。これはもう気に入ったからジブンのモノっス!」
奔放な野生動物は拾得物に対して自己の所有権を強く主張した。
「この『ブリッツ・クラスター』との出逢いで。ジブン、ガンナータイプのネコさんとしてのツリーが伸びた気がするんッス!」
「だけど、ユウくんのオモチャだし……」
「だってだって! 名前だってもうつけちゃったんッス!」
「そっかー。それは“ざんねん”になっちゃうね。あ、でもでもっ。ユウくんももうお名前付けちゃってるかもしれないよ?」
「む? それはちょっとカワイソウっスね」
「聞いてみよ? 大丈夫そうだったら、私も一緒に『ちょーだい』ってお願いしてあげるね?」
「そん時はいっちょ頼むッス! よーし、こうなったら――」
メロはタタタっと軽快に窓際へ走る。
「メロちゃん?」
「今の内に特訓ッス! ジブンもしかしたらスナイパーになるために生まれてきたんじゃないかって気がしてきたッス!」
ネコさんは素早い動きで3Fの窓から身を乗り出すと、中庭を徘徊するニンゲンどもへ狙いを付けようとする。
しかし――
「――なッ⁉ あ、あれは……ッ⁉」
そこで目にしたものにメロは驚き、目をクワッとさせる。
「どうしたの⁉ メロちゃん!」
パートナーの尋常でない様子に愛苗も反応する。
「よいしょ」っとベッドから降りて、「ぅんしょ」っとスリッパをちゃんと履き。
それからメロの元へ“てててっ”と駆けつけた。
「マナッ! あれを見るッス!」
「え……? あぁ⁉ タ、タイヘン……ッ!」
異世界の皇都の人々をいっぱい困らせた弥堂でさえも、散々に困らせたポンコツコンビがまたナニカを発見してしまった。
「――替われ。蛮」
槍を持った
「アァ?」
「一番槍は私だ。下がれ」
「……ベツにいいけどよ」
片眉を上げて一瞬怪訝そうにした蛭子だったが、存外素直に天津に譲る。
彼は後方に下がり、ネズミさんAの上に座ったままの望莱の前に位置どった。
天津は弥堂へ一定の距離まで近寄ってから足を止め――
「――私が先鋒だ」
――槍の穂先とともに鋭い目を弥堂へ向けてくる。
「随分と行儀がいいな」
「次鋒へ繋ぎたかったら」
「……」
その先は云うまでもなきこと。
弥堂が無言で彼女の“
『クソガキ――』
「――わかってる」
『さっきはあぁ言ったが。コイツだけ雰囲気あるぜ』
「……」
同じ返事は繰り返さず。
弥堂は意識を目の前の天津へ集中させる。
鞘から解き放たれた抜身の日本刀。
美しく研ぎ澄まされた佇まいで、敵はそこに居る。
手にした黒鉄のナイフに。
ただ殺意を徹した。
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