第14話、仙道寺にて
翌日の放課後、僕は星野と共に、仙道寺へ行く事になった。 いよいよ対立を深める、和田・梶田への対策を、神岡らと協議する為だ。
総長である、かすみにも同行を促したが、友人とカラオケに行く約束があるとかで拒否された。 …ナメとんのか? たいがいにせえよ、ホンマ。
まあ、かすみがいなくても別段、問題は無いだろう。 実質的に、仙道寺を仕切っているのは神岡である。
「 相変わらず、汚い校舎だな…… 」
星野が、呟くように言った。
校門から見える、グレー1色のコンクリート校舎……
工業系高校の為、生徒の大半は男子である。 近年、商業デザイン科が新設されたが、『 悪の巣窟 仙道寺 』のイメージが先行しているのか、女子の入学者数はイマイチだ。 従って、偏差値は驚異の低レベルで、「 日本語を話し、名前が書ければ入学出来る 」とまで言われている。
校門から校庭に入っても、無機質・殺風景な風景だ。
朽ちたブロック製の花壇には雑草が生え、何の飾りも無いガラスドア( ドアマンが壊れ、両開きのガラスドアは、半面が少し開いたまま )の入り口があるだけである。 とても、未来の日本を背負って立つ優秀な技術者を育成しよう、などと言う高尚な雰囲気は無い。 裏ぶれた繁華街の、路地裏雑居ビル入り口のような感じだ。 扉のヘコんだ集合ポスト( チラシ満杯 )が、ありそうである。
「 強烈な感覚の学校だな…… ある意味、カルチャーショックだ。 僕が親なら、絶対に入学させん 」
僕も独り言のように、そう言った。
星野が、苦笑いをする。
入り口のガラス扉を押して玄関に入ると、ホネの折れた傘が2本、床にコロがっており( 1本は半開き )、砂だらけのザラ板の上を進むと、コンクリート製の床廊下が現れた。 職員・外来者のゲタ箱がある。 星野は、勝手知ったるかのように、外来者用のスリッパを出すと、僕に勧めた。
「 あ、すまん 」
そう言った僕に、星野は言った。
「 お前は、朝倉だ。 イザと言う時にボロが出ないように、今からなり切っていた方がいいぞ? あたしも、必要時の区別なく、美智子と呼ぶからな 」
「 かしこまりました、会頭 」
いつもの朝倉の口調を真似て、僕がそう答えると、星野は再び、苦笑いをした。
壁材が剥げ、落書きだらけの壁が続く、ひび割れたコンクリート製廊下。
それに、やけに薄暗い。 ……天井を見上げると、蛍光灯ソケットに蛍光灯は入っていなかった。
壁の落書きは『 喧嘩上等 』『 唯我独尊 』などのヤンキー言葉が列挙されており、続いて『 させろ~唯奈☆ 』だの、『 美佳とやりてー 』などと言った青春咆哮ものが目に付く。 夕日に向かって叫んでみるのも、一興だろう。 まあ、虚しくなるとは思うが……
あと、学校なのに、タバコ臭い。 更に、ビミョーにシンナー臭が匂うのは、廊下の片隅にコロがっている空き缶からか……?
星野が言った。
「 これでも、マシになった方だ。 以前は、そこいら中に、ラリって目の焦点が合っていない連中が座り込んでいたからな 」
……ドコが学校なんだ? スラム街か、バラック地区のようだな、そりゃ……
神岡が改心し、仙道寺自体が浄化されつつある現在ではあるが、本来の学園らしさを取り戻すには、まだまだ時間が掛りそうである。
「 ンだとォ~? コラ、おお~っ? 」
「 ヤンのか? ああ? ヤンのかァ~? ヤンのかよ、テメー! 」
突然、前方の教室からダミ声が上がった。
続いて、学習イスが、窓ガラスを粉砕して廊下に飛び出して来る。 定番の、ケンカの始まり様子だ。 僕、こんな粗野なトコ、いたくない。 帰ろうかな……
星野は、全く動じず、お構いなしに通り過ぎようとしている。 キモの座った人だ。 女性である事を、僕は、時々忘れる事がある。
はたして、胸倉を掴み合った男子生徒が2人、廊下左側にある教室の出入り口から出て来た。 短い金髪の男が、ドレッドヘアーの男に押され、後退りしながらの形である。 金髪の男の背中が、通り過ぎようとした星野の左肩に当たった。 チラッと、後を振り返った金髪男。 再びドレッド男に向き直り、事を決しようとしたが、慌てて再度、振り返り、言った。
「 …う、うわっ! 星野……! 」
ドレッド男も、顔面蒼白のようだ。 金髪男の胸倉を慌てて放し、言った。
「 あ、朝倉まで……! 」
僕ら2人を呼び捨てにするところを見るに、どうやら、この2人は神岡の部下ではないのだろう。 一般生徒らしい。
星野が、小さくため息をつきながら言った。
「 校内のケンカは、御法度のはずじゃなかったのか? 神岡からは、何の通達もなかったのか? 」
2人は、コメツキバッタのように、何度も、お辞儀をしながら答えた。
「 き、聞いてます! かすみ総長の名で、全校生徒に沙汰がありました 」
「 すすす、すんません! ち、ちっ… ちょっとハメを外しまして…! もうしません! 仲直り! ホラ! 」
ドレッド男が、金髪男の肩に腕を廻すと、金髪君も同調し、ニコニコと引きつった笑顔を作りながら言った。
「 そ… そうそうっ! 僕ら、仲良し。 ケンカしても、すぐに仲直りだもぉ~ん! 」
お前ら、幼稚園児か……? 見ていて、すげ~気色悪いぞ。
星野が言った。
「 まあ、見なかった事にしてやるか。 やるんなら、校外でやれ 」
「 ありがとうございますっ! 」
2人は、僕らに対してお辞儀( 最敬礼角度 )をし、クルっと踵を返すと、一目散に走って行った。
……ホントに、この後、校外にて第2ラウンドを始めるのであろうか……?
神岡らの『 教育 』は、かなりの効果を上げているようだ。 禁断を犯した者には罰則があるらしく、僕が想像するに、おそらくそれは、リンチまがいのものであるに相違ない。 ある意味『 恐怖政治 』である。 まあ、アホの教育には、やはり体で知ってもらうのが、一番手っ取り早いか……
星野が、壁にある、とある落書き( 連署 )を見つけた。
『 星野とヤリて~! 』『 ← オレも! 』
ヘタクソな字を指差しながら、僕に尋ねる。
「 男は皆、この本能が、全てに優先するのか? 」
僕は朝倉らしく、落ち着いて答えた。
「 その者・人それぞれに、優先順位があるかと…… 」
「 なるほど 」
2階にある『 化学実験室 』と、札が掛けてある部屋に着いた。
足音に気付いたのか、神岡がドアを開けて出て来た。
「 星野会頭! ようこそ、こんなムサ苦しい所へ! 」
……ホントに、ムサ苦しいわ。
「 久し振りだな、神岡。 元気にしていたか? 」
「 はい、そりゃもう! 」
頭をかきながら答える、神岡。
僕も、久し振りに会う。 商店街のイベント( 前編参照 )以来だ。
「 朝倉次長まで、おいで頂いて… おい、お前ら! 挨拶せんかいっ! 」
「 チワどもういぃィ~~っす! 」
様々な挨拶が、地下に蠢く罪人衆が発した怨念の如く、教室内から唸るように、低く響いて聞こえた。 黒い実験机に勢揃いし、悪鬼のような形相をした連中が、皆こちらを見ている。
……ココ、入るの……?
コイツら… イキナリ、食い付いて来ないだろうな……?
僕は、ビビリながらも、星野の参謀として、凛とした態度で入室した。 教室内が、ざわつく。
「 …ええいっ、静かにせんか、野郎共! 今日は、朝倉次長もお見えだ。 知らねえヤツは、よくお顔を覚えとけ! 美人な上に、アタマも、すんげぇ~イイんだぞ! 星野会頭の右腕と言われる、鬼龍会の頭脳だ。 親衛隊… もとい、風紀委員 局長の芹沢女史や、特攻の… もとい、助勤の正木さんは、朝倉次長の直轄なんだぞっ? 」
おぉお~… と、一同からどよめきが起こる。
正木ちゃんも結構、人気あるのね……
とりあえず、皆に向かって軽く一礼。 妙にデレデレした顔が、そこいら中に発生していた。
黒板前の教師用机に、皆が座っているパイプ椅子とは違う、肘掛の付いたイスが2つある。 おそらく、僕と星野用なのだろう。 多分、職員室から失敬して来たモノであると推察される。
「 こちらへ…… 」
神岡が、そのイスに僕らを案内した。
座って、改めて一同を見やる。
……おおう……! いるわ、いるわ……!
古代インドの食人鬼( 夜叉 )のような顔をした連中が、勢揃いである。 夜叉たちは仏教に帰依し、十二神将( 十二天 )として薬師如来を守護したそうだから、これからは、おまえらも神岡の下で、罪無き衆生を守ったれや。 な?
神岡が言った。
「 今日、鬼龍会の面々の方に来て頂いたのは他でもない。 和田の件だ。 実は昨日、恐れ多くもヤツは、ここにいらっしゃる朝倉次長を拉致し、拘束した……! 」
一同が、どよめく。
事実を知る者と、そうででない者がいるらしい。 隣席の者と、互いに小声で話し合っている。
神岡が続けた。
「 朝倉次長は、持ち前の冷静な判断と、確実なる行動力で危機を回避。 見事、自力で脱出されて来たのだ。 お前らも、よく見習えよ? つまらんミスで、仲間を窮地に追いやるんじゃねえ 」
……実際は結構、必死に、逃げて来たんだケドね……
神岡は、皆を見ながら続けた。
「 和田は現在、偕成商業にいる。 鬼龍会の鬼頭副長が調査されて来たが、アジトはもぬけの空だったそうだ。 おそらく、どこかに潜伏していると思われるが、偕成商業は、我々の仙道寺高校のすぐ近くだ。 近々、接触があると思う。 余計な騒ぎを起こすんじゃねえぞ、お前ら 」
再び、ざわつく面々。
神岡が、星野に言った。
「 星野会頭、補足事項があれば、どうぞ 」
座っていたイスの背もたれから体を起こし、教師用机に両肘を乗せて、星野は言った。
「 とにかく、ちょっかいには、手を出さないようにして欲しい…… 和田は現在、明和女子の梶田 真澄と行動を共にしている。 つまり、旧 明和勢力と和田は、一心同体だ。 明和の連中の行動にも、充分に注意してくれ 」
神岡が、続けて言った。
「 女だと思って、あなどるなよ? お前ら、女だと、途端に鼻の下を伸ばすからな……! ヤツラが、色香を駆使して接触して来る可能性は充分にあるんだ。 気を付けろ、いいな? 」
「 うおいい~~~っす! 」
ダミ声のような返答。 こいつら、ホントに大丈夫か? ヘタすると、死人が出るかもしれん危機なんだぞ……?
神岡が言った。
「 そう言えば、誰か、明和に彼女がいるヤツ、いたな? 」
窓際に座っていたスキンヘッドが、手を上げた。
「 自分っす 」
「 ミツオか…… 彼女からは、何か情報はないか? 特に、和田に関してだ 」
剃ったアタマを撫でながら、ミツオ君が答える。
「 ん~…… 昨日、一発、ヤってた時には… 」
ハッと気付き、慌てて言い直すミツオ君。
「 ももっ、もといっ…! デデデっ… デ、デートしていた時には、な、なななな何も言ってませんでしたぁっ……! 」
……じっと、無言でミツオ君を見つめる、神岡。
別に、彼女と、どうこうしたのは問題ではない。 『 客人 』を前にした発言としての品位を疑われるものであり、失言と指摘されても仕方ないレベルだ。
ヤツは、ペナルティーだろう……
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