5話 春ヶ瀬さんと電話する話

「夕陽くん、携帯貸してください。」

「…嫌ですけど。何に使うんですか?」

「いいからいいから、ほら、早くして。」


昼休みの屋上。

もう恒例のことのように、特に示し合わせをしなくても、2人でご飯を食べている。

かといって何かするわけでもなく、ただただくだらない話をして、また教室に戻る。その繰り返しだった。

それが突然、目的も言わずに携帯を奪おうとするとは、怪しい。直感的にそう思った。


「ほんの数分!お願いです、夕陽くん。」

「だから、まずは目的を言ってください、!」

「…しょうがないなー、堅物の夕陽くんは、こんな美少女の要求にもテンプレートのお返事しかできないんだね…。」

「色々余計です。」

「君のに、私の連絡先を追加してあげようと思って。ありがたいでしょ?」


気を抜いた隙に、手元から携帯を抜き取られる。


「…はい、できた。」


返すね、と元に戻される。

あまりにも巧妙な手つきで行われた行為に、固まったまま呆気にとられていると、春ヶ瀬さんはその僕の様子に笑い出していた。


「…夕陽くん、君ってやっぱりなかなか愉快だね。」

「…今のは、なんというか、本当に呆気にとられていたんです。」

「というか、連絡先の交換なら、最初からそう言えばいいのに…。」

「サプライズにしたかったんだよ、突然連絡が届いたりしたら嬉しくない?」

「嬉しいとかより、驚きが来ると思いますが。」

「それも失敗しちゃったわけだけど。」


じろっとした視線を向けられて思わず目を逸らす。

一息ついて、不意に春ヶ瀬さんは立ち上がった。


「…そんなのよりも、もっとサプライズなこと、するから。」


強い風が吹いた。

風の音に紛れて少しだけ聞き取れたその声に、思わず問いかける。


「、それってなんですか!」

「内緒!」


チャイムが鳴り響く。

あわてて手元の時計を確認すると、丁度昼休みが終わる時間だったようだ。

逃げ出すように、春ヶ瀬さんはいつの間にか姿を消していて、含みのあるあの言葉の意味を聞けないまま、放課後になってしまった。

春ヶ瀬さんのこういう不思議なところは、いつも僕を困らせる。


「夕陽くん、家に帰ろう。」

「ああ、ちょっと待っていてください。今日は掃除当番で…。」

「君のそんな真面目なところは嫌いじゃないけど、今日ばかりは早く帰って。」

「私がやるから!今すぐ!」


持ちかけていた箒を奪い取られ、いつもの笑顔でこちらを見つめてくる。

どういう事か分からないけど、帰れという事なんだろう。諦めて、帰路についた。


家までもあと少し、というところで携帯が震え出した。


「…もしもし。」

「夕陽くん!もしもし!聞こえてるかな?」

「聞こえてますよ。…なんですか?やたらと早く帰らせようとして、電話ですか?」

「サプライズ、お昼は君にしてやられたからね。」

「…見なくても分かるな、君は今あからさまに嫌そうな顔をしている。」

「分かっているなら…何の用ですか?もう切ってもいいですか?」

「ダメ。」


「最近は、死ぬ前に記録を残そうとする人が多いよね。」

「…はあ。」

「動画に撮ろうとしたり、生配信しようとしたり、ね。」

「でも、動画よりも配信よりも、ただ1人、死ぬ前に声が聞きたい誰かに掛けられた1本の電話、こっちの方がロマンチックだと思わない?」

「それがどうしたんですか?」

「…私は、そんな時が来たなら、君に電話を掛けたいと思った。」

「…いつ電話が来ても、すぐに出てね。それは、私の最後のラブコールかもよ?」


その言葉を最後に、一方的に電話は切られる。

春ヶ瀬さんの気まぐれな発言は、今に始まった事では無かったが、今日ばかりはいつもとは違ったように感じた。

しかし僕には、もう1度電話を掛け直す勇気は無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死にたい僕と死ねない君のくだらない話を聞いてくれ urara @menme2121

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ