第24話 酔狂なりハチロウ

「済まないな、エンパ」


〈月猟会〉食客の身であるハチロウ・ヤマナミが、送迎に来た車両に乗り込んでから運転席に声をかけた。


「これくらい楽なもんですよ」


 運転席のエンパが応じる。


 慣れた様子で運転するエンパは会長のラザッタやクオンを送迎する役目も担っており、優れた運転技術を有している。


 車両は他の車の流れに乗って静かに走っていた。

 この場合の『優れた』とは、同乗者に不快感を与えず、何より警察に目を付けられない安全運転のことを示す。


「しかし、旦那も元気ですねえ。夜通し巡裁の生き残りを探していたんでしょ?」

「三日三晩動く程度ならば、苦ではない」


 エンパは静かに溜息を吐いた。


 九紫美も化け物だが、この旦那も充分に化け物だな。


 巡回裁判所を襲撃した後、九紫美はクオンの護衛を継続、ハチロウは逃亡したリヒャルトの行方を追っていた。休養できたのはエンパくらいである。


「旦那、手掛かりはありましたか?」

「いや、情けないが、こういうことは不得手でな。徒労だったようだ」

「まー、向こうは慣れているでしょうからね。そう簡単にはいきませんって」


 エンパの言葉とともに、車両が何の勢いも感じさせずに停車した。信号待ちの暇つぶしのようにエンパが問いかける。


「そう言えば、旦那は何でウチにいるんすか? 若頭の話じゃあ、相場より格安で雇われているらしいじゃないっすか」

「そうか。お前は経緯を知らなかったか」

「ええ。わざわざ安いカネでこんな人探しみたいなこと、旦那ほどの人がするこっちゃあないでしょう」


 前方を何台もの車両が横切っていく。その様子を眺めながら、ここの信号長えんだよなあ、とエンパが呟いた。


「俺は元々〈鬼牢会〉に雇われて、若頭の命を奪おうとしたのだ」

「げ! 最初は敵だったんすか。ということは、そのとき九紫美の姐さんとやり合ったんで?」

「もちろんだ。そうは言っても影嬢には勝てなかったがな。俺の剣が斬れなかったのは、彼女が初めてだ」


 ハチロウは数ヶ月前の九紫美との戦いを思い返す。

 

 ハチロウの長脇差は九紫美の肌を斬り割くことは無かった。

 だが、九紫美もハチロウを殺害するには至らず、膠着状態に陥ったところをクオンから打診がかかったのである。


「そこで若頭の求めに応じて、俺は〈月猟会〉に鞍替えしたのだ」

「へえ、しかし何で格安でウチに?」

「若頭には俺を雇うほどの金銭的余裕は無いが、野望に協力してほしいと頼まれた」

「野望?」

「若頭が言うには、このカナシアを支配するのだと。たかがサクラノ街を統一するのにも苦労している組織が、このカナシアを支配しようなどと言うのは、実に気宇壮大ではないか」


 ハチロウが口元を綻ばせる。


「その野望を語る心意気があるから、俺は若頭のために働くことに決めたのだ。……俺の失ったものを、若頭のなかに見た」


 前の道路を流れていた車の列が止まる。信号が変わる合図だった。


「ふうん。こう言っちゃあなんですけど、旦那も物好きっすね」

「そうかもしれん。だが、若頭のために働けるのは割と楽しく感じている」


 信号機の色が青に変わり、緩やかに車両が発進する。

 ハチロウとエンパを乗せた車両は、〈月猟会〉の支部へと向けて再び走り出した。

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