第6話 クルシェの意思が優先です。そして……

「ソウイチ、〈月猟会〉の構成員についての情報はあるのかしら」

「それなら、もちろんあるっすよ。〈月猟会〉のクオン配下で有名な人間は二人いるみたいですね」


 ソウイチは紙片を手繰りながら、クルシェとソナマナンを見返す。


「一人は、ハチロウ・ヤマナミという男だな」

「ソウイチと同じハクラン人ね」


 クルシェの言葉にソウイチは微笑んだ。


「まあ。人種は同じだけど。俺の祖先は大昔に故郷を捨てて大陸に渡ってきた一族だからな。俺と違ってハチロウ・ヤマナミには地名を表す名前がないだろ? ずっとハクランに住んでいた証拠さ」

「その男が、何か理由があって大陸に来たのね」

「そうらしい。ハチロウはハクランでは有名な剣士だったそうだ。何でも国王の御前試合ごぜんじあい十傑じっけつに入選したんだと。これ、どれくらい強いんだろうな」


 ハクランの血が腐っているのか、祖国の知識に疎いソウイチへと蔑みの目を向けながらソナマナンが補足する。


「つまり、国王様が催した大会で十位以内に入ったのよ。大雑把だけれど、ハクランで十指に入る実力者ってわけ」

「……それ、もしかして物凄く強いんじゃないのか⁉」

「だから、そう言っているじゃないの! このバカ‼」


 叫びながら何度も卓上に頭を打ちつけるソナマナンを横目にして、頼みの綱であるジアが不在である衝撃からソナマナンは情緒不安定になっているとクルシェは見た。


「でもさ。ハチロウは三年前に少女連続殺人の容疑で憲兵隊に拘束されかけたんだ」

「されかけた?」

「ハチロウはそれが冤罪であると主張して抵抗し、憲兵隊の追手四十一人を殺害して逃亡。これが原因で大陸に来たんだ。で、今は〈月猟会〉の食客しょっかくになっていると」

「でもって言うけど、ハチロウの強さの裏付けにしかなっていないんだけれど」


 ソウイチはしばしの思考を経てクルシェの指摘の正しさを悟ると、頭に片手を当てて照れ笑いを発した。


「もういいわ。それで、あと一人は誰なの」

「えっと、こいつは大したことなさそうだな。エンパっていう女で、〈月猟会〉会長のラザッタがクオンの護衛のために貸しているようだ。機関銃を乱射するのが好きで〈蜂の巣エンパ〉と呼ばれているらしいな」

「機関銃……?」


 ソウイチの言葉を反芻したクルシェは遠い目をして押し黙った。


「資料で見る限り銃を撃つのが好きってだけで、組織への貢献度は高くないみたいだ。ま、鉄砲玉として使いやすいってのがあるんだろう」


 続いたソウイチの説明をクルシェは聞いていなかった。

 フリードが殺されたときの詳しい状況をスカイエは教えてくれなかったが、その遺体を目にすると腹から胸にかけて銃創があった。


 実力からするとフリードを害しうるのはハチロウ・ヤマナミだろうが、致命傷が銃弾であったことを考えると犯人がエンパである線も捨てきれない。しかし、話を聞く限りではエンパには実力が不足している。


 クルシェをして養父であったフリードを評するのも何だが、フリードはジアに並ぶ〈白鴉屋〉の看板となる実力者であった。凡庸な人物に返り討ちになるとは考えられない。というよりも、クルシェはそう考えたくなかった。


「クルシェ、どうしたんだ?」

「……いえ、何でもない」


 沈思していた彼女を心配したソウイチの声でクルシェは意識を取り戻した。


「とりあえず、今日の話はこれだけだからさ。スカイエさんも返事は明日でもいいと言っていたし。ま、クルシェは今晩ゆっくり考えてくれよ」


 内容からして暗くなりがちであった話題に終止符を打つかのように、ソウイチは努めて明るい声音で言い放った。

 クルシェは昂っていた気分を静めるように軽く息を吐いて頷く。


 それまで卓上に頬を当てて恨めし気な目を宙に投げていたソナマナンが言う。


「ね、ねえ。ソウイチ。私の意思は関係ないのかしら?」

「そうみたいっすね。クルシェに協力してほしいってのが、スカイエさんの言葉なんで。まあ、ソナマナンなら大丈夫っすよ。はっはっはっはっは!」

「笑い事じゃないわよ……」


ソナマナンが力無く呟いた。

ソウイチの笑いが止むと、クルシェは席を立った。


「話がこれで終わりなら、私はもう帰る。いい?」

「おう。あ、お代わりはいいのか?」


 クルシェは首を横に振ると、そのまま背を向けて酒場を出て行った。

 扉の外に消えて見えなくなったクルシェの姿を追い求めるように視線を注ぎ続けるソウイチへと、ソナマナンが声をかけた。


「心配そうね」

「そりゃあ、今回はいつもと違うっすからね」


 ソナマナンは静かに身を起こした。


「フリードが〈月猟会〉に殺されたということは、〈白鴉屋〉が一度はクオン殺害の依頼を請けていたはず。それで今度はクルシェに白羽の矢が立ったの?」

「……フリードさんが亡くなった後、スカイエさんは〈月猟会〉の件を諦めたんだけど、さっきも言ったようにブレナンスやらサイモンまで返り討ちにされて、またウチに話が回ってきたんすよ」


 ソウイチは残っていた赤藪茶ルイボスティを喉に流し込んだ。その顔が渋く歪んでいたのは、お茶の味のせいではないだろう。


「クルシェはこの依頼を請けるに違いないわ。覚悟を決めておいた方がいいわね。ソウイチも、私も」

「ソナマナン、今まで泣き叫んでいたのに立ち直っているじゃないっすか」

「そりゃあ、この期に及んだら善処するしかないじゃないの」


 ソナマナンはそう言うと、これから自分達に降りかかるであろう困難を見据えるように遠い目をした。

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