第3話 〈白鴉屋〉の主

 クルシェは慣れた様子で扉を開けて店内に入った。店内は広くなく、鉤型に設けられた木製の座卓と、四人が座れる程度の円卓が三組置かれているだけだ。


 二十人が入れば満席になってしまう手狭な店であるが、この店の馴染客は数えるほどしかおらず、酒場として訪れる人間以外の方が多いため問題は無いようだった。

 店内には客も店員もいないのに室内の照明は点けられている。クルシェは迷う様子も無く奥にある円卓に腰を下ろした。


 それを見計らっていたかのように奥の一室に繋がる扉が開き、そこから二人の人物が現れた。

 一人は若い男、ヒュー殺害時にクルシェと一緒にいたソウイチである。


 もう一人は妙齢の女性だった。肩ほどで切り揃えられた光沢のある髪は青みがかった鋼色をしている。水色の瞳は空のようにその奥底を見通すことができない。

 たおやかな笑みを浮かべる女性、スカイエはこの酒場の店主であり、この街でも有数の仲介人である『白鴉屋』の六代目当主だった。この女性からクルシェは仕事を紹介してもらっている。


「あら、クルシェ、来ていたのね。早いこと」

「うん。近くにいたから」

「何か飲む?」

「じゃあ、蒸留酒ウイスキイの牛乳割りがいい」

「分かったわ。ソウイチ、用意してあげてちょうだい」

「ういっす」


 ソウイチは調理場で酒杯と酒を用意し始めた。クルシェやソナマナンのような仕事を紹介される人物と違い、ソウイチはスカイエに雇われている彼女の部下である。

 飲み物の準備をするソウイチを横目にスカイエが言う。


「ごめんなさいね。本当は私がお相手したいんだけれど、この後で寄り合いがあるのよ。今日は彼で我慢しといてちょうだい」

「うん。本当はスカイエの作ったお酒が飲みたいけれど、ソウイチので我慢するわ」

「け、好き勝手言いやがって」


 女性達のやりとりを背にソウイチが小声で毒づく。


「仕事の内容はソウイチに伝えてあるから、ソナマナンが来たら一緒に話を聞いてちょうだいね」

「分かったわ」


 そこでスカイエが心持ち目を細めてクルシェを正視した。


「今回の依頼は大変なの。かなりね。無理だと思ったら断ってもいいわよ」

「そんなに?」


 クルシェは驚いたようにスカイエを見返した。

 クルシェは経験こそ浅いものの、これまでに幾度もスカイエの依頼を遺漏無く遂行している。先日のヒューの一件もその一つだったのだ。


 実力においてはクルシェのことをスカイエが過小評価している筈は無いし、クルシェの経験の浅さを考慮してソナマナンと組んで行える仕事を斡旋してくれているのである。


 そのスカイエが依頼の危険性について言及するということは、クルシェの実績を鑑みた彼女が一段上の仕事を斡旋する気になったのかもしれなかった。


「大丈夫。きっとやり遂げてみせるわ」

「ふふ、期待しているわ。でも、決して無理はしないでね」


 スカイエは微笑むと、その優美な顔をソウイチへと向けた。


「それじゃあソウイチ、後は頼むわ。出るときに鍵だけかけておいてちょうだい」

「分かりました。……でも、この店に忍び込むバカなんていないっすよ?」

「この『白鴉屋』に敵対する者は必ずソヨカゼ運河の小魚の餌になると言っても、何も知らない空き巣までそうなるのは、さすがに可哀想でしょう」


 スカイエはそう言うと、クルシェに笑みを投げかけて外へと出て行った。

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