盲目のヴィルフェリーシア ~闇夜の死闘~

帝国妖異対策局

第1話 闇夜の決戦

「どうしてこうなった……」


 目の前にある死体の山を見て、山賊の首領サンタカは思わずつぶやいた。異様な事態に馬が怯えている。一緒にいる四人の手下と彼らの馬も動揺していた。


 ギルドに潜ませていた手下から聞いていたのは、採集クエストを受注したのはガキと若い亜人の女ということだった。


 二人が野営しているところを山賊の手下共に襲わせて、奴隷商に売り払うだけの簡単な仕事のはずだった。


 真夜中の襲撃は一瞬でカタが付くはずだった……のに……。


「なんで手下が殺されちまってるんだよ!」


 目の前には5人の手下が死体になって転がっていた。


「加速矢!」


 シュッ!


 暗闇の中から声が聞こえたかと思うと、手下の一人が額に矢を受けて馬から落ちる。


「そこか!」


 他の手下が矢が飛んできた方向に松明を投げると、そこに二つの影が浮かび上がる。小型の弓を構えた12歳かそこらの子どもが一人、そして短槍の穂先をサンタカに向けている少女が一人。


「ガキと……白狼族?」


 サンタカと手下三人が剣を抜いて二人を取り囲む。弓持ちがたったいま殺されてしまった。ガキが次の矢をつがえる前に行動しなければならない。


――――――

―――


 山賊が監視していることは野営を始めた時点からシーアが気づいていた。白狼族のシーアは目が見えない分、他の感覚が異常に研ぎ澄まされている。


「坊ちゃま、賊が五人……」


 ぼくはスープを温めていた鍋をひっくり返して焚火の火を消した。


 一瞬にして当たりが暗闇に包まれる。闇に早く目を慣らすためにぼくは目を閉じた。そのまま傍らに置いてあった弓と矢筒を装備する。


「「「「「!」」」」」


 賊が驚いて森から身を出したときには、ぼくは既に弓に矢をつがえていて、既にシーアの短槍が一人目の賊の腹を貫いていた。


「うぐっ!」


 焚火を中心に半径5mは平地だ。スライム等の魔物を寄せ付けないように【女神ラヴェンナの祝福の輪】を描いている。


 何も遮るものがないことが保証されているこの輪の中においては、シーアは存分に武技を繰り出すことができる。そして、暗闇の中においてはシーアは……


 無敵だ。


「ぐぉ」


 シーアの短槍が二人目の賊を屠る。


 そのときのシーアの顔は犠牲者に向けられておらず真横を向いていた。これはぼくに対する合図だ。射手がいる。

 

 ぼくはシーアの顔が向けられた方向に矢を放つ。


「加速矢!」

「ぐうっ!」

 

 弓を構えていた賊が胸に矢を受けて倒れる。


「がはっ」

「おっ……お……」


 ぼくが再び矢をつがえる頃には、残り二人の賊がシーアの短槍を受けて倒れていた。


「これで全部かな?」

「馬が5頭……近づいてます」

「とりあえず隠れよう」

「はい、坊ちゃま」


――――――

―――

 

 サンタカと手下三人は剣を抜いて二人を取り囲んでいる。馬上からなぶり殺しにするつもりだった。この二人には、殺された仲間の血にあがなうだけの苦痛をたっぷりと味わせてやる必要がある。


「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 白狼族の女が咆哮すると馬が暴れて手がつけられなくなり、サンタカと手下は馬を放棄せざる得なくなった。


 自分で馬から降りられた手下は二人だけだった。残りの一人は白狼族の短槍を胸に受けて落馬した。

 

「なんだこいつは!」


 月明かりに照らされた白狼族の女は目を包帯で覆っていたのだ。


「目が……見えてねぇってのか?」


 手下二人が女に飛び掛かる。この二人は双子で「地獄の双剣」と呼ばれている屈指の剣士だ。12人の王国兵士を相手に戦って勝利したこともある。


 二人のコンビネーション技は最強だ。二人を同時に相手にするのであれば、サンタカでさえ太刀打ちができない。


 なのに……。


 二人は白狼族の短槍にあっさりと貫かれて死んだ。


――――――

―――


 シーアはぼくを馬上の賊たちからかばうように一歩前に出た。


 ぼくに背中を向けているシーアの尻尾が、軽くピンと跳ね上がる。


 ぼくは瞬時に両手で耳を塞いだ。


「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 スキル【乙女の叫び】は平地であれば周囲10mの敵を拘束するバインドボイスだが、ぼくが近くにいるからだろう、その威力は弱めに抑えられているみたいだった。


 しかし、馬は暴れて賊たちは下に降りるしかなかった。降りようとしている賊の一人をシーアの短槍が貫いていた。

 

 バインド効果までは及ばなかったみたいだけど、賊たちは体感に多少なりとも影響を受けているはずだ。

 

「目が……見えてねぇってのか?」

 

 賊がつぶやくのが聞こえる。シーアが目に包帯を巻いているのはぼくの案だ。それを見た敵は間違いなく一瞬躊躇するはずだ。


 そして一瞬の躊躇でシーアには十分なのだ。


 双子らしい賊がシーアの短槍に以下略……。


 首領らしい男はかなりの剣の使い手だったらしく、シーアの攻撃を次々と打ち返していった。


 やがてシーアは受けるばかりになり、じりじりとぼくの方に押されていく。


 ニヤリッと首領らしい男の顔が歪む。


 シーアの尻尾が再びピンと跳ねた。


「加速矢!」


 シーアがしゃがむと同時に、シーアの背中に向けていたぼくの矢が放たれる。


 矢は首領らしい男のニヤケ顔を正面から射抜いた。


「終わりました」


 急に周囲に静けさが戻る。残っている馬の鼻息だけが聞こえていた。


「そういえばギルドには山賊討伐のクエストがあったけど、もしかしてこいつらのことなのかな」


 ぼくの言葉にシーアは頭を少し横に傾ける。


「とりあえずギルドに報告しに戻ろう」


 首領の遺体を馬に乗せる。


 ぼくが馬を引く手を反対の手をシーアがそっと握る。


 ぼくがゆっくりと歩き始めるとシーアもぼくの歩調に合わせて歩き出す。


 シーアの足取りには不安も警戒もない。


 もし盲目のシーアが一人でこの見知らぬ山道を歩くのであれば、相当慎重になっているはずだ。


 だけど、ぼくの手を握るシーアの手から、


 シーアがぼくのことを完全に信じてくれていることが伝わってくる。

 

 ぼくの目はシーアの目。


 キュッ。


 シーアの手が軽く握られる。


 街に戻るまでの間、いつものように、ぼくとシーアは手を握るだけ。

 

 他人から見ればただ手を握っているだけ。


 でも、そこで行われている暗号通信の内容は……


 秘密だ。


 キュッ。


 ぼくがシーアの手を軽く握ると、


 シーアの尻尾がパタパタと激しく振れ始めた。

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