真夜中タイムトラベル〜そのラーメン無かったことにできませんか!?〜

北 流亡

真夜中タイムトラベル

 園村そのむら加奈かなは猛烈に腹が減っていた。

 23時である。とっとと寝てしまえれば良いのだが、空腹感のせいで寝るに寝られない。

 加奈は必死に目を瞑る。腹の虫が鳴る。目がますます冴えわたる。眠れない。

 寝返りを打つ。壁に体を向けて、必死に羊を数える。

 羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹、ラムが4匹、ホゲットが5匹、マトンが6匹……


「……って、焼いてんじゃねーよ!」


 加奈は跳ね起きる。脳内に置かれた鉄鍋で、ジンギスカンがじゅうじゅうと焼けていた。唾液と胃液が湧き上がってくる。

 もう駄目だ。加奈はふらりと立ち上がり、台所へ向かう。

 冷蔵庫の中、ラーメンと豚肉とカット野菜が入っていた。

 脳内に、めくるめく濃厚な脂の味が広がる。

 そこからの記憶は無かった。

 気がついたら、目の前に味噌ラーメンが出来上がっていた。


「うわ……やっちゃった……」


 加奈は自分の食い意地に呆然とした。味噌の香りが鼻腔を刺激する。腹の虫が悲鳴を上げていた。


「まあ作っちゃったものはしょうがないし、食べますか」


 加奈がレンゲでスープを口に運ぶ。

 その時、雷光が加奈の部屋で弾けた。加奈はレンゲを持ったまま後ろに転げる。


「はあ……はあ……間に合った……」


 加奈が立っていた。椅子ごと後ろにひっくり返った加奈の前に、加奈が立っていた。


「詳しい説明は省く。私は明日のあなた。そして、あなたは昨日の私」


 加奈は強い目線で、加奈を見下ろした。


「今すぐそのラーメンを食べるのをやめなさい」

「え、でも作っちゃったし……」

「でもじゃない。そのラーメンに関して、あなたはものすごく後悔することになる。つーか、私はものすごく後悔している」

「いや、あなたは後悔してるかもしれないけど、私が後悔するとは限らないじゃない。むしろ、このラーメンを捨てた方が後悔する」


 加奈はおもむろに立ち上がる。明日の加奈はまっすぐとした瞳で見据える。

 ラーメンが乗ったテーブルを挟んで、合い向かう形になる。湯気が、2人の間で揺れていた。

 不意に、明日の加奈が口元に笑みを浮かべる。


「良いのかな?」

「……何が?」

「まだ戸締まりしてないけど?」


 そんなはずは無い。家中の鍵はしっかりと閉めているはずだ。だが、加奈の視線は一瞬玄関に向く。風。部屋を吹き抜ける。明日の加奈が、丼を奪取していた。


「……っ! この!」


 加奈の腕が空を切る。明日の加奈がスウェイバックで躱していた。上体が、靭やかにうねる。その間にもラーメンを啜っていた。右手、左手と繰り出すが、それも空を切る。心を読まれている。そうとしか思えないくらい迷いのない動きだ。明日の加奈はバックステップする。汁が、床に飛び散る。丼を口につけて持ち上げる。ラーメンはあっという間に空になっていた。


「さすが私の作ったラーメンね」


 明日の加奈は口元を拭った。加奈は開いた方が塞がらなかった。


「美味しかったわ。ご馳走様」


 雷光が弾ける。明日の加奈の姿は忽然と消え失せた。

 23時の加奈の部屋。空になった丼、味噌ラーメンの香り、床についたシミだけが残っていた。

 加奈は泣いた。





 結局、加奈は眠れなかった。

 夜中の2時である。苛々とした気分を紛らわすためにテレビをつける。


『昨日のちょこっとした失敗を取り戻したいあなたにプチタイムマシン! これさえ使えばあっという間に昨日に戻れます! 電話番号は……』


 腹の虫は、鳴り続けていた。

 加奈は急いで電話をかけた。

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