09.デビューは失敗するもの

 ***


 コリー・ドーソンは今期のDランク試験合格前から大手ギルド・《レヴェリー》に囲われていた人員の一人だった。

 自分でも当然だと思う。幼い時から剣の稽古は欠かさなかったし、魔力だって平均よりやや上程度にはあった。ギルドで働きながら一攫千金。大きなクエストを月に1、2個くらい受けてあとは自由に生活。それが将来の夢だと子供の頃からそう思っていたものだ。


 そんな訳で17歳になった今、ようやく大手ギルドの招待を受けて《レヴェリー》へ加入するに至った。意外と時間が掛かってしまったが仕方が無い。

 ただ大手に入れた達成感と優越感は尋常な物ではなかったと言える。全人類にその事実を吹聴して回りたいくらいだ。


 ――そう、数十分前まではそんな気分だった。


 今は真逆。身体の震えが止まらない。端的に生命の危険を感じていた。

 というのも、ギルド協会が定めたジョブなる定義。これをギルドボードに記載する為、各ジョブについての説明会が今まさに行われている。登録をミスすると再登録が面倒らしいので、一回で終わりにしたかった。

 そしてそれは多くの人手を抱えている《レヴェリー》側も同じである。登録ミスで要らない仕事が増えないよう、わざわざ各ジョブの説明映像を数時間取って流してくれたのだ。こういう余裕のある所が本当に大手と言った一面か。


 途中までは何ら問題無く上位ランカーの立ち回りを観ていた。話が変わったのは最後。「オールラウンダー」ジョブについての説明だ。そもそも、特殊なジョブで登録者が幻かってくらい、いないらしいジョブなので無理してこのジョブで登録するなとサブマスター・コンラッドから説明があったのも不穏な開始だったと言える。

 ――まあ、俺はオールランダーでも案外行けたりして。

 なんて、映像が始まる直前までそう思っていた。ただ、映像が始まってすぐに思い至る。


 ――コイツ等、数日前にロビーで絡んだらナイフを持ち出してきたイカレ野郎共だ。

 正確に述べるのであれば、無表情なBランカーの女がそれを持ち出してきたし、コイツは馬鹿かと嘲笑うつもりだった。が、それを見たギルド員達が異常な反応を示し、半ば引き摺られるようにしてロビーから連れ出されてしまったので、そこまでの行動には至れなかったのだが。

 ただ、周囲は何を騒いでいるのか。ナイフで脅してきただけだろう、と当時は思っていた。が、今は――


 もしかしたらあの時、誰も止めてくれなかったら普通に殺されていたのではないか、とそう思う。


 映像の立ち回りを見るに自分達が3人で束になって掛かっても秒で伸されていた事だろう。加えていくら投映とはいえ、同期の腕を吹き飛ばす事に一切の躊躇が感じられなかった。

 あの瞬間悟ったのだ。ああこの女は、やると決めたら絶対にやる奴だと。

 浮かれてとんでもない連中に楯突いてしまった。このままだと、明日、明後日くらいには自分の遺体が川に浮いている可能性も捨てきれない。


 しかも先程から、同期達の冷たい視線がチクチクと刺さっている。それもそうだろう、この映像を観るまでの数日間でAランカー達と喧嘩したと武勇伝じみた語り方を同期達にしてしまった。アホ程浮かれていたからだと思う。

 よく覚えていないが、腰抜けで全然やり返して来なかっただの、Bランカーの女がナイフなど持ち出してきてとんだお笑い種だっただのと恐ろしい事を話した気がする。


 ――俺の馬鹿……! マズい、ここを辞めたら後は中小ギルドしかないが、そこにはクエスト自体がない……!!

 しかし死にたくないのも事実である。もう辞めたくなってきたが、将来設計の為、簡単に辞める訳にもいかない。


「なあ、コリー。もしかしてこれ、手の込んだ殺害予告なんじゃないか? 俺達の……」

「はあ? そ、そんな訳……」

「でもほら、トドメのナイフ……あれ、俺達を刺し殺そうとした時の奴だろ。多分」


 あの日、一緒にエルフの女性をナンパしていた仲間の一人が震える声であまりにも冴えた推理を披露する。

 そうだ、言われてみれば。ナイフなんて何本も所持しているとは思えないし、そもそもトドメがナイフというのも引っ掛かりを覚えていた。最後の最後で暗殺みたいに地味な行動を取ったのも、自分達へのメッセージだったというのか?


 そうだ、そうに違いない。胸のバッチでこちらがDランカーのヒヨコ集団である事は明白だ。こうしてジョブ説明映像をみせられる事も知っていただろう。であれば、この映像はこちらへ向けたキルビデオレターとでも言うのだろうか。


「……なあ。謝罪しに行った方がいんじゃね? これ殺されるよ、俺達」


 一人が溢した言葉にコリーは頷いた。誰もが今考えている事なのだが、恐らくそのまま放置していると次会った時に暗殺されると思う。出来るだけ人が多い所でBランカーの彼女を発見し、大勢が見ている場所で謝った方が良い。人の目があれば最悪、その場で刺殺される事は無いはずだ。

 3人の中で比較的、物事を深く考えるコリーは今の考えを仲間達に打ち明ける。普段は馬鹿騒ぎしている他2人も、非常に神妙そうな顔で頷いた。

 輝かしいギルドライフを守る為、出来るだけ早く、奴に見つかる前にこちらから見つけて謝らなければならない。

 軽い気持ちで行ったナンパが命の危機に発展するとは。人生とは分からないものだ。

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