第3話


風呂から上がったときには汐音のブラジャーは跡形もなく、姿を消していた。

回収し忘れたことに気づいた汐音が回収したのだろう。

身体をタオルで吹き、下着を身に着けた後、悠希は寝室に向かう。

寝間着の服を取りに行くために。

汐音はまだ、リビングで食事をとっているだろうと考えて、寝室に入ると、汐音が再び部屋の片づけをしているのが目に入った。

「もう、上がったのね」

そう言ってちらりとこちらを見た汐音の視線はすぐに背けられた。

「ふ、服を着なさいよ」

声を少し荒げた汐音の頬は少し赤く染まっている。

相変わらずウブな反応だ。

「別に男の下着姿なんて水着と変わらんだろう」

「いいから、早く服を着なさいよ」

「はいはい」

下着姿のままいると汐音がうるさそうだったので、適当に服を見繕って着る。

その間、律儀にも視線を逸らしていた汐音に声をかける。

「もう、着替え終わったから見ていいぞ」

「別に矢城君を見たいなんて思っていないのだけど」

相変わらず鋭い目つきで汐音が悠希を睨みつける。

「柏木はもう飯、食ったのか?」

柏木さんと呼んでいたが、それも面倒になって、さんを除く。

「ええ」

「そうか」

話すことも無くなって会話が途絶えたので、悠希は寝室からリビングに移動した。

リビングの机の上に置いていた唐揚げ弁当と春雨スープ(かきたま)×2は姿を消していた。

春雨スープの一つは悠希のだったのだが、お腹を空かせた汐音が食べてしまったのだろう。

まあ、いいか。

間食はあまりよくない習慣だと、母親からもお小言を貰ったし。

夕食を食べる前に読み進めていた小説を手に取りページをめくる。

ページをめくればめくるほど本の内容に引き込まれる。

ゆっくり流れているかのように錯覚すらできる静かな時間。

その時間が悠希にとっては至福だった。

気が付いたときには、時刻は十二時を回っていた。

ソファから腰を上げると、汐音が机に座って手を動かしている。

よく見ると、手元には高校で使っている教科書が見える。

予習か復習をしているのだろう。

集中している汐音に声をかけるのも憚られたので、もう一度本に視線を移そうとしたところで、ちょうど顔を上げた汐音と目が合った。

「教科書借りているわ」

「?」

「私のは教室に置いてきたから」

「予習しているのか?」

「いえ、テスト勉強よ、一か月後には中間テストがあるでしょう」

「そうなのか?」

テスト勉強など、一週間前くらいに先生から告知されてから慌てて勉強し始めるのが悠希のやり方なのでそんな先のことなど全く考えていなかった。

「先日、配られたプリントに書いてあったわよ」

確かに、先生がそんな感じのプリントを配ったような記憶はあったが、中身は見ていないので、全然知らなかった。

「真面目なんだな」

「これくらい普通よ」

「そうか」

勉強もひと段落ついたらしく、汐音が席を立つ。

「そろそろ、私寝ようと思うのだけど、どこで寝ればいいかしら」

「ベッドかこのソファだな」

「じゃあ、私は居候の身だし、ソファでいいわ」

「そうか、じゃあ、俺はベッドで」

「……矢城君、そこは女の子をソファで寝せるなんてできない、ベッドを使ってくれって言うところでしょう」

「いや、俺はベッドが良いし」

「……分かったわソファで我慢することにする」

「いやあ、助かる」

汐音がジト目で悠希を見つめる。

咎められている視線を感じて悠希が目を逸らすが、視線が途切れる気がしない。

「分かった一週間のうち二日ベッドを譲ろう」

渋々、悠希がベッドで寝る権利を二日分手放すが、視線は途切れない。

「……分かった一週間のうち三日ベッドで寝る権利を譲る」

「仕方ないわね」

納得したようにうなずいた後、汐音が立ち上がり、悠希の横に腰かけてくる。

汐音の身体から香る甘い香りが悠希の脳をほんの少しだけ揺さぶる。

「矢城君、今日はありがとう」

ぽつりと汐音が感謝の言葉を漏らす。

珍しく態度がしおらしい。

「どうしたんだ、急に」

「正直な話、行く当てもなくて本当に困っていたから」

「そうか」

「ええ」


会話が一段落したところで悠希は寝室に向かうために立ち上がる

隣で汐音が眠そうにあくびをしたのが横目で見えたからだ。

「矢城君、おやすみなさい」

「おやすみ」

最後に短く言葉を交わして悠希は寝室に向かう。

寝室から毛布を一枚とって、リビングに向かうと既に汐音はすやすやと寝息を立てていた。

汐音に優しく毛布をかけた後、悠希も床に就いた。


異性が一つ屋根の下で寝ていることなど特に意識することなく悠希はあっさり眠りについた。

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