第3話 帰れ!

 いつものように学校で過ごして、いつものようにまっすぐ帰宅する。

 自室で宿題をしている合間、俺はため息をついて背もたれに寄りかかった。


 今朝からずっと、俺を殺しに来たという天使セラフィリのことが、頭から離れないのだ。そのせいで授業もあんまり頭に入ってこなかったし、友人に、『なんだかボーっとしてるぞ』と言われたし……。


 せっかく時間もあることだし、少し落ち着いて考えてみよう。

 

 まず、この世界には天使や神などがいるという前提で考えよう。

 今朝、セラフィリは俺に向かって、『神の名において貴方を殺しに来ました』と言った。つまり、神がセラフィリに俺を殺すように命令したということだ。そこには神の『俺を殺したい』という意思が働いていることになる。


 じゃあ、何故神は俺を抹殺しようとしたんだ? 理由も無しに神が俺を殺すとは到底思えない。神が軽く人を殺すような横暴者でなければ。


 俺は自分のことを、ごく一般的な高校生だと思っている。過去に特に何か悪いことはしていないし、何か事件を起こしたことも、事件に巻き込まれたこともない。


 いや、正確に言えば、二年前に一度だけ、事故の現場に遭遇してしまったことはあるのだが――


 ……いかん、思い出すのは止めよう。深呼吸深呼吸。


 深呼吸で心を落ち着かせた後、俺は思考を再開する。


 こんな青春を謳歌しているただの高校生に、いったい神が何の用なんだ? 全然分からん。


「やっぱ、神の思考は凡人には理解できませんねぇ……」


 うーん、と伸びをして、結論の出ない思考にとりあえず終止符を打つ。ちょうどそのタイミングで、ピーンポーンと階下でインターホンが鳴った。


 もう帰ってきたのだろうか? それにしてはずいぶん早い。わざわざインターホンを鳴らすなんて、また家の鍵を忘れてしまったのだろうか。


「はーい」


 俺は机から離れると、階段を下りて玄関へ向かい、ドアを解錠する。

 そして、ガチャリと開いたドアの向こうにいたのは――


「お久しぶりです、雨宮慧君」


 まさかの、今朝俺を襲って殺しに来た張本人、天使セラフィリだった。


 しかし、今朝とはだいぶ様子が異なる。頭の上に天使のリングは浮かんでいないし、背中からデカい翼も生えていない。それに、服装はカジュアルな、そこら辺の女子高校生がしていそうなものになっている。それでも、俺はコイツの顔を見た瞬間、あのセラフィリだとすぐに理解した。


 とりあえず色々ツッコみてぇ……だがツッコみたいところが多すぎて、どこからツッコめばいいのやら……。


 俺が固まっていると、セラフィリは天使の笑顔でこう宣った。


「もしよろしければお宅に入れさせていた」

「帰れ」


 もちろん、俺は即座に拒否して全力でドアを閉めた。

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