第5話 ただの不思議なクラスメイト「……そんなの奇跡じゃん」
理由なんてどうでもいい。
俺のクラスの委員長は、次の日学校へ出席しなかった。
別に来ても来なくてもどっちでもいいが、あの委員長が欠席したとなると、クラスの奴らは大騒ぎだ。
病気か、それとも家の事情か。
俺はいつものように周りの声にイライラしながら、昨日読んでいた漫画の三巻を読み始めた。
漫画を読んでいる最中に他の奴に絡まれたため、全然手中して読むことができず、結局二巻までしか読めなかったのだ。
今日も周りの奴らがうるさいから、熱中して読めるかはわからないけど……とにかく、今は集中しよう。授業で疲れた体を癒すには、楽しいことや面白いことをするのが一番だ。俺にとっての楽しいことと言ったらもう、それは漫画しかないわけだ。
俺は1コマ1コマ丁寧に、一周目の見落としがないか確認しながら読み進める。一周目は好奇心に駆られるため、どんどん次のページへと行きたくなってしまう。そこは欲望に正直になるべきだと思うので、俺は何度も読みまくって、どんどん理解を深めていく。
足をしっかりと地面につけ、椅子は少し引いて、綺麗な姿勢で読む――すると。
「めっちゃ姿勢いいじゃんかー」
肩を叩かれた
俺が振り返ると、今回は顔がはっきりと見えた。性別は……多分、女だろう。繊細な髪の毛と、色白のきれいな肌。誰もが美しいと思ってしまうだろう。
俺はこいつのことを全くと言っていいほどに知らない。
「ねぇ
初めて、名前を呼ばれた。そして彼女は言う。
「キミさ、ここたんとひめちゃんがなんで学校来ないのか知ってるでしょー?」
「………………」
……何を言っているのだろうか。学校来てない奴のことなんか知るか。『ここたん』と『ひめちゃん』? そんな変な名前の奴、俺は知らない。
「誰だよそれ」
「あっ、ひどいよ照橋くん。仲良くしてたじゃんかー」
「知らないぞそんなかわいい名前の奴」
「かわいい名前って……あだ名でしょ。
「あぁ……」
「ああじゃなくてー」
彼女は、唇を
「いやあだ名とか名前じゃないだろ。そんなこと言われても俺分からんぞ」
俺ははっきりと言い放つ。すると彼女は呆れたようにため息をつく。
「大体わかるでしょー…………でさ、私が聞きたいのは心葉ちゃんと姫愛ちゃんが学校来ない理由。わかるんでしょー?」
「……? 俺がなんでそんなこと知ってると思ったんだ? てかお前誰よ?」
「誰って……見ての通り清楚可憐な美少女だけど。……で、まあ
……なんで知ってると思ったかっていうとねー……」
少し考えるようなそぶりを見せてから、彼女は頷く。美少女……やはり女で合っていたようだ。
「このまえ心葉ちゃんは照橋くんに抱き着いてるの見ちゃったし、その次の日だったからなんか根に持ってるのかなぁって思ったのと、姫愛ちゃんは珍しく照橋くんとしゃべってたからちょっとねー」
彼女は綺麗な指をくるくる回し、
でも、今はそんなことどうだっていい。問題はいま彼女が言ったことだ。彼女が言ったことは、俺には全く身に覚えがない。
「は? 何言ってるんだ? 俺に抱き着いた? 心葉が? いつの話だよそれ」
「え? つい1週間前のことじゃんかー。もう忘れたのー?」
「なんだよそれ。抱き着かれたりしたらさすがの俺でも覚えてるだろ」
「そうでしょー。……ねえ、本当にあの日のこと覚えてないのー?」
彼女は言いながら、驚いた様子で目を見開いて、両手の指を
今、こいつはなんて言った? ……えっと。……匂いのせいで思考が鈍ってくる。『あの日のことを覚えていないのか』……って……えっと……俺はたぶん、そのことを全く覚えていない。
「全く覚えてないな。それと……あと、その……『めあり』って誰だ?」
「は? いやいや冗談止めてよねー」
笑って言う彼女を見ながら、俺は真面目に疑問を抱いた。
「いや冗談でも何でもなく。誰だよそれ」
「…………ま、まじで言ってるの?」
「ああ。マジで言ってる」
「は? 信じられない……」
彼女は目を見開いて、驚愕の表情を表す。
……いやいや。誰だよそいつ。俺とそいつが喋っていた? 俺がそんな名前も知らん奴と馴れ合うわけないだろう。
「昨日も喋りかけられてたでしょ?」
「昨日? いつだよ。知らないけど」
「え? まあ喋りかけられても無視してたけど、さすがにあれで気づいてないってことはないって。照橋くんに触ってまで喋りかけようとしてたしね。それもすごい必死で。それで姫愛ってもしかして照橋くんのこと好きなんじゃないかなって」
「は……? 冗談止めろって。俺が体触られてまで喋ろうとしないなんて、そんなことあるのか? 俺そいつのことめっちゃ嫌いなんじゃ……」
「え? 嫌いなの? 委員長だよ、学級委員長。嫌いだったの?」
ん? 今なんて言った?
「はぁ? 委員長だって? 委員長って言ったら、今日休んでるあいつだろ……って、休んでるのは心葉と委員長だけか。じゃあつまり、姫愛っていうのは委員長のことなんだな」
「誰だと思ってたのー?」
彼女は呆れた表情を見せながらも、隣の机にもたれかけて俺に訊いてきた。……誰だと思ってたか……って言ったって、俺委員長に話しかけられたっけ……? 犬になってたことだけは覚えてるが……。
「誰だとも思わなかった。でも、俺昨日委員長に喋りかけられた記憶ないぞ。……というか、昨日委員長学校来てたか?」
「来てたにきまってるでしょー。昨日学級委員長が仕切って学級会やったの憶えてないかなー?」
「そっち系の話はマジで分からん」
またしても信じられないという表情を見せる彼女に、俺は真剣な表情で言い返す。授業とかにかかわる話はマジで分からん。テストでいい点とったり授業態度とかまあまあ良ければ成績は何とかなるだろうし。わざわざそういうよくわからん話に首を突っ込みたくないのだ。
「そっち系って……キミほんとに馬鹿なの? それともただの記憶障害?」
「いやいや。印象に残ってないだけだろ。俺は昨日お前が話しかけてきたせいで漫画に集中できなかったからお前のことをよく覚えてる」
「え? なにそれー? ひめちゃんが話しかけてたのは邪魔じゃなかったってこと?」
「何言ってんだよ? 邪魔に決まってるだろ。だから俺は信じてない。お前の言ったことを全面的に」
「えぇ〰〰?」
彼女は人差し指をくるくる回しながら続ける。そしてその指を俺に突きつけ続ける。
「ひっどーい。あたしこの目でしっかり見たんだってー。あたしだけに気づくなんて……そんなの奇跡じゃん」
「……っ……奇跡…………か」
「どうしたー?」
聞き覚えのある言葉に、俺は少し不快感を覚えた。もう覚えていないけれど、忘れたはずだけれど、決して消えない、消えてはならない根強い記憶。奇跡……そんな言葉で片づけていいものなんだろうか。
俺はもしかしたら重度の記憶障害なのかもしれない。だが俺はそれで困っていない。むしろ助かっている。忘れるべき人を忘れることができて、うれしいはずなんだ。だから――
「……いや。奇跡なのかもしれないが、俺はお前が嫌いだし、さっきも言ったけど全く信用していない。俺は絶対にお前に賛同しない」
「な、なにそれー? あたしに歯向かう気なのかなー?」
「は? 何言ってるんだよ。俺の記憶から消してやるんだよ。印象に残らんようにな。これからは邪魔されても気づかない。これでどうだ」
俺は誰とも話したくない。だから今だけは、これが最適解――
「ダメだよそんなことしたら」
彼女はそう言って、少し真剣なまなざしで。
「あたしの名前は角原
俺に顔を近づけて、かっこいい口調から、元の口調に戻り、にこっと不敵な笑みを浮かべた彼女――角原と名乗った不思議な少女は、くるりと180度回転し、教室の扉から出てい――――
――キーンコーンカーンコーン。
「間違えましたー!」
昼休みが終わり、午後の授業が始まる時間。
お転婆な彼女は、クラス中によく響く声で、元気よくそう言ったのだった。
まあ……そんなの俺には関係ない。
あいつなんて全く関係ない。幼馴染でも委員長でもない、ただの不思議なクラスメイト。俺が彼女と関わる理由なんて一つもない。
いつものように、俺がナントカっていう名前の委員長を忘れたみたいに、あいつの名前も忘れればいいのだ。角原……そんな名前なんて、俺の世界から消えてしまえ。頭の中から消滅してしまえ。
俺の考えは、絶対に変わらない。変わることなんてあってはならないのだ。
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