海の伝説


 巨大なハモの怪物、リヴァイアサンまでは距離がある。


 だけど、距離があるここからでも、その顔は見上げないと見ることが出来ない。


 ――怪物は、それほどに大きかった。


 白く輝く鱗に、薄い赤紫と、青紫の模様の混ざる体は美しいと思う。


 巨体の半分を水面から出して朝日を浴びている姿は、なかなかに雄大だ。


 裸のおっさんが叫んだ。


「カレンよ、あまり呑気に構えるな。あれはさすがにマズイぞ!」


(不味い? 別に食べる気なんて……)


 私は怪物の大きさに衝撃を受け、頭がぼんやりしていた。――そこで怪物が動き出す!


 リヴァイアサンは、尻尾を一掻き。


 ……たった一掻き。


 その一掻きに、大津波が巻き起こる!


「津波って初めて見た! どうしよう、どうしよう!?――誰か、どうにかして!!」


 パニクった私は、人任せに叫んだ。


 その叫びに、水色の宝石が反応する。


 水色の宝石が輝いて、私の左腕を中心に、巨大な魔法陣が展開されたのだ!



 水色の魔方陣が大きく展開!


 辺り一面を、一瞬で取り囲む!


 それでも、津波はお構い無しに押し寄せる。


 だけど魔法陣の上には、何かガラスのような壁があるみたい……津波はその壁に阻まれて、水のカーテンを生み出した。


 そして勢いそのままに、津波は通り過ぎて、海の彼方に去っていったのだ。



「――や、やばかった!

 俺も巻き込まれて、死ぬところだった!」


 リヴァイアサンを召喚した緑の牛が、なんだか無責任なことを言っている。


 周りの海は、津波にその水を持っていかれた様子で、海の底が見えている。


 その海の底から、バケモノが出現した!


 銀の鎧と銀の槍、銀の鱗に覆われた身体、そんな姿のたくさんの兵士たちが現れる!


 その兵士たちは半魚人……


 私は、新たな魔物の出現に警戒する。


「嘘!? 敵が増えた!?」

 

 だけど、半魚人の兵士たちは、私たちに襲ってはこなかった。


 それどころか、さらに意外な行動を見せる。


 半魚人たちは整然と、向かい合わせに二列に整列。――まるで、私に続く道みたいに。


(なんだなんだ? なんのパレードの始まりだ?)


 私があっけにとられていると、さらにさらに、私の予想外の相手が現れる。


 半魚人の隊列の真ん中を、籠に乗って美しい女性がやってきたのだ。


 深い海を想わす長い髪、深い海を想わす青い瞳。


 その瞳で私を見て、彼女は優しく微笑んでいる。


 ――緑の牛が、震えた声で言った。


「そ、そんな……、海の女王が、なぜ……?」


 そう口走った緑の牛を、半魚人の兵士たちが瞬時に取り抑える。


「海の女王ではない! 人魚姫様だ!」


「海の女王たる人魚姫様は人魚姫なのだ!

 人魚姫様と呼ぶのだ! または、プリンセス・オブ・マーメイドとお呼びせよ!」


(ツッコミ所が満載だ!)


 私は、どこからツッコめばいいか混乱していた。


 その間に、籠は私のすぐ目の前まで来ていた。


 籠から女性が、私に向かって飛ぶ。


 ――そして、抱きついてくる。


「カレン、久しぶりね! 会いたかったわよ♪」


(ああ、せっかくさっきエルザちゃんに触れてスッキリしたのに、また生臭い……)


 私はちょっと嫌な顔……顔を背けて拒絶の反応をする。


 だけど、半魚人のおねーさんは両手で私の頬を持って、私の顔の向きを変えさせる。


 ――彼女は、私の目を覗いて言った。


「全てのカケラは手に入れたみたいね。おめでとう、カレン! 今のあなたなら、あんなバケモノも簡単に従わせられるはずよ。」


「え?」


「まあ、やり方を見せてあげるから見てなさい。」


 そう言って、おねーさんは右手で指を鳴らす。


「見える、カレン?」


 おねーさんにそう言われて、私はリヴァイアサンの方を見た。


 すると、その身体を水色や緑の光が覆っている。


「カレン、これが魔力。こうやって魔力で囲んだら、今度はどうしたいかを願うの。

 私は、水の精や風の精に力を借りて、あのバケモノを捕らえたいと願う……」


 そう言って、目を閉じるおねーさん。


 すると、竜巻が巻き起こる!


 その竜巻は海水を巻き上げ、その海水はリヴァイアサンを取り囲んだ!


 ――怪物が、竜巻の中で溺れている!


 半魚人のおねーさんは、強く言葉を放つ!


「さあ、リヴァイアサン! 私に従って海へとお帰りなさい!」


 すると海水を巻き込んだ竜巻が、空へと浮かび上がった!


 そして、リヴァイアサンともども、遥かな海の先へ飛んでいったのだ!


(えー!)


 あまりにあっさりした怪物の退場に、私は心の中で驚いた。


 おねーさんは、私に言う。


「わかった、カレン? あんな感じね♪

 あなたならどんなバケモノだって従えられるわ。あなたに逆らえる者はいないから。」


(いやいや、無理だろう!

 あんたがバケモノなんだよ、おねーさん!)


 ――リヴァイアサンは退いた。


 残った魔物も、半魚人たちが一掃している。


 一晩かけた戦いは、こうして幕を閉じたのだ……




 ここには女性が多いので、裸のおっさんは見せられない……なので、帰ってもらった。


 だけど、ワンピースの少女と、そのオプションたちには残ってもらう。


 ――ちょっと、私に考えがあった。


「えっと、エリザちゃん……だよね。

 もしかしてエリザちゃんの力なら、ここの人たちの呪いを解けるんじゃないかなぁ?」


 私が聞いても、彼女は声を出さない。


 代わりに、付属品たちが喋りだす。


「エリザならできるさ!」

「できるに決まってるじゃないか!」

「そうだ! エリザは……」


 うるさくて、私は耳を押さえようとする。――だけど、途中で声は聞こえなくなる。


 見ると、少女がオプションたちの草の冠を、金の王冠と入れ替えている。


 そうすると、彼らは元の白鳥の姿に戻るのだ。



 少女は兄たちをおとなしくすると、私の手をとって集落の中へと歩き出した。


 その柔らかな手に握られながら、私は呪いで苦しんでいる人たちの所まで歩くのだ。


 動ける集落の人たちも、私たちについてきた。


 一応、白鳥たちもついてきている……


「エリザちゃん、いけそう?」


 私は、不安と期待を抱えながらエリザちゃんに尋ねる。


 彼女は相変わらず声は出さないけれど、代わりに優しく微笑んでいる。


 そして、死ねない呪いにかかった、包帯だらけの患者の一人に触れたのだ。


「うそ……!?」


「すごい……」


「傷が、傷が治っていく!」


 私の驚きを代弁するように、集落の人たちの声が漏れた。――白鳥たちは輪になって、ウザったい歓喜のダンスを踊っている。


 彼女は次々に、患者たちを癒していった。


 そして、全員の治療を終えた後、私に何か伝えようと両手をフリフリとし始めた。


(か、可愛い!)


 でも私には、彼女が何を伝えたいのかがわからない。


 すると、彼女は白鳥の一匹を騎士の姿に戻した。


「エリザはこう言っているんだ。傷は治したけど、死ねば魔物になる呪いを解いたわけじゃない。

 呪いは魔王を倒さないと解くことはできない。呪いは解けないけど、エリザは頑張ったんだぞ! エリザはすご……」


 ――再び彼女は、騎士を白鳥に戻した。


 そうして、私に微笑みかけるのだ。


(できる! この娘、できるぞ!

 うるさい兄たちを、扱いこなしていやがる!)


 私は、エリザちゃんに感心した。


 そして、彼女にお礼をする。


「ありがとう、エリザちゃん。魔王を倒せばいいんだね。――私、頑張ってみるよ!」


 そう私がお礼をすれば、少女と白鳥たちは、光とともに消えていった……




 朝の海岸で、私は魔王を倒しに向かおうとしていた。


「私たちもついて行きます!」


「怪我をして魔物になって、カレン様のご迷惑にならないように気をつけます!」


「遠距離魔法を得意とする者を集めました!」


「だから、連れて行ってください!」


 集落の人たちも、協力してくれるらしい。


 集落からは十数名の女性たちが、私についていくと言って集まってくれたのだ。


「なら、近距離の護衛役は私が用意しないとね。

 あなたたち、カレンについていってあげて!」


 半魚人のおねーさんが、そう提案する。


 半魚人の兵士の十数人を、私や魔法使いたちの護衛としてつけてくれると言うのだ。


 半魚人のおねーさんは、私に言った。


「私もね、力を貸してあげたいけれど……」


(そうだ! バケモノのおねーさんの力があれば、魔王だって倒せるんじゃないか!?)


 そう期待する私に、おねーさんは話す。


「あの女は強いし、私じゃ相性が悪いのよね。

 風の精霊の力を私以上に借りられる勇者なら……だけど、彼はたぶん。――でも、カレン。あなたならきっと、なんとかできるわ。」


「私なら?」


「あの女も私たちと同じ、あなたが生んだ魂よ。そのブレスレットに、あの女に対応した宝石がある。

 あなたが願えば、あの女を封じられるはず。」


 そんな攻略法を、私に伝える。


(魔王ってそんなに強いのか! あんたよりも、バケモノなのか! 魔王って女なのか!

 魔王も……私の魂を運んだ一人なのか!?)


 いろんなことに驚く私。


 そんな私に、バケモノのおねーさんが優しく微笑む……そして、ほっぺをグイっとつねってきた。


「ねえ、カレン。さっきからあなた、なにか私に失礼なこと考えてない?

 ――私は人魚姫! いい! 人魚姫よ!」


「ふわくッたひょ、人魚姫のおねーひゃん!」


 ほっぺをつねられながら、私は恐ろしいバケモノに返事を返す。


 そうして海の女王は、半魚人の兵士を引き連れて、海へと帰っていったのだ……



 私は、海に伝わる「おはなし」を思い出す。


 人魚姫に会ったものは、彼女に海から救い出されるという……


 海の女王に出会ったものは、海へと引きずり込まれ、もう帰ることは無いという……


 ――そんな二つの伝説を、私は思い出した。

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