焼き鳥は、彼女の故郷の味らしい。

羽鳥(眞城白歌)

無精髭、狐っ娘の故国を学ぶ。


「ダズ、見て見て! ヤマドリってきた!」


 昼下がりの食堂に響いた声に、読書中だった俺は危うく椅子から転げ落ちそうになった。

 ここは世直しを目指す革命軍が拠点としている砦で、隔壁かくへきの外側は深い樹林が取り囲んでいる。砦の敷地内での栽培、飼育は限られたものになるので、食料調達の主な手段は外部からの補給と森での調達だ。

 だが森は樹霊たちの影響で迷いやすいため、担当者以外が狩りに出るのは原則禁止になっている。


「ミスティア、おまえまさか一人で森に!?」

「ううん。狩りに行きたいって言ったら、ヴェルクが一緒に来てくれたんだ!」

「……そうか、そりゃ良かったな」

「うん!」


 元気のいい返答を聞いて、俺は一気に気が抜けた。

 革命軍のリーダーである人間族フェルヴァーのヴェルクは、島育ちで狩猟経験が豊富らしい。翼族ザナリールのミスティアは彼に想いを寄せているらしく、深青色の両目をキラキラと輝かせ頬を上気させてる姿は、まさに恋する乙女ってやつだ。

 右手に処理済みの獲物をぶら下げてなければ……な。

 風の民また弓の民と呼ばれる翼族ザナリールは、小柄で非力ながら狩猟や採集を得意とする者が多い。狩りデート、まさに革命的レボリューション、ってか?


 ミスティアは髪を編んでリボンを飾ったり、都会的でお洒落なワンピースを着ていたり、加護付きのペンダントを身につけていたりと、一見すれば育ちのいいお嬢さんだ。

 ウチに集う連中は戦いを目的にしているだけあって人間族フェルヴァーの男連中が多く、彼女が砦入りした時はだいぶ沸いたらしい。


 実際にはミスティアは守られお姫様などではなく、弓を手に戦う戦乙女だった。

 ウチのリーダーが彼女を気にかけているのも傍目からなんとなくわかるので、当たる前に砕けちまった男心を持て余す連中が、夜ごと涙とやけ酒をくみ交わしているとか。

 可哀想、とは思わないが、酒のアテに差し入れてやろうかと思っていた品を試してみるのに、ヤマドリは絶好の素材だ。


 読んでいた本を閉じ、俺の斜め向かいの席で尻尾を揺らしながら成り行きを見守っている妖狐ようこ娘のヒナに手渡す。

 和国島国出身の彼女はまだ大陸共通語コモンに慣れておらず、共通語コモン訳された和国の物語を教本テキスト代わりにして、言葉を勉強してる。これは和国に伝手のある人からもらったもので、手作りの短編集だ。

 料理屋と客が繰り広げる短いエピソードを集めており、一話が短く筋もわかりやすい上、俺が和国の文化や料理を知る取っ掛かりにちょうどいい。


「よし、そいつで『ヤキトリ』作ってやろうか」


 狐っ娘の薄荷はっか色の目が大きく見開かれた。不思議ないろ合いをたたえたヒナの目はいつ見ても綺麗だなぁと思う。


「やきとり! 好きっ」

「うん、鳥肉は香草ハーブとかと一緒に焼くと美味しいよなっ」


 獲物を掲げて満面の笑顔なミスティアは、鳥の丸焼きを想像してるんだろう。和国独特の調味料は代用できないモノも多いので、味の再現には限界があるんだが、読んでた本によれば肉に付けるタレは店ごとに秘伝らしい。

 それなら、俺流でアレンジしてもいいってことだよな。わからんけど。


 生き物の血肉というのは食べた物から造られる。ここダグラ森は精霊たちが活動的な豊穣の森で、鳥も獣も魚も臭みが少なく味わい深い。その中でもヤマドリは最上級の鳥肉だ。

 塩と香草ハーブでシンプルに焼いても美味しいだろうが、せっかくだから一手間かけてみよう。と言っても、俺も現物は食べたことがなくって、本から得た知識のみの見様見真似ではあるが。


「ミスト、やきとりは、くしやきですの。でん……でんの、タレ? やくの」

「串焼き? 串焼きも楽しそうだな! ぼくも手伝おうか?」

「ヒナもミスティアも厨房に入って、ヤマドリは調理台に置いて手を洗ってこい。ヴェルクも後から来るんだろ? 一緒にやろうぜ」

「うん、わかった。ヴェルクも来ると思うよ」


 仕留めたあと完璧な下処理までしこなす二人だ。その場で焼いて食べても良かっただろうに、手をつけずここに持ち込んで来たのは、他の皆にも食べさせたいと思ったからだろう。

 砦連中全員に行き渡る量はないが、午後のおやつにはいいサイズだ。


 俺は早速、丸々と太った鳥の解体を始める。可食部は部位ごとに分けて並べ、残ったガラは別に包んで冷蔵室へ。ひょこりと顔を出したスノーウルフをひと撫でしてから戸を閉めて、ワクワクした顔で鳥肉を囲んでいる狐っ娘とザナっ娘のところへ戻った。

 つーか今さらだがこの娘たち、獲物の解体見てもけろっとしてるんだな。ミスティアはわかるが、ヒナも実は見慣れているのか……?


 和国独自の調味料がここにないのと、ヤマドリ自体が美味い肉なので、塩とレモンを使ってみることにした。和国風にするためネギも使用する。

 ヒナに肉を切ってもらい、ミスティアにはネギを細かく刻んでもらって、その間に俺は酒と少量の塩を可食の内臓に揉み込んでゆく。切り終えた肉も同じようにしていたら、我らが革命軍リーダーのヴェルクも厨房に入ってきた。


「さてさて、肉のほうはこの串に刺して並べていくぞ」

「うんっ」

「わかった!」


 一羽ぶんなので内臓部位は一種類ずつ。食べたい者で早い者勝ちか譲り合いだな。お試しに鳥皮の串もいくつか作ってみる。

 美少女二人が真剣な顔で串に肉を刺す様子に然としたのか、ヴェルクはしばらく固まっていた。やがて近づいてきて、怪訝けげんそうな顔で俺と娘たちを見比べ首を傾げる。


「なんでこんな、鳥の餌みたいに細かく……」

「やきとり、ですよ!」

「ヴェルクも一緒にやるか? 肉の間に切ったネギを挟むんだって!」

「ネギ? なんでネギ限定……」


 見た目は怖いが根は優しい我らがリーダーは、勢いよく突っ込むこともできず、眉間にしわを寄せて二人の作業を手伝っている。なぜって聞かれても、俺にもよくわからねえな。本に載ってたレシピがそんな感じだったんだよ。

 串の作業は三人に任せ、刻みネギに砂糖と塩、レモンと香味油を入れてよく混ぜ合わせておく。好みで選べるよう胡椒もスタンバイさせ、いよいよお待ちかねのファイアーだ。


 オーブンを開けて呼べば、火蜥蜴サラマンドラが三匹連れ立って飛び出してきた。肉を刺した串を鉄板に乗せた金網に並べていくと、火蜥蜴サラマンドラたちはその周囲をクルクル踊りながら回り始める。

 小さな肉なので、火が通るまでさほど時間はかからない。染み出した油がじゅうじゅうと音を立て、肉の焼ける芳ばしい匂いが充満してゆく。


 ミスティアは翼をパタパタさせているし、ヒナは尻尾がぶわっと膨らんでいた。今にも食いつきそうだし、目つきが爛々らんらんとしていて猛禽もうきんと猛獣みたいだぞ。

 脂が滴り焦げ目がつき始めた串を火蜥蜴サラマンドラが尻尾の先っちょで取り上げて、次々渡してくれるので、皿に並べて熱いうちにタレを乗せる。和国のタレってつまり、ソースのような物らしい。

 

「ダズ、食べてもいい?」

「いいけど、まだ熱いからな、気をつけろよ。肉の串は一本ずつな?」

「すごくいい香りがする! ヴェルクも食べて食べてっ」

「お、おぅ。勢いよく突き出すんじゃねぇよ」


 俺は自分のぶんを一本持って、焼き加減を見るため鉄板のところへ戻ったが、三人はなぜか串を一本ずつ持ったまま輪になっていた。そして一斉にかぶりついた、らしい。


「すっぱい!? おいしー!」

「うわぁー美味しい! 脂が甘いっ」

「……うん、すげぇ美味い。ネギ、合うな」


 素材が最高級だからな。

 キャーキャー騒ぎながら肉にかぶりつく若者たちを眺めつつ、俺も焼き鳥を試食してみた。適度に締まった肉質に、あっさりした味。ヤマドリの上品な味にレモンの酸味が染み渡り、ほのかな塩味が脂の甘みを引き立てる。隅っこが焦げて増した香ばしさが、肉の旨味を一層味わい深くしているようだ。


 仕事帰りに馴染みの店へ立ち寄り、酒を飲みながら焼き鳥をつまみ、店主としっとりした会話を楽しむ。

 和国には行ったことのない俺にも、本で読んだ情景が見えてくるようだった。

 これなら、始まってもいない恋に敗れた連中を慰めてくれそうだな。


 火蜥蜴サラマンドラファイアーの焼き鳥は次々と焼きあがってゆく。味を覚えた若者たちに味付けは任せ焼く側に徹していたら、ふと背後に気配を感じた。

 振り返ると、上機嫌に尻尾を揺らすヒナがはにかみ笑んで立っている。今日は抱きついてこないのか。


「どした?」

「へへ、ダズ、ありがと! なつかし、うれしい」


 真正面から礼を言われるのは、何だかこそばゆかった。でも、つり目を細めて微笑むヒナが少しだけせつなげにも見えて。

 故郷から離れ、言葉もろくに通じない異国でたった一人、頑張る彼女が健気に思え、胸がきしむ。だから。


「どういたしまして。な、今度は一緒に本場の焼き鳥を食いに行こうぜ」


 思わず口をついた台詞に、ヒナはきょとんと目を丸くし、それから破顔一笑した。俺は何だか熱くなった顔を、心の中で火蜥蜴サラマンドラファイアーのせいにしたのだった。




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焼き鳥は、彼女の故郷の味らしい。 羽鳥(眞城白歌) @Hatori

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