第7話


ガルーと花札で遊んでいたが、一回も勝てない。

これでもしも金額を賭けていたとしたらどえらいことになっていただろう。


「ねー、手加減してよ~」

「お前に実力がなさ過ぎて無理」

「えぇえぇ」


八つ当たりをするかのように空に札を投げ飛ばすと、ピクリとも動かない表情で「自分で拾えよ。」と冷たく言うガルー。

本当にデレないよなこの人。顔はものすごく好みなんだけど恋に落ちないのはこのつれなさのせいだろうか。エムではないので冷ややかな目にはキュンとしない。

カードを拾いながら、ふと思ったことを口にした。


「ガルーは狐将軍? って人に言われて私の護衛してるらしいけど」

「……」

「私って護衛されるほど何かある?」


大体いつも旅館と町をいったりきたりしているだけのニートだ。

移動はほとんど八咫烏にのっているし、危険と皆無な環境。そもそも別の世界から来たというだけで、この世界の人間と何も変わらない。

ただ「胤継ぎの女」というだけで、なにがすごいのかも分からないままだ。

龍の帝ならともかく、まともにあったこともない将軍様に擁護されるのも不思議


純粋に何に狙われるのかと聞くと、「平和で良いな」とつぶやかれた。どこか皮肉気味にお前の頭の中と付け足されたから、きっと私の知らない苦労があるのだろう……


箱の中に花札を片付けていると、ガルーに首根っこを掴まれ後ろに引き回された。

あまりの突然の事に目が飛んでいくかと思い、そのことを訴えようと顔を上げると

「ん?」


先日出会った爽やかなイケメン、双子のおじさまの詩丸サンがいた。


「やあやあ」


明るく手を挙げると、窓から部屋へ入ってきたが、ガルーは牙を見せ威嚇を強める。

獣のように喉から出る唸り声は迫力があり、ああ、彼もアヤカシだったなと改めて思いだした。


「双子と一緒に居た時から思っていたけど、随分と警戒心が強い飼い犬だな」


にィ、と牙を見せて笑う詩丸。

どことなく不穏な空気を感じ、えらいこっちゃあと思っていたら、静かに部屋の戸が開いた。


「失礼します。……龍の影が見えたと思えば、やはりでしたか」

「久方ぶりだねえ。ソノ」


彼はさっきとはまるでうってかわって、なんとも人のよさそうな顔で笑顔を見せている。

ヤダ怖い裏がある系おじさま?

愛想のよい男の笑みに抑揚のない声で挨拶を交す。


「……辰の君、いらっしゃいませ。いつでも歓迎いたしますが、どうぞ次からは玄関からお入りになってください」


小さく微笑むソノだが、おそらく遠まわしに急な来訪はやめろといっているのだろう。いつもより拒むような空気が重い。

彼はそれを分かっているのか、はたまた気づいていないのか、カラカラと笑いながら適当に流す。


「いやあ、胤継ぎがどんなものかちゃんとみていなかったものだからね」


そういって、彼は私の肩に触れた。


途端


「ひゅッ……!?」


体中の血が一気に沸騰するような、ぞくぞくと体が震えるほどの微量の電気が走った。

息が荒くなり、だらだらと水を欲しがる犬のように口のはしから唾液が溢れそうになる。


「え、ええ?」


突然の事に困惑していると、私に触れている手をソノが強めに払いのけた。

彼は手をひらひらとふりながらも、気にしていない様にへらへらとしている。


「やあ、痛いなあ」

「気安いですね。『コレ』はもう旦那様の『もの』です」


「そうかな、確かに体の中に気を送ってはいる様だが、「シルシ」はまだつけてないようだけど?」

「旦那様のお考えです。ご理解を」

「ふうん」


彼が触れていた場所が熱い、体の中から求める「何か」が欲しい。言葉にできない物足りなさに襲われ、力なく膝をついて震えた。

毎回毎回不可抗力とはいえ、私はこうも、人にこんな無様な姿をさらすことになるのかと思うと、なんとも情けなくて泣けてくる。私にも尊厳をくれ。


「まあまあ、俺は子孫どころか伴侶すらいないから、胤継ぎには興味ない。だからそんなに目くじらを立てないでおくれよ」

「申し訳ありませんが、信用に足る言葉ではないので」

「君がもしお役御免となるならば、ぜひとも伴侶に欲しいところだけども」


ぎろり、と睨むその目はまるでナイフのようで。いつもの穏やかな女将の面影は一切ない。その変わりようにぞわりと背筋が凍る。しかしすぐにソノはいつものように微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。


「どうぞ、お客様の部屋のご用意いたしますので、別室でお待ちください」


そういえばここは私の部屋だった。

いつも誰かしらに突撃されているような気がしなくもない。


「いつまでも女性の部屋にいるもんではないですよ」


ガルーのほうを見て、貴方もね。と釘を刺し男どもをぴしゃりと追い出す。

追い出される前にガルーだけは不満そうな顔をしていたが、逆らうこともせず素直に従ったようだ。

襖を閉めた後、ソノは振り返りユズノの肩に触れる。

水仕事をしていたのか、少しだけ冷たいその手は上がった体温にはちょうどよく気持ちいい。


「まったく、あなたももう少し警戒心を持たなければ、そのうちパクッと食べられてしまいますよ」


いつものソノさんだ。

どこか読めないがいつもしっかり者の女将さん。


不思議なことに時々怖いけど、このぐらい強くないとこの世界じゃあやっていけないかも。


「体、あつい……」


少しだけぼうっとする脳みそ。

触れられただけでこうなるなんて情けない。


「……胤継ぎは、龍の血脈を欲するんです。本能か、運命か……その身に子を宿せるように、触れられただけで欲情してしまうそうです」

「普通に嫌なんですけど……私それじゃ変態じゃん……」


情けなくてぐすんと泣くと、肩をぽんぽんと叩かれた。


「まあまあ、龍の子を宿した胤継ぎはそれはそれは幸せになれるという噂ですので、そう悲観なさらず」


ソノはにっこりと笑う。


「ちゃちゃっと股を開いて、さくっと生んでしまえばあとは楽ですよ!」

「やだ~~~」


はじめては好きな人が良い~なんなら自分を愛してくれる普通の人間がいい~

絶対あの帝様私のこと興味ない~


泣き言を言っている間も、背中をさすってくれている。


「初めては好きな人とじゃないとヤダ~」

「あらまあ、意中の人でもいたんですか」


いるのか、と言われると。ううん、と言葉を濁してしまう。

恋に恋をするお年頃……なんちゃって。


「まあまあ、初恋は実らないとはよく言ったもので」


諦めろ、というわけではないけれど、実りはしないと言われてちょっと落ち込む。

好きな人ができる前から否定されるのはなんかショック

ハンカチで涙を抑えていると、ソノが持ってきていたらしい急須からお茶を注ぐ。


「ユズノさんは、こちらの方ではないですから。考え方が違っていても無理はありませんね」

「妖怪なんて架空の存在だったし……なのに、龍の子を産めとか言われても」

「うんうん、受け入れがたいですよね」


時々大雑把になるけど、ソノさんといると落ち着く。


「さ、おちつくまでお茶でものんで寝ていなさいな」

「うん」

「私は先ほどのお客人とお話してきますからね、夕食はガルーに運ばせます」


ソノは寝床の準備までして、去っていった。

相手が誰でも物怖じしない。

彼女はここで女将をやっていけるほど、精神が強い。


帝が彼女を信頼しているのもうなずける。


ただ、時々思う。


本当に子どもを産んだら幸せになれるのだろうか。

そもそもただの人間が龍の子を産めるのだろうか。いやソノさんが双子を産んでいるのだからできるのだろうが……いざ自分がとなると自信はない。


っていうか、なんで私はこんなとんでもない世界に来てしまったんだろう。

前日の記憶が一切ない。


はやりの車に引かれた覚えも、どこかから飛び降りた記憶も、恋愛小説を読んだとか、ゲームをしてたとか、なんかよくわからないものに当選したとかそういったものの覚えも一切ない。


本当にいつも通りダラダラと何も考えずに生きていた。


「ッはぁー」


深いため息がでる。

どうせならチート能力が欲しかった。この世界に特典があるだけで私に何のメリットもない。イケメンがいたってちっぽけな人間に興味なんてなさそうだし。


「いや待てよ」


ふと思いつく。

気づいていないだけで何かしらのチート能力があるのでは?

こんな危険な世界に子を孕むために放り込まれただけってことはないでしょう。


すくっと気合いを入れて立ち上がると、ふうううっと深く息を吐く。


「はぁっ」


空手の正拳突きの動きをイメージして、素早く手のひらを前に突き出す。


「……」


まあ、うん。知ってた。


世の中そんなうまくいかないって知ってた。うん。

なんか気がゆるんだらトイレに行きたくなっちゃった。


廊下に出て厠へと向かう。

いつもなら従業員とすれ違うが、珍しく誰ともすれ違わない。

さっと用事を済ませ、さあ部屋に戻ろうとしたとき、窓の外におソノさんと詩丸がいるのが見えた。


マツの木のそばにいる二人は、ここからの位置だとあまりよくその表情は見えない。


なんとなく見ていると、詩丸の体がソノに寄りかかり、二人の顔が重なって見えた。といっても、ソノの背中しか見えないから単純に彼が顔を寄せただけなのだろう。ソノがデコピンする動作で触れ合ってなさそうだと察する。


もし触れ合ってたら高位妖怪の浮気現場なのか、弟嫁に手を出す不埒な義理の兄という修羅場になってしまう。

 

ふと、詩丸と目が合う。彼は人好きそうな顔でにこーっと手を振ってくる。

思わず振り返していると、ソノもこちらに振り返った。


「さて、私も部屋にもどろっと」


踵を返そうと歩みだしたとたん。


「君は荒丸のことは好きかい?」

「おんぎゃああッ」


窓辺に突如下にいた存在が現れて思わず絶叫する


「辰の君、私を抱えるのはおやめくださいといつも申しておりますのに」


小脇に抱えられたソノが不満そうに小言を漏らす。

龍の姿じゃなくても浮けるんですね……この世界の龍はいたずらにしろなんにしろやることが人間の心臓に悪すぎる


「ああ、ごめんごめん。これでいいかい」


そういって小脇からお姫様抱っこにチェンジする。

「違う、そうじゃない」といいたそうな顔で深いため息をつくソノさん。


私は心臓が痛いけど、ソノさんは頭が痛そう。


「えーっと、なんで抱えて……?」

「おソノが君が荒丸のこと好きじゃないっていうから、本当かなって。胤継ぎは運命の番に合うと愛さずにはいられないって伝承があったからさ、荒丸と相思相愛じゃないのかなって」


龍の帝の顔を思い出す。


「ないですね」


めんどくさいと言わんばかりの表情しか思い出せない。これは相思相愛ではない。顔が良くても自分のこと好きじゃない人を好きになるほど、愚かな理想の恋に恋していない。


迷いなく答えると、彼はクククッと嗤った。


「龍ってのは人間の好みじゃないのかな」


好みとか以前に生命の危機を感じすぎるからそれどころじゃない。

今のとこ龍にいい感情持ってませんから私。とは口に出せないけど。


「わかったでしょう。いい加減おろしてください」

「はいはい」


こちらにソノさんを下ろそうと抱き方を変えた瞬間


強い雷鳴が轟く。二回目ともなればああ、あの人が来たんだなとわかるが。

ソノさんが頭を抱えているのを見ると、少しだけワクワクしてしまう。


これはあれですね


「何を、している」


大地に響く低音。びりびりと振動する殺気。

ああ、これは確定だ。







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龍帝の伴侶 ずっと眠い @tyogepuriii

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