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  • 人物紹介(二)への応援コメント

    宗珠がサダヲ!
    そう来たかって感じです。

    面白かったです。

    ではではノシ

    作者からの返信

    いつも拝読&コメントありがとうございます!

    案外、似合うと思いまして(笑)
    この配役を考える時間、結構好きです(笑)

  • 第十三服 鷗初逅侘(壱)への応援コメント

    武野新五郎!
    ……ということは^^;

    面白かったです。

    ではではノシ

    作者からの返信

    後の……おっと誰か来たようだ(爆)

    若狭武田氏の出身とは言われていましたが、まさかの南朝武田氏だとは……

  • 第十一服 宗寿相庭(壱)への応援コメント

    ついに宗珠の名が。
    珠光の影がちらほらと^^;

    面白かったです。

    ではではノシ

    作者からの返信

    四谷軒さん
    いつもコメントありがとうございます!

    はい、この珠光と宗珠の在り方は、後の利休と道安の在り方との対比をするのにとても重要ですので、どうしても宗珠には珠光の影を出したかったのです!

    読み取っていただけて幸いです♪

  • 第十服 宣驕勝長(参)への応援コメント

    古市澄胤!
    「心の文」の播磨法師ですね。
    そういえばこのあたりの人でした^^;

    面白かったです。

    ではではノシ

    作者からの返信

    コメント、ありがとう御座います!

    正確にはこの物語の一世代前の方です。いずれ書きたいと思っている細川三代記には生きている古市澄胤を書こうと思います♪

  • 第三服 有乱寧波(肆)への応援コメント

    この十年後くらいに寧王の乱ですよね。
    つまり王陽明がいた時代で、やっぱり「つながっている」って感じです^^;

    面白かったです。

    ではではノシ

    作者からの返信

    お読みいただきありがとうございます♪

    また、いつもコメントありがとうございます!!

    各所でその流れの過去を必ず書いているのは繋がりが今を作っていることの理解を助ける――と思っているのですが、出だしで相当な時間を割かねばならず、今風の作品にはどうしてもならないですね(笑)

  • 第三服 有乱寧波(参)への応援コメント

    ちょうど毛利元就が初陣をしたあたりですね。
    大内が京にいるせいで起こった叛乱を鎮圧する戦いに。
    このあたりの京の動きが、各地に影響を与えていますね^^;

    面白かったです。

    ではではノシ

    作者からの返信

    コメントありがとうございます!

    こういう芋蔓式が重なっての歴史ですよね。

    毛利元就は本作品では取り上げませんでしたが、仰る通り、大内氏が京都に居座ったことで世に出て来た感があります。

    それにしても上洛に陸路ではなく海路を使うというのが大内氏らしいといえばらしいですね(笑)

  • 第三服 有乱寧波(壱)への応援コメント

    寧波の乱。
    経緯が複雑なので、どうやって取り上げるか、楽しみにしております!

    面白かったです。

    ではではノシ

    作者からの返信

    コメントありがとうございます♪

    寧波の乱、案外扱っている作品が少ないのと、資料を集めるのに苦労しました(笑)

    お愉しみいただけたら幸いです(*´∀`)

  • 第一服 三午生休(肆)への応援コメント

    天目立てというのがあるんですね。
    茶の湯もそういう専門道具のある時代に突入していたんですね。

    面白かったです。

    ではではノシ

    作者からの返信

    コメントありがとうございます♪

    元々が天目立てだったものが、現在の茶筅に進化していった……と言うことかも知れません。

    珠光が内穂のある茶筅を採用し、利休が穂数を変えて、数穂(72本)・常穂(60本)・中荒穂(48本)・大荒穂(32本)・平穂(16本)というのは成立していたようです。

    江戸期には八〇本立て(武家立て)・百本立て(大名立て)・百二〇本立て(将軍立て)が生まれています。

    愉しんでいただけましたら幸いです♪

  • 序服 安赦帰堺(肆)への応援コメント

    日宋貿易の時代の賜物だったんですね。
    栄西が持って来た、のは何となく知っていたのですが、そのバックグラウンドまでは知りませんでした^^;

    面白かったです。

    ではではノシ

    作者からの返信

    コメントありがとうございます!

    日宋貿易から日明貿易、日明貿易から南蛮貿易へと移り変わる中で、漢作唐物の輸入が減る一方、東南アジアとの取引が増え、交趾や宋胡禄、ハンネラなどの南蛮焼、高麗茶盌が入って来るようになります。

    明は相変わらず鎖国し続けており、貿易が閉ざされて後期倭寇の時代へ突入します(日本人が殆ど居ない倭寇)。

    こうしたバックグラウンド(世相)を皆さんにお届けすることで、利休が何故切腹しなければならなかったのかを一緒に考えてみていただければ……と思っています。

    宜しくお願いいたしますm(_ _)m