八十八の祝いに願いをこめて。
羽鳥(眞城白歌)
無精髭、狐っ娘に願われる。
食堂の窓から見える外はよく晴れていて、風にゆさゆさ揺れる樹々の枝葉が見える。
朝食の片付けが一段落し、外へ一服しに行こうとしていたところにやって来たのは、
海向こうの国で百人隊長をしていたという彼、ガフティは今、ここ、世直しを志す革命軍が集うダグラ森砦の一員に加わっている。
「なんだ、隊長、珍しいな?」
「お、出るところだったか
「いや…………大丈夫だ」
一瞬迷ったが、こちらへ向かってくる狐っ娘の姿が見えて、一服は後回しにする。
妖狐の
ガフ隊長もヒナに気づいたようで、いかつい眉をひょいと上げ、口角を上げてニヤリと笑った。なかなか堂に入った悪者
かくいう俺も、やさぐれ感漂う無精髭男である。本当に、どこを気に入って俺に懐いているのかわからないよな。
「よォ、ヒナちゃん。一緒に
俺が思索に
うん? 何だって?
よく聞き取れなかった俺とは違い、ヒナはきょとんと目を丸くしたあとで、ぱっと微笑んだ。青銀色の狐尻尾がふわっと膨らみ、大きな狐耳もピンと張っている。
何やら二人してわかり合っているふうで、取り残され感が半端ない。
「たいちょー、やそはじゅのお祝い、しってるの!」
「こいつの持ち主だった
隊長の持つ和刀は戦死した親友の形見なのだという。和国出身だったという彼の亡き友との交流で、ガフ隊長はそこそこ和国の習慣に詳しい。
お陰で俺も、ヒナが懐かしむような菓子や料理の情報を教えてもらえるわけだが――。
「うれしい! みかど、ずっと遠いけど、ヒナのおいのりとどくかな……」
「今日はよく晴れてるからイケるだろよゥ、『
「うん、よかった」
ヒナの綺麗な
みっともないモヤモヤを心の中で持て余す俺を、二人が一斉に見た。甘えるような
「ッちゅーことで、
「あまい、ふわふわっ、きんいろの! おねがいダズ」
たいそう抽象的な注文だ。
断る選択肢が浮かばないのは、俺自身がヒナにすっかり絆されてるからかもしれない。
「で、結局、
麦粉を測り、溶いた卵を
見知らぬ誰かの誕生日を一緒に祝ってやるほど、俺は博愛主義ではない。それでも、わかりあう二人に混ざりたいという衝動には抗えなかった。
本当はヒナの口から聞きたいが、片言の彼女から理路整然とした説明が望めないのもわかってる。なので、疑問を向ける相手は隊長だ。
ガフ隊長は「あー、えぇとなァ」など呟きながら
「和国には、政治実権を持たない
「ほぉ、……さっぱりわかんねえながら一応は
四角い型にケーキ用シートを敷き、生地を流し入れて、トントンと軽く落としつつ表面を平らにする。ザラメとかいう特殊な砂糖は手に入らなかったので、省略した。
予熱したオーブンに入れ、顔を出した
「やそはじゅは、こがねの色でおいわいするですよ」
編み上がった花冠を重ねつつ、ヒナが口を挟んできた。そこに隊長が補足する。
「和国の文字では八十八が
「だからヒナはタンポポ編んでんのか。何にしても、ヒナや和国民にとって大事な祝い……なんだな?」
「うんっ」
断片的にしか知らないが、ヒナは保護者とはぐれ、無理やり大陸に連れてこられたのを逃げ出してきたらしい。それでも故国の祝い事を忘れずに実行しようとしているのは、こいつなりの愛国心……愛郷心なんだろう。
素直にまっすぐに育ってきたらしい彼女が愛せる国なら、きっと良い王と政府が治安しているのだろうと思った。
相手が綺麗なお兄さん、てのが少し面白くないな。女子はやっぱり、キラキラ金色のイケメンに憧れるんだろう。いや、八十八歳って爺さんじゃないのか?
複雑な思いはあるが、個人感情は二の次だ。隊長の亡き友のため、そしてヒナの笑顔のため、料理人の
花冠を作り終えたヒナが、今度は紙を折って何か作っている。首が長くて四つ足の、……もしかして、キリンって奴だろうか。
王様らしく偉い相手なのに
いいタイミングで
「ほらよけろ、縮み防止に落とすぞ」
ぱっと囲みを解いて散った
「すごぉい! かすてら!」
「おい、だから熱いもの持ってる時は腰にしがみつくんじゃねえよ」
「だいじょうぶ!」
少しずつ
表面に貼り付いたままのシートを剥がし、皿の上で長方形サイズに切り分ける。表面は滑らかな焦茶だが、中身は綺麗な
「これ、普通に皿に分けていいのか?」
「わけて。おいのりしてから、いただきますの!」
求めに応じ、ちょっとお洒落な菓子皿に三切れずつ分けた。ヒナと隊長と俺と、ミカドのぶんだ。ヒナが俺から離れて、編んだ花冠と紙人形を持って食堂側へ向かう。その後を俺が二つ、隊長が二つ皿を持って追いかけた。
和国は砦から見て、
子供のままごとのように見えるが、本人は至って真剣だ。
「なあ、和国の奴らって皆あんな感じなのか?」
そっとガフ隊長に尋ねれば、彼は腕を組んで目を閉じ、何かを懐かしむようにウンウンと頷いた。
「そーそ、俺の
「そうか……よほど大切なんだなぁ」
設置を終えたヒナが数歩下がって姿勢を正す。ガフ隊長は腰から刀を外し、テーブルの手前側にそっと乗せた。そうするとまるで、彼の友が二人の間に立っているように、錯覚してしまう。
二人はまっすぐ立ち、祈るように手を合わせて声を合わせ言った。
「
「ダズがながいきして、たくさん笑えますように!」
危うく、大事な儀式をしてる横で声を出すところだった。隊長とヒナは顔を見合わせて笑っているけど、俺としては笑い事じゃないぞ。十一年に一度っぽい大事な願い事をそんなことに使っていいのか!?
でも、振り向いて俺を見たきらきら輝く
「……ありがとな」
たった一言が精一杯だった。
そのあと三人で食べたカステラは、自分で作っておきながらむせるほどに甘い味だったけれど。くさくさしていた心がじんわり満たされてゆくように思えたのだった。
八十八の祝いに願いをこめて。 羽鳥(眞城白歌) @Hatori
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