第19話 春の空の妖精

「外は別世界みたいでびっくりするだろ」

「うん」


 街の中は大きな建物がいっぱい立ってるし、歩いてて遠くまで見渡せるところといえば大通りくらいしかない。

 でもここは本当に遠くまでよく見える。

 所々に木がまとまって生えてるところもあるけど、森というには少し小さい。


「南門の周りは平地だからな。畑が多いんだ」

「人もいるね。畑仕事してるのか~。危なくないの?」

「この辺りはまだ安全な方さ。普段はほとんど小さな魔物しか出てこない」

「それでも魔物でしょ?」

「農地に住むやつらはそれなりに鍛えてる。下手したらそこらの冒険者より強い農夫もいるぞ。それにここはまだ王都の防護柵の内側だ。王都を囲む農地のさらに外には、魔物除けの柵があって、一応守られてはいる」


 ああ。それは政治の時間に習った。

 王都は3重の壁に守られている。貴族街と王城を守る城壁、庶民街の外を囲む街壁、そしてその外の農地を守る防護柵だ。しかし柵は気休め程度とも聞く。さらに農地は広くて、防護柵の中にも魔物の発生するポイントがいくつもある。例えば森とか、地下ダンジョンとか。

 森やダンジョンは危険だけれど資源の源でもあるので、潰しはしない。その周りを柵で取り囲んで、そばに村や砦が作られる。そこで食い止められて、あまり危険な魔物は農地にまで現れないのだ。

 もちろん完全に防げるわけではない。

 だから街壁の外に出るときには護衛を付けるのが普通だと習った。貴族はね。


「魔物の異常発生が確認されれば国から軍が出て鎮圧に向かうんだが、見回りの仕事は俺達冒険者に来たりするんだよ」

「ふうん。なるほど、国が依頼を出したりするわけね」

「そうだ。それに冒険者ギルドも独自に見回りの依頼を出すことがある」

「なるほど。ちなみに、どんな魔物が増えてるの?」

「多いのはスライムとか、トゲネズミだな。昨日、炎犬を見たという情報が入って、それで緊急依頼が出たんだ」


 炎犬は実物を見たことはないが、名前だけはよく知っている。体高が1m以上ある大型の犬で、子供の読む絵本によく出てくる怖い魔物のひとつだった。赤黒い炎を毛のように逆立てて、口から火を噴きながら人を追いかけてくる絵がすごく怖かった思い出がある。


「実際は口から火を噴くわけじゃないが、たまに体中に火をまとって突っ込んでくることはあるな。あいつらは火魔法を使えるんだ。凶暴で牙も鋭いうえに火事の原因になるんで、困ってる。普段この辺の農地に出たりはしないんだが。街壁の外の住人たちにとってもかなり危険な魔物だよ」


 農地の住人はそれなりに鍛えているし自衛手段も持っている。家は頑丈に作って、避難場所もあちらこちらにあるという。それでも、炎犬のような大型の魔物がたくさん現れれば被害も少なくないだろう。

 こういうのは早めの対処が必要よね。


 スライムとトゲネズミは定番の魔物と言っていいだろう。

 スライムはドロドロしたゲル状の魔物で、獲物を包み込んで溶かして消化する。体内に魔石を持っているので魔物の仲間だが、強くはなくて子供でも簡単に倒せる。ただ、稀に城に出たりするくらいどこにでもいる魔物で、すごく嫌われている。例えていうならば前世で時々家の中に出ていた黒い虫みたいな感じかな。

 トゲネズミは可愛い名前だけど、大きさが犬か猫くらい。さすがにこの大きさの魔物は城壁より内側には出ないので、実物を見たことはない。

 農村にはよくいて、雑食性なので人を襲うだけではなくて作物も荒らす。

 トゲネズミが増えると冒険者ギルドに駆除の依頼があるんだって、ディーが教えてくれた。


 魔物の話をいろいろ聞いてしまったので、その辺にいたらどうしようって思ってきょろきょろしながら歩いた。

 あれ?

 農地の一部が青く染まっている。

 何だろう……鳥だ!


「すごい!見て!あんなにたくさん、春の空の妖精がいるわ」

「春の空?妖精? なんだそれ」

「ほら、あそこ」

「えーと、ああムシクイか」

「虫食い?」

「ああ。あの青い鳥だろ?ありゃムシクイだ。春の空の妖精ってのはまたけったいな名だな」

「あんなに可愛いのに。それにあんなにたくさんいるのは初めて見たわ!」


 春の空の妖精、ムシクイは春になると時々現れるスズメくらいの大きさの淡い青い鳥だ。

 ちょうど春霞の空と同じような色だから、春の空の妖精と呼ばれてた。正式な名前は違うのかもしれない。ムシクイでもないと思う。


「ムシクイは冬は森にいる。春になると農地に現れて虫を大量に食べるんだ。だから農家じゃあ喜ばれる」

「へええ。益鳥ってわけね」

「まあ、そうだな」

「こんなにたくさんいるなんて、うそみたい。あら、一羽こっちに飛んできた」

「こいつらは人をあまり怖がらないからな。襲ってくるわけじゃないから気にしなくていい」

「ピピピ」

「可愛いわねえ」

「そうか?鳥はみんなこんなもんだろ」


 くっ。

 こんな可愛い鳥の良さがわからないなんて。オッサンなんてこんなもんか。


 ◇◆◇


 南門から南の森まではとても近い。

 門を通ってからまだ間もないうちに、もう森が間近に見える。


「こんな近くに魔物が発生する場所があるのねえ」

「ああ。ここなら日帰りコースだから、南門付近に居座ってる冒険者のいい稼ぎ場だ」

「なるほど」

「ここからはちょっと道を外れるんだ。草をかき分けていくことになるが大丈夫か?」


 そう言いながらディーが道を外れた。

 よく見れば、人が通った後もうっすら残っているので、全く道がない所を行くわけでもなさそう。

 草むらに足を踏み出したけど、全く問題ない。草は壁よりも抵抗なくこの身体をすり抜けるみたい。


「大丈夫そう」

「そうか、よかった。森の中に入るにはもっといい道があるんだが、俺が調査依頼を請け負った場所はここから入るのが一番近いんだ」

「大変ね」

「何てことないさ。だがこの辺りからはもう魔物が出るからな。足元に、わっ」

「え?」

「わあああああああああ」


 ディーが叫んで急に目の前から消えた。

 何?どうしたの?

 あ!

 深い穴があったのか。


「だいじょ、きゃああああああああああ」

「リアっ」

「いやあああディーーーーーーっ」


 ディーの落ちた穴をのぞき込んだら、私も吸い込まれるように落ちてしまった。

 ちゃんと気を付けて覗いたのに、なぜ!?

 途中で一瞬、ディーの声が聞こえた。ディーは無事らしい。でも私の体は穴の底で止まらずに、さらに地中深く吸い込まれていった。

 すぐに、ディーが私を呼ぶ声も聞こえなくなった。

 深く、深く落ちる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る