「慈しむ」という感情以外を理解できない少女から、他の感情が分身として身体を抜け出ていく——この設定の発想は、著者の短編『匿名の化身』で扱った自己同一性とドッペルゲンガーのテーマを、より大きなスケールで展開したものだと感じる。感情を色と能力として擬人化する「情力」という概念が、単なる異能バトルの皮を被った自己分析の物語として機能している。
レビューで多くの人が指摘する通り、設定資料集やキャラクター紹介が充実していて情報量は多いが、その緻密さが368話・51万字超という長さを支える土台になっている。喜・怒・哀・楽・憎——分かたれた感情たちはそれぞれ「自分の内なる他者」でありながら独立したキャラクターとして戦い合う、という入れ子構造が、単純な善悪の対立に終わらせていない。
自分の中の感情が他者の顔をして現れたとき、それと向き合うことは結局自分自身と向き合うことになる——著者が繰り返し追求している「分裂した自己」というテーマの、もっとも野心的な実践だと思う。