第97話 漁師の長

「この方々に漁港を案内しようとな。ほら、一昨日ダンドのバカがご迷惑をおかけした」


 アルヴァンさんに、ニグ婆が僕たちを紹介してくれる。


 ダンドが起こした一件は、当然だが知っているようだ。


 アルヴァンさんはハッとすると、両手を綺麗に太ももに添えて深く頭を下げてくれた。


「おおっ、これは。いや、うちのバカ息子が申し訳なかった。オヤジとして謝らせてくれ!」


 勢いよく大きな体を折り曲げるので、ぶわぁっと風が来る。


 僕の横ではカトラさんが、その気迫に押されて胸の前で手をまぁまぁとしていた。


「い、いえ、お気になさらないでください。お母様からも謝罪していただきましたし、私たちの方こそカンバのオイル漬けもいただいちゃいましたから」


 そう言っている間も、これでもかとアルヴァンさんは深く深く頭を下げ続けている。


 ……ま、真っ直ぐすぎる謝罪だな。


 さすがにカトラさんも少し困っちゃってるくらいだ。


 ただ、アルヴァンさんも本当に責任を感じ、心の底から申し訳なく思っているだけみたいだからな。


 僕たちを困らせたいわけでも、こうすれば事が済むと思っているわけでもない。

 他に思いを伝える手段が浮かばず、こうして頭を下げ続けてるのだと僕にもわかった。


 カトラさんは指先で頬を掻きながら、僕とリリーに目を向ける。


「トウヤ君も、リリーちゃんもそうよねっ?」


「はい。今日もこうして案内していただいてるわけですし」


「うん。お婆さんのおかげで……プラマイゼロ」


 だから困ってるカトラさんを助ける意味合いを含めて、僕とリリーは頷いた。


「……そう、か」


 アルヴァンさんは顔を上げ、最後にもう一度頭を下げる。


「本当にすまなかった。そして、ありがとう」


 そうして次に顔を上げたとき、ちょっとだけ安堵の様子が覗いていた。


 なんだか、不思議な魅力がある人だな。


 精悍な顔つきとかからは力強さを感じるのに、瞳には少年のような無垢さがあったりと。


「これまではダンドのことをおふくろに任せっきりでな。三度も人様に迷惑をかけたことは、叱りつけるだけだった俺の落ち度だ……。しっかりと向き合ってみようと思う」


「ハァ、昨日もそう言ってたんだがね」


 ニグ婆にやれやれと溜息混じりに言われ、決意を固めたように視線を落としていたアルヴァンさんがぎくりとする。


「なっ、き、昨日は氷造機の故障で帰りが遅かったから仕方なかっただろっ」


「まったく、息子と向き合うのに照れくさがってんじゃないよ! 他の漁師たちが庇ってくれたからダンドの件は誰もが目を瞑って許してくれてるんだ。あんたが何とかすると期待してね!」


 うん?


 交通の要衝であるロッキーズ大橋を一時的とはいえ封鎖したダンドが許されたのって、周りのおかげってことなのだろうか。


「他の漁師さんたちが庇ってくれたんですか……?」


 気になって思わず訊いてしまう。


 するとニグ婆は僕の方を見て頷いた。


「ええ。アルヴァンは数年前からこの街の漁業組合の長をやっていてね。慕ってる連中が普段の恩を返す意味でお咎めなしにしてくれたんだ」


「えっ。この街の漁業組合長ですか!? それって……」


 ネメシリアは漁師と商人の街だ。


 その片方で一番偉い人って、ジャックさんじゃないけどアルヴァンさんもアルヴァンさんでかなり凄い人なんじゃ。


「立派な息子さんですね」


 カトラさんが眉を上げニグ婆に言ったが、それに応えたのは当のアルヴァンさんだった。


「いや、俺はただ一介の漁師に過ぎねえよ。周りのヤツらに面倒ごとを押しつけられてるだけでな」


 本人はこう言ってるけど、多分違うんじゃないかな。


 あくまでこの短時間で感じた直感でしかないけど。


 おそらく父親のアルヴァンさんが街の中心的な人物で、周りが慕っているからこそダンドが許されたのだと思う。


 ロッキーズ大橋がネメシリアの商人たちがメインで使う場所じゃなかったのも良かったのかもしれないが。


「ともあれ、おかげで幸いダンドは罪を科されていないんだ。だがね……」


 ニグ婆は釘を刺すようにアルヴァンさんに顔を寄せる。


「次にまた同じ事があったらどうなることやら。だから氷造機とかなんとか言い訳してないで、とっととダンドと向き合うんだね!」


「んで俺が言い訳してるってことになってんだよ。実際今だって直ったと思ってた氷造機が……うぉおっ、そ、そうじゃねえか! おふくろ、また氷造機がダメになっちまったんだよ!!」


 アルヴァンさんはニグ婆と言い合っている中で、大切なことを思い出したようだ。


 真顔になったかと思うと苦い表情をしているけど、大丈夫なのかな?


 リアクション的に、かなり大切な物が壊れてしまったみたいだけど。


「……氷造機って、何?」


 リリーがぽつりと言う。


 どうやら、それが何か知らないのは僕だけじゃなかったらしい。


 ついでにカトラさんの顔も窺ってみると、同じくピンと来ていない様子だった。


「あそこにある大きい魔道具よ」


 そんな僕たちに、ニグ婆がさっきまでアルヴァンさんがいた倉庫のような建物の中を指して教えてくれる。


 見ると、そこには銀色の巨大な箱が置かれていた。


 たしかに、あれが魔道具なんだったら僕が今まで見た中で一番大きいかもしれないな。


 馬車よりも一回り上のサイズに見える。


 遠目からでも分かる巨大さに、リリーも感嘆している。


「……大きい」


「漁で取ってきたものを輸送するために必要な氷を作ってるのよ。ここの漁師たち全員が使うものだから、あの大きさで。人の魔力じゃ足りんから、大量の魔石を消費しながらも使ってるんだがね」


 ふむふむ、とニグ婆の説明を聞く。


 なるほど……。


 優れた魔法使いでもない限り、港から海産物を運ぶために必要な全ての氷を作ったりはできないもんな。


 そこまで魔力がある人があちこちにいたりしないってことらしい。


「このままじゃ今日揚げた残りの分が全部ダメになっちまう。おふくろ、街で片っ端からあるだけの氷を集めるんだが、うちからもいいかっ?」


「ああ、構わないよ」


「助かる!」


「それにきっと周りの家も問題はないと思うがね……。あんたたち、いい加減に新しい氷造機を買うんだよ」


「それは……まあそうだな。デカい出費になることに違いはないが、こればかりは仕方ねえ。今日もどれだけの損失がでるかは分からないからな。こう何回もあられちゃ困る」


 アルヴァンさんは一歩下がり、半身になると片手を挙げる。


「っじゃあ、お三方も今日のところはすまないな。急ぎでやらなきゃならないことがあるから、これで失礼する」


 これから街中から氷を集めたとして、果たしてそれで足りるのだろうか。


 リリーがダンドを氷漬けにしたことをニグ婆は知っている。


 なのに無理に手助けを求めてこないってことは、多分遠慮してくれてるのだろう。


 迷惑をかけた手前、さらに頼み事をするのは申し訳ないと。


 去って行こうとするアルヴァンさんを前に、僕がふとリリーとカトラさんを見ると二人も同じように互いの顔を見ていた。


 ……うん、考えていることは一緒だったみたいだ。


 三人で視線を合わせ、頷き合う。


 この街にもいないレベルの魔力を持った、大量の氷を造ることができる人物。


 それが、ここには二人もいる。


 カトラさんは氷系は得意じゃないみたいだから、僕とリリーの二人だ。


「あの……」


 代表して僕が口を開くと、アルヴァンさんが足を止めた。


「どうかしたか?」


 別に減る物でもないし、困っている人が目の前にいるんだもんな。


 観光のついでだ。


 できることなんだから、やってみよう。


「その氷、僕たちが魔法で作りましょうか?」


 だから、そう提案してみた。



────────────────────


お読みいただきありがとうございます。

これ以上は文字数が嵩みそうだったので、今回はここまで!


書籍の方は、なんと発売から1週間の時点で即重版となりました。

まさかまさかの結果に、喜びと驚きでいっぱいです。

手に取ってくれた多くの方々、本当にありがとうございます!


売れ行き好調ということで、oxさんの素晴らしいイラストや書き下ろしエピソードなど、買うに値する書籍だと思っていただけているのなら喜ばしい限りです。

購入する気がなかったという方も、この機会に書籍版も楽しんでもらえると嬉しいです。何卒よろしくお願いいたします!

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