第十夜 勝敗を握るのは

「あやつは……おまえをも生かしたのか? すごく俺の気を触る奴だ…………」


「エルヴァン様! 代わりに僕が戦います!」

 カルロス隊長があらわれた。カルロスは近衛隊を率いて、使用人や客人の護衛に来ていた。レオンはカルロスを制した。


「いえ、この場は私が戦います」


 シャルロッテはパレスに囚われたままだ。短剣を首元に充てがわれて息もできない。


「……あいつの息子が伝説の剣を握る? 馬鹿馬鹿しい。俺にとっては痛くも痒くもない。あいつの息子だったら強いのはたしかだな……?」


「シャルロッテ様を返してください」


「おまえの自分語りにはごりごりだ……。あやつはたしか……伝説の剣豪……俺は……あいつの部下を試し打ちした……あいつは死んでもなお、俺を倒そうと策略を練っている」


「……私の父アルベルトのことですか?」

「……さぁな。知りたければ俺を倒せ」


「……おまえ、……あの男同様に剣の腕が相当立つんだろう? ……あの男も素晴らしい剣客だった……」


「貴方は良く喋りますね。私は貴方のような人から話しかけられるのが嫌いです」

 レオンは抜刀し、剣を構える。


「……ギャハハハハ! やはり小賢しいあの男にそっくりだわ……。親子揃ってやかましい奴等だわ! ……この世界、力こそが全て!」


「……ここにいる客人、使用人の爪をすべて引っ剥がす……鼻腔を無理やり裂いてやるわ……喉元をこの私がざっくり切り裂いてやるわ……あんたとお姫さんごと……串刺しにしてやるわ……!  そして姫さんが罪の炎で焼かれて……あんたの脳みそを私が甘美に食べる! これほど愛おしいことはない……。あんたのことは……私が苦しめに苦しめて殺してやるから安心しなさい……」


「待ってくださいよ。パレス様」

「……小僧……儂に用か?」


「……私がパレス様を優しく殺してあげます。パレス様もそう思いません?」


「なにを申すか! 腑抜けが!」


「ふふ。パレス様、親の仇討ちをするということこれほど私にとって甘美なことはありませんよ」


 レオンは剣を構える。

 アルベルトから剣技を習った事はあったが、アルベルトから教えられた剣技を使う時が来た。


「ぐび……!」

 パレスは悶える。

 マリオの姿でレオンを指さして大笑いをした。二人の剣技は目で追えないほどだ。


「アッシャー様は強い……!」

「おまえ、アヴァンチュールではないか!? あの吸血鬼と互角にやり合っている! どこの公爵貴族の剣客か?」

 近衛隊のカルロスはレオンの強さに喫驚きっきょうした。


「あの方は公爵貴族のアッシャー様です! 客人や使用人の皆さま! 女郎の彫刻の裏が抜け道です! ちゃんと列を成してお並びください!」


「ふざけるなぁぁあ!! 馬鹿者がぁぁああ!!」

 パレスはレオンと剣技を交わした。パレスの剣が風圧で吹き飛ばされる。

 レオンがパレスを喉元を剣を薙ぎ払い、パレスは剣を失う。腹に短剣を刺した。


「クックック……。おまえがなかなか強いことは俺も認めてやろう……だが! おまえの父親に比べればまだ弱いほうだ……」


「……この程度でそう思うんですか?」


「俺の負けだ……!」

 パレスは紅い目をカッと開いた。レオンにもアルベルトの事が走馬灯のように脳裏をよぎる。


 レオンはアルベルトの高級な調度品が目についた。庭園から小鳥の囀りが聞こえる。今朝、如雨露じょうろでミモザの花に水をやった。『今年は未開の地から入荷したミモザの花がきれいに咲く』とヴァイクも言っていた。ヴァイクとレオンとエリサで一緒に見に行こうとも約束していた。その『ミモザの花』は別名は『春の訪れを告げる花』とも謂れる。エルヴァン家は絵に描いたような高級な邸宅である。朝露に包まれた『秘密の庭』には絶対に見せてはいけないあの花が咲いていた。あの花は敵国からも恐れられた伝説の気高い花だった。名は『青い薔薇の花』。『その薔薇の蜜を吸えばどんな人間も不老不死となる』ただし、『綺麗な花には棘がある』ともいわれる。『棘に刺されば一貫の終わり』とも謂れる。そこに着眼点をおいた薬学者は『青い薔薇』について研究を進め、薬学者は『吸血鬼は青い薔薇を嫌う』になり『青い薔薇は毒が含まれている』そこから転じて『吸血鬼化した人間への解毒げどく効果もある』とも謂れるようになった。そこから転じて『美しい人は見かけによらず毒を持つ』とも謂れるようになる。薬学にも精通したアルベルトの庭は色とりどりの花でいっぱいだ。


『レオン、来なさい』

『……はい、父上』


『……これが相手を倒す毒薬の調合の仕方だ』

『はい、父上』

『レオン、私と貴方はどんな時も一緒だ。離れていても親子の絆には代わりはしない』


 そこには禍々しい『大きな眼』が映っていた。はと目を覚ますとレオンはパレスの妖術ようじゅつにかけられていた。レオンの身体を地面に打ち付けられた。レオンは左肩から夥しい血を流した。女郎の彫刻に刻まれそうになる。


「おまえは絶対に生かしておけん……。エルヴァン……」


「……私の解毒が効いてるようですね」

「何を言う? エルヴァン。私に出くわすとは『天変地異』にあったのだと思え」


「私はこの九千年間の間、煉獄も地獄も天国も、天罰も見たことがない。私は九千年間、『天罰』を下ったこともない。たしかにこの『眼』ではな……。そして『神』とはこの『私』のことである。そして私は妖術で人の記憶を見る」


 レオンは剣を薙ぎ払う。短剣に毒を仕込んだ。腹に刺している短剣で酩酊めいていするはずだろう。パレスに再び斬撃を繰り返す。夥しい血が紅い閃光を放つようになる。


燃血しゃっけつ!!」

 レオンの剣がこすれ合う音が響き、パレスは勝敗の決め手を選ばんとする。


「エルヴァン……、自身の血を爆発させ、相手に攻撃を与えるのか? 親父にはなかった能力だな。なら俺も本当の姿を出すには惜しいことだ」


 パレスはシャルロッテの喉元を剣で切り裂いた。





「レオン!」

 ローザは絶叫する。

 怪我を負ったジャンがローザを引き留める。


「お姫さま! 行ってはなりません!」

 王女様の命のほうが先決だろうと判断したのだろう。近衛隊はローザのところにも駆けつける。ローザはレオンの無事が心配でたまらなかった。ジャンは怪我を負ってるが、ローザの許に来た。


「お姫さま、レオンの旦那さまの許には行ってはなりません! 危険です!」


「……ジャン、貴方は怪我してるのに?」

「大丈夫です、僕は陛下からお姫さまが危ないと申されました」


「レオン……! 私の身に代わっても!」

「それは致しかねます! お姫さま! お姫さまはこの城でも一番、自分の身を案じなければなりません!」


「お姫さま! 危ない!」

 女郎の彫刻が落石した。ローザは間一髪、ヴァイクに助けられる。ローザは下敷きになるところだった。


「お姫様! エルヴァンをご信頼なさってください!」

「……ヴァイク! レオンは大丈夫なの?」

「エルヴァンはクロノワール城の使用人として命を賭ける覚悟をしています! 僕らはお姫さまをなんとしてでも匿わなければなりません」


「……レオン!」


 ローザは手を伸ばして絶叫した。ローザは自らの手で”また大切な人を失ってしまう“。ローザはコゼットを亡くしたときもそうだった。このままではまたローザは大切な人を失ってしまう。パレスの大暴れで会場は落石会場になる。会場は大絶叫に包まれた。貴族や元首達を家令のジョセフとメイド長のエリーヌが、暗い抜け道をサウロン夫妻を先導をとって逃がした。


「こちらです」

「家令の君、あの薄気味悪い青年は誰だ? まさかあの吸血鬼ですか?」

「……ええ、おそらくは」


 落石やパレスの決闘では周りは誰も命を落とすことはなかったが。

 パレスに殺されたのは貴族マリオ・エスポワールとシャルロッテ・アルルだと周囲も気付く。


 貴族が列に並んで地下牢をみた。


「ここは比較的きれいなお城ですね」

「……お静かに!」


 ランタンの向こうには誰かがいた。

 白髪頭の爺だった。爺は帽子をとって、一礼をした。


「貴族伯爵令嬢さま、こんばんは。私はフィオーレ・ガンディスと申します。このお城は私が管理をしているんですよ」

 年老いた爺は答える。

 ジョセフはフィオーレを信頼しているらしい。


「フィオーレ! とうとうパレスが出現した! 君も怪我人の手当に当たってくれ!」


 フィオーレは松明に火を灯した。貴族たちの地下牢の通り道である。鉄の網を解放し、貴族たちを逃がした。


「……ええ、畏まりました。私も傭兵だった時代にパレスとは戦闘したことはありますが」

「真か?」


「……ええ、そうですよ。手っ取り早くあやつを倒したければ、あやつの首を切ることです。いったん、急所を切ればやつは一時的でも身体を再生できなくなる」

 フィオーレは首を切る動作をした。

 エドは羊皮紙にメモをとってカリカリとペンを立てる。


「……興味深いお話をありがとうございます、レオンさんは無事なんでしょうか?」

 エドは蝋燭を持って地下牢にいる。


「うおっ! きみは幽霊みたいですね」

 とサウロンは言った。


「……アチュカルロ様、僕は実家でも母に幽霊と間違われました」

「ふふ。そんなエドも素敵よ?」

 アリスはくすくすと花のように笑って、エドの頭を撫でる。






 レオンは剣技でパレスを追い詰めると。パレスはクツクツと笑い出した。


「……おまえが強いことを認めてやろう」

わしは……かつて……魔人べリールだったが……が! 儂は殺人鬼を食ってより凶暴な吸血鬼となったんじゃ……。儂に遭ったら天災だと思え」


「貴方のつまらない話には飽きました」

「ほう? エルヴァン。つまらんとはなんじゃい?」

 レオンはパレスの首を剣で斬った。首が繋がらない。首だけの状態でパレスは話していた。パレスは晒し首になった首を繋げる。


「おまえへの褒美話と思って耳をかっぽじって聞くがいい」


「……儂は在る殺人鬼に乗り移ったとき、殺人鬼の記憶があった。人殺しの青年は……処刑される前ギロチンをかけられる前……に『この人殺し!』とな。その殺人鬼はその処刑人を殺した。だから! もっと殺戮を繰り返すうちに気が付いたんじゃ……よりもっと人を殺してやろうと思った」


「儂はあやつの息子を見れたことだしそろそろ去ろうかの。妻のアネモニーが根城ねじろで待っていることだし」

「貴方には信条がない」

「……そうじゃ。儂には信条がない。それが信条じゃ……この勝負はより多くの人を殺せた儂の勝ちである」

「さらば……じゃのうエルヴァン。……おまえのことをいつか殺してやろう……」

 パレスは蝙蝠の姿になって消えた。


 フランソワ陛下はマントを翻し、近衛隊の一人によってマリオの横にシャルロッテの亡骸を寝かせる。フランソワ陛下は二人の骸の瞼を閉じさせた。


「マリオ・エスポワール、シャルロッテ・アルル、安らかに眠り給え」


 二人の亡骸を見て陛下は十字をかいた。

 レオンは戦闘で肩に大きな負傷した。燃血には代償があり、三十代までに死ぬことである。


「エルヴァン様!」

 カルロスが駆けてきた。

 レオンは肩を庇って歩き始める。


「私は一人で歩けます、いますぐに怪我人の手当てにまわってくださいませ」

「エルヴァン様、ご無事で何よりです」

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