30.固定砲台シュシュミラと決着
「ブブー、ブフー……」
立ち上がったレッドオークは荒い呼吸を繰り返す。
酸素を吸うごとに体温が上がっていき全身から湯気が立ち上り、緑色だった体色に赤色が混ざり始める。
「こいつまだやるってのか」
今度のレッドオークの動きはこれまでと明らかに違った。
「はや――」
言い終える前にレッドオークが突進。ティガを吹き飛ばす。
「なっ!?」
ティガなら不意打ちであっても受けきれるだけの力はあったはずだ。
パワーもスピードも先ほどまでよりも上がっている。
「シュシュミラ、まだなの!?」
「むむむむ、もう、ちょっと……。もうちょっとなんだ……」
「くそっ!」
ハイドラは悪態をつきながら再び矢を放つ。
しかし今度は刺さらない。
金属にでも撃ち込んでいるようだ。
ギンッと鈍い音と共に矢が弾かれてしまう。
レッドオークはゆっくりとティガに近づく。
「ティガ、起きて!」
ティガはよろよろと立ち上がろうとするが、不意打ちが急所に当たったのか体勢を立て直せない。
そのうちにレッドオークが眼前に迫り腕が伸びる。
ティガの首を無造作に掴み上げて宙吊りにする。
意識の混濁したティガはもう抵抗できない。
「コ、タロ……」
目尻に溜まった涙が一筋流れる。
「ティガ!」
コタローが上体だけを持ち上げてナイフを投擲。
ナイフはティガの横をすり抜けてレッドオークの目に突き刺さる。
「グオオアアアッ!?」
どんなに肉体を硬化できても眼球だけはどうにもならない。
コタローの読みどおり眼球は生物共通の弱点としてレッドオークにも残っていた。
いきなり視界の半分がなくなったことでレッドオークは狂乱する。
掴んでいたティガのことも忘れ無茶苦茶に腕を振る。
そうしてティガは振り飛ばされて、ポンと子どもの姿に戻る。
それをハイドラが受け止める。
レッドオークが鼻息荒く隻眼でこちらを睨みつける。
「グオオオオオッ!」
怒り狂い雄たけびを上げるレッドオーク。
なりふりを構わず突進してくる。
四足の攻撃としての突進ではない。
なにも考えずただ怒りにまかせただけの子どもの喧嘩のような体当たりだ。
レッドオークもこれまでの戦闘でかなりのダメージを負っている。
パワーアップしたからといって傷が癒えたわけではない。
もう思考する余力はないのだ。
しかしどんな稚拙な攻撃であれ、コタローたちにそれをさばくだけの体力はもうなかった。
コタローは動けず、ティガも変身が解けた。ハイドラの力ではレッドオークを止められない。
分厚い壁のような巨体がものすごい速度で迫ってくる。
万事尽きたか。
そうハイドラが身構えたそのとき、シュシュミラが声を張り上げた。
「できた!」
シュシュミラが両手を前へかざす。
照準は迫り来るレッドオークの足元。
「暗闇の底へと引きずり落とせ『幻影の縛鎖』!!」
詠唱の最後の一節を唱える。
レッドオークを中心に地面が底の見えない井戸のように真っ暗に染まる。
それは上から見れば人の目のように見えただろう。
まぶたを閉じるように一度闇は閉じ、次開いたときには大穴となってレッドオークを飲み込んだ。
レッドオークはなにが起きたのかも理解できないまま底なし沼にはまるようにしてずぶずぶと暗闇に引きずりこまれていく。
レッドオークはなんとか逃れようともがくが膝まで飲まれ、下腹部まで飲まれ、胸まで沈み込み……。そして暗い瞳は静かに閉じる。
ぷつり。
と千切れる音がして、残されたのは胸から下を失ったレッドオークの残骸だけとなった。
唐突におとずれる無音。
シュシュミラ以外の全員が口を開けて呆然とした。
「ふー。やっぱりこれすごい疲れるね。ボクもう魔力空っぽだよ」
間の抜けたシュシュミラの言葉にコタローは乾いた笑いがこみ上げる。
「お前、今のを孤児院でやろうとしたのか」
この子は本当にとんでもない子だ。コタローは笑うしかなかった。
コタローの緊張が切れたのを察し子どもたちはその場にへたり込んだ。
「もう駄目かと思ったぜー」
ティガが心底ほっとしたように胸をなでおろす。
「ティガはなんで全裸なんだ」
コタローが笑った。
「あー。子どもに戻った時に下はなくした。上は大人の姿で獣化したときに破れた」
ハイドラもシュシュミラも力なく笑った。
そこへ獣の唸り声が混ざる。
レッドオークが真っ二つに切断されてもなお生きていたのだ。
ずるずると前腕で体を引きずりこちらへ近づいてくる。
コタローたちは戦慄する。
まだ戦うつもりでいるのだ。
その目は死期を悟り無念に泣く者のそれではない。
宿しているのは怒りであり、闘志のみで生を繋ぎとめている獣の目だ。
すぐに戦闘態勢に移行できたのはハイドラだった。
弓を構え、狙いを定める。
「もう沢山よ。眠りなさい」
矢はレッドオークの額に命中した。
矢尻は最初に射当てた傷に沈み今度こそ頭蓋を貫通する。
それで最後だった。
瞳に宿したぎらついた光は消る。
今度こそレッドオークは倒れ伏すと炭化して瓦解した。
残されたのは虹色に輝く玉。
ボスモンスターのドロップアイテムだった。
それを拾ってハイドラはつぶやいた。
「はずれね」
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